book短A | ナノ


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※総司くんが乙女で初々しい















非番の日、暇を持て余して、僕は何となく市中に出掛けた。

散々通い詰めたお団子屋さんの暖簾をくぐり、少し悩んでからみたらし団子を注文する。


「おや総司くん、こんにちは」

「おみたください」

「へいよ」


お団子が出来上がるのを、店の表の長椅子に座って待つ。

ぼうっと空を眺めて、雲が流れていくのを見ていると、ふと隣に座ってくる者があった。

長椅子は充分にあいているのに、やけに近くに詰めてくるので、何だろうと視線を向ける。

すると。


「…何であなたがここにいるんですか」


そこには、当たり前のように、土方さんが座っていた。


「……ちょっと、暇ができたからな…」


そう言って、決まりが悪そうに、頭を掻いている。

その様子に、僕はハッと思い当たることがあった。


「ご主人、俺にも団子を頼む」


土方さんが、店の外から、行儀悪く叫んで注文するのを待って、僕は口を開く。


「まさか、また近藤さんに取り上げられたんですか?」


すると、土方さんは、不貞腐れたように、うんと頷いた。


「わぁ、さすが近藤さん」

「うるせぇ」


片足をもう片方に乗せ、その上に頬杖をついてブスッとしている土方さんは、薬の行商をしていた頃に戻ったかのように、少し子供っぽく見える。


「土方さんでも、不貞腐れるんですね」


そう言うと、からかうなと叱られた。


土方さんは、どうやら抱え込んでいた仕事をすべて取り上げられたらしい。

最近では、こういうことは頻繁にあった。

相手は近藤さんだったり、山南さんだったり、井上さんだったりと、大抵は土方さんが頭を上げられない人たちだ。

そして稀に僕。

稀にというのは、土方さんは僕のことなんか屁でもないと、簡単にあしらってしまって、なかなか成功しないから。


「じゃあ、今日は暇なんですね」

「無理やり暇にさせられたんだ。仕方ねぇから、お前を追ってきた」


僕の記憶では、僕が出掛ける時はまだ、土方さんは仕事にかじりついていたはずだ。

それなのに何故、僕の居場所が分かったんだろう。


「土方さん、どうして僕の居場所が分かったんですか?」

「あぁ、お前が出かけていくのを見てたからな。見張りの隊士に聞いたら、こっちに行ったって言うからよ」

「ふーん………」


追ってきてくれたことは、すごく嬉しい。

だけど、仕方なく、というのは余計だ。

足をばたつかせながら、僕は土方さんの横顔を眺める。

目の下にできた濃い隈を見れば、仕事を取り上げられても当然かなと思った。


「疲れてるんじゃないですか?帰っておとなしく寝てればいいのに」

「余計なお世話だ」


取り留めのない会話をしているうちに、お団子が運ばれてきた。

たれのたっぷりかかったそれを一本取り、ぱくりと口に含む。

咀嚼しながら、また土方さんを盗み見ると、彼らしからぬ穏やかな顔で、往来を見つめていた。

眉間に皺が寄っていないし、何かを考えているわけでもなさそうだ。


「……食べないんですか?」


早くも一本目を食べ終わって、土方さんに聞くと、土方さんは初めて僕のことを思い出したかのように、こちらを見た。


「あぁ、お前にやるよ」

「えっ、いいんですか?本当にもらっちゃいますよ?」

「構わねぇよ」

「ふーん……勿体ないなぁ。ここの、すごく美味しいのに」

「まぁそりゃあ、みたらし団子は京発祥なんだろう?」

「江戸の磯辺団子も懐かしいですけどね」

「あぁ………」


自分の二本目を口に運びながら、尚も土方さんを観察する。

そういえば最近は、こうして隊務以外の用事でくだらないことを話すことすら、ご無沙汰だった。

本当に忙しそうな時は僕だって邪魔なんかできないから、大人しくしている。

そうなると、土方さんから僕に話しかけてくれることなんて滅多にないし、少し寂しかった。

でも、そんな寂しさにももう慣れっこで、土方さんとずっと恋仲でいる為には仕方ないことだと思っているから、今更取り立てて騒ぐ気はない。


(あ………白髪)


