<3>


コンコンコン......

カレー粉と胃腸薬をドルチェ&ガッバーナのスーツに潜ませた青年は、期待と不安に胸踊らせながらお目当てのドアをノックした。

蝶ネクタイと燕尾服までは要求されてはいないものの、これから向かうのはジーンズやランニングシャツお断りの小うるさい店。

軍用装備にはやたらとこだわるくせして日常着にはてんで無頓着なハーネマンは、果たしてまともな格好で出てくるのだろうか?

だが、そんな不安には何の意味もなかった。

ギギーッ、と音を立てて開いた扉から最高潮に不機嫌な顔で現れた男の格好は、見る者に不安や迷いを覚える余地を全く与えないほど、保守性と安定感に満ちた不変のスタイル。

いや、正確に言うならば、いつも通りの官給の黒Tシャツとオリーブグリーンのカーゴパンツの上には、彼なりの精一杯の言い訳なのだろうか、破産宣告を受けたばかりのガソリンスタンドの親父が教会のバザーで貰ってきたような、くたびれたタータンチェックのパーカーをはおっている。

そしてそれらすべてが個性的な外貌と相まって、何とも言いしれぬ味を...

そう、ホラー映画でチェーンソーを振り回す、頭のイカレたアンチヒーローのような不気味さを醸し出しているのだ。

「ミッヒそれって......」
絶句したクーパーは、綺麗に散髪したばかりの頭を無茶苦茶にかきむしりたくなった。
あああ!事前のファッションチェックをおこたった俺がうかつだった!

一方、さしものハーネマンも自分のセンスには全く自信がないと見える。

「やっぱこれじゃダメか?」と言ったきり、車のヘッドライトに照らされた野良猫のように固まってしまった。

「いや、それはそれでいいんだけどね...」

相手を傷つけまいとひとまず持ち上げてはみたものの、それでいいわけなんぞあるはずない。
とにかく連れがこんなスタイルでは、精一杯お洒落しているはずのターナーとオデッサに合わせる顔がない。

「ただ...あまりにもコンサバティブすぎるようにも思えるなあ。
ノードシーノみたいな雰囲気の店ではもうちょっと冒険した方がいいかもな!」

早口で畳みかけるようにそう言うと、戸惑う男を部屋に押し戻し、「ちょっと待っててくれ!すぐ戻る!」と叫ぶや否やクーパーは、マシンガンから発射された銃弾そこのけのスピードで廊下をダッシュした。


間もなく自室から戻ってきて、肩で息をする青年の両手に抱えられていたのは、ロッカーを引っかき回して選ばれた、カットやステッチに凝りに凝ったブランド物。

「ハァ...ハァ...俺ので悪いけど...」
クーパーはブラックレザーのグッチを差し出した。

「もう時間もないから、ひとまず何も言わずにこれ着てくれよ。ハァ...ハァ...一番タイトなデザインのやつ選んだからさ...サイズ的にはイケると思うんだ」


そしてその20分後...

ポーに借りたアストンマーチンに人目を避けるように飛び乗るや否や、二人は基地を後にした。

爽快なエンジン音を残して猛スピードで走り去る20万ドルの英国車を見送りながら、詰め所で雑談中だった警備兵は思わず顔を見合わせる。

「なぁミタル、あれ、一体誰だった?」

トマトのように赤い頬をした太っちょは、ガムをくちゃくちゃ噛みがらいぶかしげ。
「スーツの方は色男のロメオだったけどさ、グラサンの方は...あの頭と白さからしてひょっとしてハーネマンか?」

「アホ言え」
ボールペンをくるくる回しながら、馬鹿にしたように笑うのは相棒のインド人。

「ハーネマンがあんなスカした格好するわきゃねえだろ?どうせ取材に来てたライターかなんかだよ」
「ふーん、ならライターってのは気楽な稼業ときたもんだ。
あんなふざけた服でお仕事できるだなんて、さぞかし実入りもいいんだろうなあ!」

そんな他愛もない話をしながら、NDFのゲートを守る若い兵士達は、まだまだ薄給な我が身を嘆くのであった。

<4>につづく

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