ひざまずいて

19XX年、ハイデルベルグ郊外。壮麗な邸宅の書斎の中で少年は押し寄せる陶酔に身を任せていた。

「ああ・・・このフォルムに手触り・・・なんて綺麗なんだろう!」
「そう、アンテイーク・ミリタリアもなかなかに美しいものだろう?」

白銀のような頭髪をぴったりとうしろに撫でつけた老人は、壁に飾られた自慢のコレクションを次々と手渡しながら、貴重な銃を白い指先でうっとりと撫で回しながら夢見心地のハーネマンに微笑んでみせた。

「君なら分かってくれると思うが、かなり苦労したよ。このクラスのものを揃えるのは」
「ええ、本当に素晴らしいコレクションです。信じられないくらいだ・・・」
「ははは・・・君のように銃の真の美しさを分かってくれる子はまずいないからね、本当に嬉しいよ」

「僕こそ素晴らしいものを見せて頂けて幸せです」
神妙な表情を浮かべた少年からアンティークのSIGを手渡されて老人は上機嫌だったが、猛禽類を思わせるその顔にふと暗い影が差した。

老人は片足を軽くひきずりながら、重厚な総革張りのリクライニングチェアーに歩み寄ると、大儀そうに腰を下ろしてゆっくりと口を開く。

「この銃たちはみな、私の息子であり娘のようなものだ。だが・・・」

そして、精緻な象眼をほどこされたサイドテーブルの上から、古めかしいピースメーカーを取り上げて愛しげに撫でながらハーネマンを見上げる。

「君はいくつになるんだっけ?ハーネマン君」
「・・・18歳です」
「未来はまだまだどうにだってなる年だな・・・
私はもう81歳だ。内臓もあちこち悪くてそれほど先は長くないだろうし、いつ死んでもいいだけの準備はちゃんとできている。

ただ…私がいなくなったあと、価値を知らん相続人どもに可愛い子供たちが売り飛ばされることを考えると、心配で死んでも死にきれん」

唐突に深刻な話題を持ち出されたものの、どう答えればいいかさっぱり分からない少年は、棒くいのように突っ立って押し黙ったまま老人の言葉にじっと耳を傾けている。

一方、老人は困惑する少年にはお構いなしになおも続けた。

「だからね、真に銃の美しさを理解してくれる君に、私のコレクションを全て、そっくりそのまま進呈したいのだよ」

予想だにしなかった申し出に、ハーネマンは絶句した。

「そんな・・・まさかこんな貴重なものを・・・・・・冗談はやめてください!」

口ではそう言いながらも、内心夢なら醒めないで欲しいと思っているのだろう、顔を真っ赤にして声をうわずらせた少年を、老人は愛しくてたまらないという風に目を細めて見つめている。

「ただ・・・その前にちょっとした私の望みも叶えてもらいたいのだがね」

老人は寝起きのライオンを思わせる緩慢な動作で立ちあがると、ハーネマンに近づいてその手を取りながら言った。

「率直に言おう、君が丸一日私のものになってくれる度に、このコレクションの中から君の望む銃を一丁づつプレゼントしよう。
一日で一丁、そこそこいい取引だと思わないかい?ミヒャエル君」

ハーネマンの顔には一瞬驚愕の表情が浮かんでやがて消えてゆき、彼はしばらく何か思いめぐらしていたが、やがて色味のない薄い唇がゆっくりと開かれた。

「・・・・・・それは僕に女になれってことですか?」

「そんな表現もできるかな」と老人は肩をすくめてみせる。
「ただ、私はもう勃たん。だからそういう意味では君の想像とはちょっと違うかもしれないがね」

「でも・・・僕みたいな薄気味の悪い人間と取り引きして、貴方こそ後悔しませんか?」
「なにを馬鹿なことを!」

老人はさも驚いたという風に右手を挙げて天を仰ぐと、少年の頬にそっと触れた。
「君はちっとも分かってないんだねえ!ミヒャエル・ハーネマン、私の愛しいイリス・ゲルマニカ!
君の不吉な美しさ、冷たく燃える官能性には銃に通ずるものがあるんだ・・・
ね?叶えてくれるかね?私の望みを」

「・・・・・・分かりました」

表情を凍り付かせたまま答えた異形の少年は、口の端をゆがめると引きつった笑いを浮かべながら付け加える。

「ええ、いいですよ・・・お安いご用だ」

そしてこの瞬間から、ハーネマンと老人の間の奇妙な契約が成立したのだった。

-TO BE CONTINUED-

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