朝。ぬくぬくと布団の中で惰眠を貪っていると、ガチャリと寝室のドアが開き、次いでシャーッとカーテンの開く音が聞こえてきた。
眩しい日光を遮断するように、僕は更に布団に潜り込む。
まだ大丈夫。あと30分くらいは寝てられる。
土方さんはいつだって、こうして、朝だぞって僕にさり気なくアピールしてから、朝食を作りに行く。
そして起きなきゃいけない時間になると、優しく僕を起こしてくれるんだ。
土方さんが僕の為に朝食を作ってくれることも、毎朝起こしてくれることも、僕はほんとはすごく嬉しい。
いつもは背伸びしている僕だけど、起き抜けの時くらいは、心の底から子供になって、土方さんに甘やかしてもらいたいと思う。
そのうちに、ベーコンエッグかな、何かが焼ける美味しそうな香りが漂ってきて、僕は無意識にすんすんと鼻を鳴らした。
チン、とトーストの焼き上がる音も聞こえてくる。
そろそろかな。
そう思っていた矢先に、再び寝室のドアが開き、土方さんが入ってきた。
「総司、朝だぞ」
「…………………」
むにゃむにゃして、寝返りを打つ。
「こら、無視すんな」
「………………」
「ほら、起きろ総司」
「んん………」
尚も諦め悪く布団の中で頑張っていると、土方さんはベッドの端に腰掛けて、僕を優しく揺すってきた。
「そーじ」
「…んぅ………」
「起きねぇとどこにも連れて行ってやらねぇぞ」
「………やだ」
「なら、早く起きろ」
口はキツい命令口調なくせに、頭を撫でてくれるその手は至って優しい。
気持ち良くて、僕はしばらくそのままじっとしていた。
「おい、寝るなって」
「寝てない…です………」
「こら、いい加減起きろ」
僕が布団の中に隠れると、土方さんは、布団の上から僕のことを羽交い締めにしてきた。
おかげでカエルが潰れた時の声が出た。
「ぐぇっ」
「ほら、早く起きろ」
「やだーまだ寝るのー…」
「駄々こねてんじゃねぇよ」
「やだぁ」
「こいつめ…っ」
布団の上から、土方さんがのし掛かってくる。
「ぐえぇ…重いーやめてー!」
「だったら早く起きろ」
「まだ眠いもん」
僕はもみくちゃになりながらも、布団だけは離すまいと、何とか頑張っていた。
すると。
「ったく………」
不意に土方さんが、布団の中に潜り込んで来た。
ずりずりと迫ってくる土方さんに、本能的に恐怖を感じて、今度は布団ごと逃げようと寝返りを打つ。
しかし、あと一息というところで土方さんに捕まった。
「な、に……っ……」
抵抗する間もなく、土方さんに押さえ込まれる。
朝だろうが何だろうが布団の中は真っ暗で、僕に覆い被さっている土方さんの表情は伺えない。
「いつまで経っても起きねぇ悪い子には、お仕置きが必要だよな」
「なにメロドラマみたいなこと言ってるんです、か……っ」
こっちが恥ずかしくなるような土方さんのセリフに、ちょっと油断している隙をついて、土方さんに唇を吸われた。
「ふぁ、ん…は……ぁっ…」
ジュッと恥ずかしい音がして、僕は思わず目を見開く………でも何も見えない。
とりあえず抵抗しようと両手で土方さんを押し返したら、その手を取られてシーツの上に押し付けられた。
「ん、ゃ……っ」
こうなったら思い切り叫んでやろうと口を開けば、ここぞとばかりに舌を差し込まれる。
起き抜けでカラカラの口腔に唾液をたっぷり流し込んで、咽せる間も与えずに吸っていく。
くちゅくちゅと舌が絡まり、益々深く合わさった唇に息すらも奪われる。
布団の中は、蒸し暑い。
もうこれ以上は耐えられないと、僕は無理やり顔を離した。
大きく息を吸い込んで、暗がりの中で光る土方さんの目を見つめて。
「…………もっと…」
小さな声でそう言うと、土方さんはおかしそうに笑ってから、今一度濃厚なキスをくれた。
脳髄までとろけそうになって、もうこのままなし崩しに、お昼まで二人でベッドにいてもいいんだけど…………なんて思っていたら、そんな僕の煩悩を見透かしたかのように、土方さんは唇を離してしまった。
「ほら、早く起きろ」
色気の欠片もない声でそんなことを言われて、更には布団まで引っ剥がされて、僕の息子は一気に萎える。
「えー、何で」
「何でってな……キスまでしてやったんだから起きろ」
「何それムカつくー」
「今日は外でデートしたい、なんて言ってたのはお前じゃねぇか」
「うー、でも僕このまま土方さんとイイことしたい」
「何だ、誘ってんのか?」
「据え膳は食べないと男の恥だそうですよ?」
僕はわざとらしくしなをつくって言った。
が。
「……じゃあ、今夜は楽しみにしてる」
ムカつくくらい爽やかな顔でそう言って、土方さんは部屋を出て行ってしまった。
「〜〜〜〜っ!!」
せっかくこの僕が誘い受けてあげようとしたのに!最低!