ずっと見ていたら、土方さんの綺麗な髪の毛の中に、白髪を一本発見した。


「土方さん、」

「何だ」

「白髪があります」

「あぁ?」

「取ってあげましょうか?」

「バカ、こういうのは、抜くと増えるんだろ」

「それ、迷信ですって」

「ふん、からかってると、団子やらねぇぞ」

「えー!それはやだけど、ねぇ、ダメですか?取らせてくださいよ」

「はぁ?……何でそんなに髪に拘るんだよ」


言われてみて初めて、僕はハッと我に返った。

土方さんの髪の毛を弄りたかった……というか触りたかったなんて、口が裂けても言えない。


「……別に。何でもありません」


土方さんは不思議そうな顔をしていたけど、僕はそれきり黙ってお団子を食べきった。


「総司、竹林寄ってかねぇか?」


土方さんがお勘定してくれると言うので、それを待っていると、不意にそんなことを言われた。


「え?竹林ですか?」

「何だ、覚えてねぇのか?今日は七夕だろ」

「あ…………」

「笹、屯所に持って帰ろうぜ」


今の今まで、すっかり忘れていた。


「そっか……七夕さまか…」

「お前が忘れるなんざ、珍しいじゃねぇか」

「逆に土方さんが覚えてるなんて、珍しいですね」

「まぁ、普段怒鳴ってばかりだからな。たまにはこうして、五節句を祝うのもいいだろうよ」

「土方さんがそんなこと言うなんて、せっかくの七夕なのに、雨はやめてくださいよ」


憎まれ口を叩きながらも、僕は早速竹林に向かって歩き出す。

土方さんは、足早に僕を追い越して、斜め前を歩いていく。

隣じゃなくて、斜め前。

並んで歩くのが嫌なのか知らないけど、この距離感が、昔から僕たちの定番だ。

それに土方さんは歩くのが早いから、僕は追いつくだけで必死。

だからこのことについて、別に何とも思わない。


「土方さん、竹林の場所知ってるんですか?」

「おう。ここらの地理は、全部頭に叩き込んであるからな」

「ふーん」


歩きながらちらちらと辺りを見回すと、すれ違う人たちが、皆土方さんを振り返って見ていく。

やっぱり、誰もが男前だと思うんだろう。

昔から遊び人だった土方さんが、こうして僕を好いてくれているなんて、不思議でたまらない。

何も僕じゃなくたって、と思う。

京なんて別嬪が多いんだから、少し探せば、いくらでもお嫁さんを見つけられるはずなのに。

あれ、新選組の副長さんじゃない?なんて色めき立つ女の子たちを見ながら、僕はもやもやと考え続けた。


「土方さん」

「ん?」

「………やっぱり何でもないです」

「あぁ?……おかしな奴だな」


せっかく二人きりだし、土方さんと何か話したいのに、こういう時に限って何も話題が見つからない。

普段は、喧しい、邪魔するなと叱られるほど、たくさん話したいことが出てくるのに。

つくづく損な性格だ。

どんなに欲しくても、手に入らないくらいが僕にはちょうどいい。

自分のものになってしまうと、信じられなくて、夢みたいで、余計に不安が増す気がする。


「笹を持ち帰ったら、みんなお願いごとしますか?」

「さぁ……するんじゃねぇのか?」


あまり続かない会話に嘆息しているうちに、早くも竹林に着いてしまった。


「うわぁ……だいぶ伸びてますね、竹」


かぐや姫が入ってるのはどれですか、なんてふざけてみたら、馬鹿言ってるんじゃないって頭を小突かれた。

近所の民家で薙刀を借りて、ついでにその家のためにも手頃な笹を切ってあげて、僕たちはというと、大勢の隊士のために、少し大きめの笹を手に入れた。

僕が切ると言ったのに、危なっかしくてお前には任せられないなんて言われて、土方さんが切っているのを、仕方なく傍で見守る。


「じゃあ、帰るか」

「そうですね」


用事は呆気なく済んでしまって、あとは帰るだけ。

屯所に戻ったら、きっと土方さんは仕事を取り返して、仕事浸けの副長に戻ってしまうんだろう。

そう思ったら、この長閑な時間が、少し惜しいような気がした。

