book短A | ナノ


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「二年一組沖田総司、至急職員室まで来るように」


校内放送を入れてから、俺はふぅ、と溜め息を吐く。

自分の机まで戻ると、向こう側から原田が話しかけてきた。


「なに、また総司の奴何かしたのか?」

「あぁ、ちょっとな」


別に原田には何の落ち度もないのについ口調が荒くなるのは、もはや不可抗力だ。

もうすぐ休み時間が終わっちまう、早く来ねぇか、と痺れを切らして待ち構えていると、態となのか何なのか、チャイムが鳴るギリギリのところでようやく待ち人が現れなさった。

総司の奴が入ってくるなり、その時職員室にいた先生という先生が振り返って総司に目をやる。

あぁこいつも懲りないな、また何かやらかしたのか。全員の目がそう言っている。


「せんせー僕のこと呼んでくれた?」

「ふざけんなっ!教師を待たせるたぁ一体何事だ!」


開口一番に怒鳴る俺に、原田がひゅう、と口笛を吹く。


「うっわ…先生ってトイレも行かせてくれない鬼教師なんですか」

「いちいち突っかかってくんのはやめろ。それから教師をからかうのもやめろ」

「はいはい」

「はいは一回だ!」

「ていうか、何の用ですか?早く用件言わないとチャイム鳴っちゃいますよ?…まぁ、僕はそれでもいいんですけど、先生は困るんじゃないですか?」

「………っ」


急にまともなことを言う総司に、俺はただの一言も反論できない。

やられっぱなしは悔しいし何か言ってやりたいところだが、生憎と時間がないのもまた事実だ。

俺は苦い顔で用件を述べた。


「………お前、この前の部活をサボりやがったそうじゃねぇか」

「えー、うわー、耳が早い」


ケロッとしている総司に、俺は眉を顰める。


「四月から主将になったんだろ?なのに早速サボるたぁ何事だよ」

「まー、お目付役の土方先生もご多忙でいらっしゃいませんでしたし?サボって当然ですよね」

「それが理由かよ!……お前、どんなに俺の授業はボイコしても、部活だけはサボらなかったじゃねぇか」

「ていうか、別にサボったわけじゃないです。退っ引きならない事情により早退しただけです」

「あのなぁ……早退するにしても、きちんと届けを出すなりしねぇと他の奴に迷惑がかかるだろ?……つーか何だよ、その退っ引きならない事情ってのは」

「…ドラマの最終回録画し忘れまして」


机の向こう側で、原田がブーッと吹き出した。

そして俺の怒りは頂点に達する。


「てっめぇふざけんじゃねぇっ!!!教師をからかうのもいい加減にしろ!!」

「あー、おっかない」

「何でてめぇはそうなんだよ!何で素直に謝れねぇんだ!」

「だって、土方先生に謝るのって何か筋違いじゃないですか?部活のみんなに謝るならまだしも」

「そういう問題じゃねぇだろうが!俺だってな、お前の尻拭いをしてやって、近藤さんに訳を話して、色々と迷惑を被ってんだからな!」

「あぁ、そういうことなら、すみませんでした」


大人しく頭を下げた総司に、俺だけじゃなく、原田や他の先生たちも一瞬動きを止める。


あぁ、近藤さんが絡むときちんと謝れるわけか。

おかげで、逆にこっちが不完全燃焼だぜ。


「…これでいいですか?もう、僕行っていい?」


総司が面倒臭そうに聞いてくる。


「い、…いや、待て待て、まだ終わっちゃいねぇよ」

「何ですかーもう。ほんとにチャイム鳴るんですけど」

「まだ、本当のサボりの理由を聞いてねぇぞ」

「はぁ?さっき言ったじゃないですか。本当も何もないんですけど」


総司は苛ついたように言う。

いやいや、苛々してんのはこっちだよ。何でお前が苛ついてんだ。


「まさか、本当にドラマごときでサボったとでも言う気か?」


有り得ねえ。

俺は目を剥いて声を荒げたが、総司は相変わらず飄々としたままだった。

有り得ねえよ、ほんと。

――でも、こいつなら有り得るのかもしれない。こいつなら。


「本当、なのか?」


恐る恐る尋ねると、総司は真顔でこくんと頷いた。

…が、その瞳が微かに揺れたのを俺は見逃さない。

だが、残念ながら、今それについて追及している暇はなかった。

今日はちょうど部活がある日だ。

そういえば最近仕事が忙しくてなかなか顧問としての務めを果たせていなかったし、久々に顔を出して、その時ついでにこいつをとっ捕まえて本当のことを吐かせてやろう。

俺は頭を忙しなく働かせてプランを立てると、今は総司を解放してやることにした。


「そうか。ならそういうことにしといてやるが、その代わりもう二度とサボったりするなよ」

「えー。でもでも、近藤先生が来ない日はつまんないから嫌です」


本当の理由はそれか!と思わず言いたくなるほど、説得力のある言い分。

総司は近藤さんのことが大好きなのだ、昔から。

総司の人をおちょくったような態度に、俺は深々と溜め息を吐いた。


「お前なぁ、部活ってのはそういうもんじゃねぇだろうが。近藤さんが来ようが来なかろうが、主将なんだからしっかり練習に出やがれ」

「…えーめんどくさい。何で僕が主将なんですか。僕は主将なんかやりたくなかった」

「仕方ねぇだろうが。試合に勝っちまったんだから」

「そりゃあ、一番強い人が主将になるのが決まりですからねー。一君残念でしたってことですよ。僕としては、是非ともしっかり者の一君に主将になってもらいたかったんですけど。だからと言って試合で手を抜くとか有り得ないし」