「この頑固オヤジ!!」
家の中には、朝から僕の絶叫が響き渡った。
*
数時間後。
僕たちは今、近所のレストランに来ている。
あれからようやく起きはしたものの、拗ねた僕のご機嫌を取ろうと土方さんが躍起になって、ほんとはとっくに許してたけど、怒ってるふりをしながら土方さんお手製の朝食を食べた。
それから当初の予定通り、僕の買い物に付き合って貰って(多少……というか八割方土方さんに買ってもらって)、すっかり仲直りして、少し遅めの昼食を食べている。
まぁそれにしても、隣りの芝生は青い、とはよく言ったものだ。
僕は先ほどから、土方さんの前に置かれた和風ハンバーグに目が釘付けになっていた。
(美味しそう………)
なんて、口の端から涎でも垂れてきそうな勢い。
(やっぱり和風ハンバーグにすればよかったかなぁ………でもオムライスも美味しそうだったんだもん……)
自分の目の前でほくほくと美味しそうな煙を上げているオムライスを見て、それにもまた喉が鳴る。
(ほらほら……このとろけるチーズが………!たまらない〜!)
メニューで、たまごの上でとろりと溶けているチーズを見た瞬間、これがいい!と思ったのは、つい先刻のことだ。
が、しかし。
(うー…………)
ちらりと前を見れば、これまた美味しそうな大根おろしがハンバーグの上にのさばっている。
そこに土方さんが和風ソースをかけていくものだから、僕の目はらんらんと輝いた。
「おい、どうしたよ。食わねえのか?」
そのうちに土方さんが、様子のおかしい僕に気付いて言ってきた。
「や、食べます食べます」
僕は慌ててチーズオムライスをスプーンですくう。
「うん!おいしい!」
僕の言葉に土方さんが笑った。
「お前は、本当に美味そうに食うよな」
「だって、美味しいものは美味しいじゃないですか」
「そうかよ。じゃあ、ハンバーグもやるよ」
「えっ」
一口大に切ったハンバーグを、土方さんが僕のお皿に寄越してくる。
しかも、上にはたっぷりと大根おろしをかけてくれた。
ぎくり。
そんな効果音と共に、僕の身体が強張る。
もしかして、土方さんのも食べたいなぁとか思ってたの、バレた?
ちょっと待って。
だいたいさ、土方さんがハンバーグとかおかしくない?
いつもだったら土方さん、和風定食とか頼むのに………。
あれ?まさか最初から………?
メニュー見てる時に、僕がどっちにしようか悩んでたのを、見てたとか………?