でも、さして会話があるわけでもなく。

僕たちは大きな笹を抱えて、真っ直ぐ屯所に帰った。











「すっげぇなぁ!!笹だぜ、笹!!」


笹を持ち帰ると、平助を筆頭に、大勢の隊士たちが大喜びした。

そんな歳でもあるまいに、なんて思う。

新八さんと左之さんが笹を中庭に立ててくれて、さらには、普段落ち着き払っている一君や山崎君なんかも、率先して短冊を作っているものだから、つい笑ってしまった。


「総司、何故笑っているのだ」

「えー、だって、なんか、………みんな楽しそうだなぁと思って」

「七夕と言えば、それなりに大きな祝い事だからな。皆願いたいこともあるのだろう」

「なるほどね。ちなみに一君は、何をお願いするの?」

「む……それは、秘密だ」

「何それ、酷い。そんな、秘密にしたいようなことなわけ?あ、もしかして、千鶴ちゃんと両想いになりたいです、とか?」

「ち、違う!何故そのような、は、恥ずかしいことを!」


真っ赤になってしまった一君に、ちょっとからかいすぎたかな、と思う。

だけど、ムキになるってことは、強ち間違いでもないのかな。


「そんな、恥ずかしいこと?」

「新選組幹部足るもの、新選組や、剣術のことを一番に考えなくてどうするのだ。恋愛や、自分のことなど、二の次だ」

「二の次、ね………」


なら、土方さんに嫌われたくないとか、ずっと好きでいたいとか、土方さんにもっと休んでもらって、もっと一緒にいたいとか、そういうことしか頭になかった僕はどうなるんだろう。

勿論、新選組のことだって考えてたけど。

そういうことは普段から頭にあるわけで、わざわざ短冊に書くまでもない。

……なんて、ただの言い訳だ。

でも、こういう、七夕みたいな機会を借りないとお願いできないような、そういうことだってあるんじゃないのかな。


「そっか………一君は、偉いね」

「…急に何なのだ。あんたとて、剣術のことなどを願うのではないのか?」

「まぁ、そうだよ」


僕は一君から一枚短冊を奪うと、縁側に硯と筆を並べている山崎君のところへ行って、誰よりも早くお願い事を書き込んだ。


「一番強くなりたい、か」


いつの間にか後ろに立っていた近藤さんに音読されて、僕は慌てて振り返る。


「えー、沖田さんより強い人なんて、少なくともここには居ませんよ」


隊士たちも口々にそんなことを言ってきて、何だか居心地が悪い。

蚊帳の外になるのは寂しいけど、かといって、円の中心になるのも落ち着かなくて嫌だ。


「総司は偉いな。いつまでも向上心を忘れない」

「近藤さん、ありがとうございます」


近藤さんの言葉に、少しだけ心が痛んだ。

背徳感を感じる。

だって、ほんとは、僕の願いは……


「近藤さんは、何をお願いするんですか?」

「俺はこれだ、"みんな健康"」

「ふふ、近藤さんらしいですね」


僕らは仲良く、短冊を並べてくくりつけた。

近藤さんが健康なら、土方さんあたりが、新選組の繁栄なんかを願うんだろう。

そう思って辺りを見渡してみて初めて、土方さんの姿が見当たらないことに気がついた。


「あれ?土方さんは?」


そういえば、笹を置いたきり見ていない。


「あぁ、トシはな、部屋に籠もってしまっているよ」

「え、まさか、もう仕事を……?」

「いやいや、今日だけは絶対するなと、全て取り上げてしまったからな。恐らくは、句でも捻っているのではないか?」

「はぁ?何でこんな時に。ほんと、空気の読めない人ですね」

「きっと、トシは恥ずかしいのだよ。笹を取ってきた礼を、隊士に言われるのがこそばゆいんだろう。普段が厳しいだけにな」

「ふーん……素直じゃないですね」


言いながら、素直じゃないのは僕もだけど、なんて思った。




―|toptsugi#




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