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草壁の誕生日


お皿を洗いながら、ふと思い出し笑いをしてしまった。

空気の入れ替えに、と窓を開ければ、からりと乾燥した空気が部屋を満たす。すっかり冬の匂いになりつつある。
まだ11月の上旬だというのに。ちらりと時計を見やればまだ午後3時、うーむとため息をつく彼ー草壁哲矢はそわそわしていた。

理由は明確だった。自分をママンと呼ぶ少女の姿が朝から見えないのである。まるで自分の家のようにくつろぐ雲雀に聞けば「さあね」と興味なさげに書類を見つめていた。これは寝起きに喧嘩したな、と草壁はため息をついた。
これ以上踏み込めば咬み殺されない、とりあえず少女の方の機嫌を直すために2、3個お菓子をポッケに忍ばせ学校へと向かった。

ところが昼にも、おやつの時間の今になっても彼女の姿はなかった。今までこんなことは2、3度はあったかもしれないが、朝からいないとなると話は違う。よもや誘拐じゃなかろうかと嫌な考えが頭にふと浮かんだ。
鬼の風紀委員長と渡り合う怪力の持ち主とはいえ、すぐに寝てしまう体質で今まで何度危ない目にあってきたことか。雲雀に話せば一発で解決するのだが、あいにく今日のご機嫌は斜めなのであてにはできない。少女の携帯に電話をかけるもワンコールで切れてしまった。サッと血の気がひいていく。事件に巻き込まれているのは確かなようだ。

すぐ近くにいた風紀委員に少し出てくる、と伝えておき草壁は走り出した。とりあえず黒曜まで足を伸ばしてみよう、走りながらふと心配をよそに本日の献立が頭に浮かぶ。
そういえば今日は手間のかかる豚の角煮を作ろうとしていたんだった。下処理はまだ何もしていない。夕飯まで時間はあと3時間ちょい、その時間内に彼女を見つけ出してから料理を始められるだろうか、それとも今引き返して仕込みをしてから探したほうが効率がいいだろうか。

「…クソッ」

並盛家自称栄養管理士草壁は悩んだ末、きた道を引き返す。彼は後者を選んだのだった。
それほど料理というジャンルが自身を侵食していたことを、まだ彼は気付いていない。
全速力で並盛神社の階段を駆け上がり、ガラリと扉を開けばピタリと止まる会話。部屋にいるほぼ全員が自分に注目していた。メンバーはいつもの風紀委員とツートップの二人。
あっ…と思わず言葉が漏れる。大部屋を彩る飾りかけの折り紙、大量に用意されたクラッカー、ハッピーバースデーの大きな文字。今日は11月9日、草壁哲矢の誕生日である。

『おい誰だよあと数時間は帰って来ないって言ったやつ』
「君の芝居が下手だっただけでしょ」
『ヒバリその言葉ブーメランだって気づいてる?私は今日一日話すらしなかったんですけど?』
「それにしても千羽鶴は違うんじゃない?」『話をそらすなクソチキン』

まさか雲雀が自分の誕生日を覚えていてくれるとは思わなかった。あまりのサプライズに視界がぼやけていく。
『あ〜バレちゃったけど、誕生日おめでとうママン。いつも美味しいご飯をありがとう』
「…今日くらいは群れても許してあげるよ」
「副委員長!おめでとうございます!」「おめでとうございます!!!」

パアンッとクラッカーによる大量のテープを浴びながら、草壁は今日という日を忘れることはなかった。
宴会中にポロリと神社に戻る理由を零したときには死を覚悟したのも今となってはいい思い出である。


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