CIEL MAIL

とある墓場と死神


 地上の時刻は、夕刻を指しています。 リコルたちは、とある墓場にたどり着きました。
「うーん。暗くなってきちゃった。お墓って、なんだか薄気味悪いなあ」
リコルは、墓場にたどり着くまで、そこがどんな場所なのか、全く知りませんでした。言葉で聞いたことがあるくらいです。
「また、明日にしましょうか?」
わたぐもは、そんなリコルを心配して、声をかけました。
「ううん! せっかくここまで来たんだし、がんばるよ!」
リコルは、そう言って、自分を奮い立たせました。
「リコルさま、これは肝試しです」
「肝試し?」
「怖がったら、負けです」
「ええー! 嫌だよ!」
リコルのまわりには、人影ひとつ、ありません。自分たちの話し声が、響いているだけです。そう、誰もいない。誰もいないはずなのです。つい、さっきまでは……。

「やあ、お嬢さん。こんなへんぴなところに、何かご用ですか?」



ふと気付くと、十字架の前に、たたずむ少年が、そこにはいました。長髪の、薄紫色の不思議な髪色。濃紺の衣装をまとっています。
「き、きみは……!」
「ここに、人はめったに来ないから、嬉しいな。でも、どうしてここに? 普通の人には、入れないはずなんだけどね」
「幽霊なの?」
リコルは、怖くなって、少年に聞きました。
「違うよ。でも、幽霊みたいなもんか。僕はもう、ずっと前から死んでいて、ずっと生き続けているのだから」
「んんー??」
少年が、何を言っているのか、リコルには、理解できませんでした。
死んでいるのに、生きている。どういう意味なのでしょうか。困惑しているリコルに、少年はフッと笑みをこぼし、こう付け加えました。
「僕の名前は、クルス・モノクローム。しがない死神です。迷える魂を、冥界へと送り、新しい命へと、転生させるーーこれが、永遠に続く、僕のお仕事なのです」

地上の、とある墓場に、死神がいる。目の前にいる彼が、リコルたちの探していた死神だったのです。死神クルスの言葉のあとに、口を開いたのは、わたぐもでした。
「あなたのせいで、誰も手紙を書かなくなったんです! 今すぐ、地上の者たちに謝って、取り消してください!」
「わたぐも! やめなさい!」
「ですが、リコルさま……!」
「まずは、彼の話を聞いてみないと」
「……わかりました」
わたぐもは、リコルの言葉で、しぶしぶ大人しくなりました。クルスと名乗った、死神の少年は、呆然とその様子を眺めていました。リコルは、そんなクルスを見て、こう声をかけました。
「あ! 自己紹介が遅れました! ぼくはリコルで、こっちは相棒のわたぐも。突然ごめんね。わたぐもは、興奮すると、いつもこうなんだ」
わたぐもは、リコルやウラノスのためにと思ったのですが、たしなめられ、ご機嫌ななめです。
「……君たちは仲がいいんだね」
クルスは、リコルとわたぐもを羨ましそうに眺めていました。
「ぼくたち、クルスに聞きたいことがあって、この墓場にやって来たの」
「僕に?」
リコルたちは、これまでのことをクルスに話しました。リコルたちの話を聞いたあと、クルスは長話もなんだしと、とあるお墓に誘導しました。そこに腰を掛けて、クルスは語り始めました。
「神や死んだ者たちに手紙を書くのは、おかしなことだ。死んだ者は、決して蘇らない。ーーそんなに会いたいのなら、消してあげましょうか」
それは、地上のカモメ姉さんから聞いた、死神の言葉でした。
「僕が、そう言ったからだと、そう言いたいんだよね。でもね、もう遅いよ。一度、聞いてしまったことは永遠に残るし、それを取り消すことは、決してできない。記憶でも消さない限りは、ね」
あたりはだんだん、暗くなっていきました。夕焼けだった空が、夜に変わったのです。
クルスは、お墓の、十字架に吊らされている人形を指して、話を続けました。
「僕は、昔、地上の人間だったんだ。でも、僕はそのときの記憶がない。このお墓は、僕のお墓。そして、これがーー生前の頃の、僕の姿」
その人形に、クルスの手が触れた瞬間。異変が起こりました。
突然、クルスは苦しみ出し、彼の絶叫が響き渡り、あたりはシーンと静まり返ったのです。


クルスが目を覚ますまで、リコルは彼のことを心配していました。わたぐもは、大人しく、その様子を見守っています。しばらくして、クルスは、起き上がったのですが……。

彼の様子が、なんだか変なのです。さっきまでは、穏やかで、人が良さそうな優しい少年だと、リコルは思っていました。話をすれば、わかってくれそうだと。言うほど悪い人ではなさそうだと。

「クルス……? 大丈夫?」
目が覚めたクルスは、まるで別人のようでした。
なんだか、目つきが悪いのです。目の下に、クマまでできています。どうしたのでしょうか。
「……ああ? 誰だ、お前。どうして俺は、ここにいる」
「??」
「ああ、なるほど。“僕”が話していたのか」
言ってることも、意味がわかりません。
「クルス。さっきの話、覚えてる?」
「ああ、覚えているよ。お前は、リコルだっけ? 幸せそうなやつだな」
リコルは、クルスの言葉に少し怒りを覚えました。怒るという感情が、自分にもあったことに、リコルは驚きました。
「君はどうして、ポストを使わないように、呼びかけているの?」
「まあ、そんな顔するなよ。俺は、悪くねぇよ。悪いのは、俺の言葉を信じた奴らさ」
クルスの悪びれる様子もない姿に、リコルは困惑しました。人から言われたことは、今まで素直に受け取ってきたリコルにとって、衝撃的なことばかり、この死神は言うのです。
「話してやるよ。“僕”の、生前の頃の話を」
「生前の記憶、なかったんじゃないの?」
「俺はな。生前の、クルスの魂なんだぜ。覚えていて、当然だろう? あいつは自分の記憶を、この人形に放り捨てたのさ」
その人形は、クルスと似ていますが、黒髪で、白い制服を着ていて、正反対の容姿をしていました。やはり彼は、地上の人間だったのです。


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