CIEL MAIL

空からの贈りもの


放課後になり、リコルは屋上へ向かいました。 元いた空の世界に帰りたくて、空に少しでも近い場所に、行きたかったのです。 今日は快晴。 青く澄み切った空が、広がっていました。
「いい天気! だけど、早く帰りたいなあ。みんな、どこに行ったんだろう……」
リコルは、空を見上げました。 あの雲の上には、きっとウラノスたちがいる。
「それとも、これは、夢? だとしたら、早く覚めないかしら。なんだか、あの雲、わたぐもみたいね……」
真っ白い雲。 徐々に、それが大きくなっていきます。 まるでそう。 リコルに向かって、近づいていっているような……。
「え。本当にこっちに向かってくる!? うわああああ!!」
ドーン。
「うーん。いてて……。空から、雲が降ってきた。どういうこと!? って、あなた、わたぐもじゃない!?」
「ハッ! 都鳥莉子さまですね。やっと会えました! これは“空からの贈り物”です。それでは!」
「え、ちょっと待ってよ〜!?」
わたぐも(?)は、こちらからの問いには答えず、早々とどこかへ消えてしまいました。リコルは、また、ひとりぼっちになってしまいました。
「ひどいわ。わたぐも……。まるで、初対面かのような対応じゃない」
そう。これが、リコルとわたぐもの最初の出会いでした。
「それに都鳥莉子ってだれ? ぼくのことを言っているの? とにかく、わたぐもを追いかけなきゃ! この空からの贈り物というのも気になるけれど……」
わたぐもから渡されたものは、一通の手紙でした。いつも、リコルが配達しているものです。 当たり前すぎて、この手紙をいつから何のために配達していたのか、リコルは忘れてしまっていたのです。 それがなんだか、今回の夢で思い出せそうな、そんな予感をしています。

「あ! ずっときみを探していたんだよ」
リコルは、ようやくわたぐもを見つけました。
「莉子さま。手紙、読んでいただけましたか?」
「いや、まだだけど」
「読んでみてください」
わたぐもに言われ、リコルは、封筒から手紙を取り出し、読んでみることにしました。
そこで、リコルの意識は少しずつ溶けていきました。

これは、リコルが、都鳥莉子として地上で生きていた頃のお話。
代わりに都鳥莉子だった頃の夢を見ているのに、リコルが目を覚ますまで、気付くことはありませんでした。
莉子が手紙の文を読んでみると、
「雲居の玉梓、求む……?」
と、書かれていました。
「これは、空の神様からのお手紙です! 空の神様に選ばれた人間は、この世を変えることができるのですよ! そしてずっと幸せに居続けることができるのです!」
わたぐもは、半ば興奮気味になりながら莉子に説明しました。
「どうして、それがぼくに?」
「この手紙は、心がきれいな人にしか送ることができない手紙です。空の神様は、ぜひ都鳥莉子さま。あなたを空の世界へご招待したいと言い、あなたにこの手紙を送ったのです。ぼくは、その使いとして、莉子さまにこの手紙を渡したのです」
「本当!? ぼく、空の世界に行ってみたい!」
莉子は、目をキラキラと輝かせました。その、あまりにも疑いがなく、わたぐもの話を信じた様子を見て、話した本人も驚きを隠せません。
「そんなにあっさりこの話を信じてもらえるとは、思いませんでした」
「ぼく、人を疑うよりまずは信じることを大切にしているんだ。だって、そっちのほうが楽しいし、出会ったばかりのきみとだって、すぐに仲良くなれるでしょう?」
その言葉を聞いたわたぐもは、空の神様がこの人間を選ばれた理由がわかった気がしました。彼女は、幸福に愛されているのだと、わたぐもは確信しました。
「それで、ぼくは空の世界でいったい何をすればいいの?」
莉子は本題に戻しました。
「莉子さま。あなたには、空の世界に来てもらいます。そして、空と地上の手紙を運ぶ『雲居の玉梓』となってほしいのです」
「さっきから言ってる、その、く、くもいのたまずさ……? ってなに?」
莉子は難しい顔になり、わたぐもは再び説明をすることにしました。
「XX年前、ある者が、神と人とを繋ぐ郵便ポストを設置しました。詳しい話をお伝えすると長くなるのですが、簡単に言いますね。雲居ーー雲の上に住んでいる神様方の手紙と、地上の者の手紙を繋ぐ使者を、『雲居の玉梓』というのです。では、さっそく行きますか!」
わたぐもが話を切り、空の世界へ今すぐ行きそうだったのを見て、莉子は慌てて止めました。
「ちょっと待って。ぼく、その前にこのことを伝えたい大切な友達がいるんだ。ぼくがいなくなると、心配してくれる優しい友達だから」
「わかりました。それでは、また明日、お迎えにあがりますね」
「きみも来てよ」
「ぼくの姿は、普通の人間には見えませんが……」
その言葉を気にせず、莉子はわたぐもを連れて行きました。

莉子は教室に戻ると、とあるクラスメイトに手紙を見せるように前に差し出しました。
「ーーくん、見て見て! ぼく、こんなのもらっちゃった」
「なんだそれ。手紙?」
クラスメイトの男の子は、その手紙にさも無関心のように答えました。莉子はその反応がわかっていたかのように、話を続けました。
「そう、しかも空の神様から! すごいでしょ?」
「は?」
クラスメイトの男の子は、疑いの目をその手紙に向けました。ある意味、当然の反応でしょう。
「この手紙は、心がきれいな人にしか届かない手紙なんだって。そこにいる、わたぐもくんが教えてくれたの」
「わたぐも……? そこに何かいるのか? 何も見えないが」
だから言ったでしょう、というような目でわたぐもは莉子を軽く睨みましたが、莉子は全く気にせず話を進めました。
「空の世界まで、招待してくれるんだって! 楽しみだなあ」
莉子は窓から見える空の景色を見ながら、手をいっぱいに広げて喜びを表現しました。
「そんなあやしい手紙と雲の話なんて信用するなよ。くだらない」
クラスメイトの男の子は、ため息をつきました。
「ねえ、どうしてそんなことを言うの? ぼくがすっごく楽しく話をしているのに」
ショックを受けた莉子は、すっかり元気をなくしてしまいました。
「そうやって、疑いもせず、何もかも信じて、危ないところに突っ走るーー。そんなお前を見ていると、イライラするんだよ」
気付くと、莉子は、彼に肩を手で押されて突き飛ばされてしまいました。
「ひどいよ……。ーーくん……」
そう言って、莉子は、その場から逃げてしまいました。
その様子を見ていたわたぐもは。
(この少年は、なんて素直じゃないんだろう。本当は、心配しているのだと、言ってあげればいいのに。彼女は、明日、彼の前からいなくなることを、彼は知らないのだろう)
かわいそうを通り越して、憐れだと、わたぐもは、そう感じざるおえませんでした。

翌日の朝を迎え、莉子はいつもなら学校へ行く時間ですが、今日は違います。
「では、さっそくですが、行きますか!」
「うん!」
莉子は元気よくわたぐもに応じました。そして、次の瞬間、信じられないことが起こりました。 あの雲がもこもこと、自分の体を震わせているかと思いきや、徐々に大きくなっていき、少女を簡単に覆い尽くすほどの大きさにまで、膨れ上がっていったのです。
「ええ〜!?」
「しっかり捕まってくださいね!」
「いや、捕まれるところなんか、どこにもないんだけど!? うわあああああ」
そうして、空の中へ吸い込まれるかのように、莉子とわたぐもは消えていってしまったのです。


2021.12.29 一部内容を修正





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