うわ、これ、完全にお子ちゃまに対する行為じゃない、うわ、サイアク。
「ねぇ?土方さんは僕のことガキだと思ってるんでしょ?」
「はぁ?急に何だよ」
「僕、別にハンバーグなんて……」
「んー?全部食いきれねえってか?なら俺もそのオムライス、ちょっと貰う」
「え、いや、そうじゃなくて………」
「いいじゃねぇか。食いたいもんを食うんだよ」
言いながら、土方さんは既にオムライスを口に入れている。
「お、美味ぇな、これ」
そう言って、もう一口。
「…………」
僕はキュッと唇を噛んだ。
この人は、こうしていつも僕の気持ちをさり気なくコントロールしてしまうんだ。
素直に欲しいと言えない僕が、望み通りハンバーグも食べられるように。
その場の流れを作ってしまう。
こういうところが、いつも悔しい。
僕ばっかり子供みたいで。土方さんはいつだって余裕たっぷりで。
その余裕を半分寄越せと僕は言いたい。
「ほら、早く食えよ」
土方さんは固まっていた僕にちらりと視線を合わせて、それからまた咀嚼する。
右手の近くには、空っぽの灰皿。
僕のために禁煙してくれているのが、嬉しい反面申し訳なくもなったりする。
僕は視線を落として、食事を再開した。
「――――で、チョコか?イチゴか?」
結局、6対4くらいの割合で両方とも食べた僕が満足してお腹をさすっていると、不意に土方さんが言った。
「はい?」
「どうせパフェだろ?それともあんみつか?」
どうやら、デザートの話をしているらしい。
僕が答えに迷っていると、土方さんが店員さんに「デザートメニューを」なんて頼んでしまった。
「僕、もうお腹いっぱいですよ」
一応、僕の中での社交辞令を口にしてみる。
「とか言って、結局食べなかったことはないじゃねぇか」
そう言って、土方さんは面白そうに笑った。
「土方さんは?……土方さんは、何も食べないんですか?」
「俺はコーヒー」
「ふぅん」
僕は運ばれてきたデザートメニューに目を通した。
チーズケーキ、ティラミス、あんみつアイス、ワッフルにホットケーキ。
甘いものに目がない僕にとっては、こうしていつも好きなデザートを食べさせて貰えるのはすごく嬉しいことだ。
だけど、決まって土方さんは何も食べないから、僕ばっかりで少し寂しかったりもする。
でも、土方さんは甘いものが苦手だから仕方ない。
「決まったか?」
「うん、決まった」
僕がメニューを置くと、土方さんが店員さんを呼んでくれた。
「えっと、スペシャルチョコバナナミックスパフェデラックスと、…あ、土方さんコーヒーはアイス?」
「ホット………」
辛うじて答えながらも、土方さんは、僕が口にした長ったらしいパフェの名前に瞠目している。
「何だ?その、スペシャルなんたらかんたらデラックスてのは」
「そんなの、お店側がやたらスペシャルな名前にしたがってるだけで、要はただの大きなチョコレートパフェだと思えばいいんですよ」
「考え方は冷めてんのに、食べるもんはお子様だよな」
土方さんは僕の解釈に暫く笑っていた。
ほら、やっぱり子供だと思ってるんじゃないか。
なーんて心の隅でいじけながらも、やがて運ばれてきた大きなチョコレートパフェを、僕はぺろりと完食した。
そして、少し食休みしてからお店を出る。
大蔵大臣は勿論土方さん。
「あー美味しかった!ごちそうさまでした!」
「よかったな」
「まぁ、土方さんの手作りには負けますけどねー」
「ありがとよ。できれば、俺がそのセリフを言いてぇんだがな」
「あと云十年は無理じゃないですか?土方さん知ってるでしょ?僕のあの壊滅的な料理」
「あぁ。泥団子食った方がマシだったな」
「ひど!いくらなんでも……そんなこと言うなんて…!」
「悪い悪い、冗談だよ」
頭を優しく撫でられて、誤魔化されたような気がしなくもなかったけど、僕は自分が泥団子以下だということを身を持って知ってるから、大して怒らなかった。
「で、この後どうすんだ?」
二人して車に乗り込んで、シートベルトを締めたところで土方さんが言った。
「……さぁ?どこか行きます?」
「総司の好きにしろ」
うーん、と僕は考え込んだ。
それからすぐに思いつく。
「じゃあ、朝から放置されたままの、据え膳食べてくださいよ」
思わせぶりな様子で言うと、土方さんはニヤりと笑った。
「今食ったばかりなのに、また食うのか?」
「デザート、土方さんはまだ食べてないでしょ?」
助手席から乗り出して、土方さんに擦りよりながら言う。
「ったく……何で今日はそんなに積極的なんだよ」
「土方さんが、朝からベロちゅーするからですよ」
「分かった。その代わり、スペシャルでデラックスなの頼むぜ、総司」
「な……!!」
僕が耳まで真っ赤になっていると、土方さんはぞくぞくするほどカッコ良く笑って、車を発進させたのだった。
2012.07.04
やおいー!
最近土沖であまあまラブラブいちゃいちゃしてて欲しくてたまりません。
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