俺は、ズキズキと痛み出したこめかみを抑えた。

どうしてこいつはちゃんとした正論を持っているくせに、言うこととやることがちぐはぐなんだよ。

試合で手を抜くのが有り得ねえなら、サボるのだって有り得ねえだろうが。


「…俺だって、斎藤になってもらいたかったよ」


ついそう言うと、総司は妙に傷ついたような顔になった。

何だよ、そっちからふっかけてきた喧嘩じゃねぇか。


「………用は済んだみたいなので、もう僕行きますね」


そう言っていそいそと退散しようとする。

その背中に、俺は駄目押しとばかりに声をかけた。


「いいか、ぜってぇサボ……」

「サボりませんよ!もう!」


かったるそうに教室に帰って行く総司を見ながら、俺は深々と溜め息を吐いた。


「土方さんも、いちいちよく構うよな」


一部始終を見守っていた原田が、苦笑混じりに言ってきた。

俺はそれを一睨みしてから、次の授業に向かうべく、職員室を後にする。



俺は、今でも忘れられないのだ。

いや、覚えていると言った方が正確か。

昔の俺たちの記憶を、俺は全て持っていた。


入学式の日、満開の桜の木の下で懐かしい茶色の頭を見つけた瞬間、俺の胸はどれほど高鳴ったことだろう。


また会えると信じてはいた。

が、本当に会えるとは思っていなかった。

なんだその矛盾。
いや、でも実際そうなんだ。

会えねぇとはこれっぽっちも思ってなかったんだから。

ただ、こんなに呆気なく、早い段階で会えるとは思ってなかったということだ。

…まぁ、早いと言っても俺はもう三十路が近いわけで、三十年って言ったらたいそう長い待機期間だったが。

でも、あの頃から数えたら早いもんだろう。


「お前、まさか――――総司、か?」

「はい?僕は総司ですけど」


驚いて立ち尽くす俺に向かって、あの時総司は不思議そうにそう言った。


「…………っ…!」


その反応で、すぐに分かった。

あぁ、こいつは記憶を持たずに生まれ転がってきたのだと。

俺は、一目で総司だと分かったんだ。
こいつも、分からないわけがない。

それなのに何も反応がないということはつまり、……そういうことなんだろう。


「……あのー?あなたここの教師ですか?それとも不審者ですか?」

「っ…………教師だ」


記憶はなさそうだが、現世にも性格はそのまま持ってきたようだ。

相変わらずの減らず口に、妙に心がホッとしたのを覚えている。


「…本当に不審者じゃないんですか?」

「……あぁ?」


全く、何だってんだよ。

こっちは久しぶりの再会に感動も一入で、ろくに言葉も紡げねぇっつーのに。


苛立ちと、そして大きな消失感。

複雑な思いを一気に抱え込まされた瞬間だった。

もしかしたら、会えたとしても相手には記憶がないかもしれない、というのは常日頃思っていたことではあったが、実際に現実になってみると、それはたいそう受け入れ難いものだったわけだ。


「だから!不審者じゃねぇっつっただろうが!…つーか、お前こんなとこで何してたんだよ?」

「うーん、サボるのに最適な場所を探してました」


…どうやら、度胸の良さもご健在らしい。

教師に向かってサボり宣言、それも入学式から早速とはどうかしている。

俺はガミガミ怒る気にもなれずに、こめかみを押さえつつ低い声で口を開いた。


「サボるってお前、こんなところでか?」


校舎の裏側。
教師用の駐車場や用務員の休憩所がある、普段は人気の全くないところに、何故だか桜の木が一本だけ植わっている。

初日からどうやってこの存在を知ったのかは謎だが、総司はその根元に寄りかかって、じっと桜を見上げていたのだ。


「えー、だって僕、桜が好きなんですよ」


そう。確かに総司は桜が好きだった。

春になれば部屋に籠もりきりの俺を無理やり花見に連れ出し、桜の句でも読んだらどうだと豪語していた。

けど、俺は桜は好きじゃねぇんだ。

儚く散っちまうからな。
お前みてぇに。


「………まぁ、休み時間に来るのは勝手だが。俺に見つかったからには、ぜってぇサボらせねぇからな」

「ちぇ。あーあ。厄介そうな先生に捕まったなぁ…先生って一年生担当してます?」

「担当も何も、生活指導から何から何まで俺の仕事だ。つーかお前、入学式で紹介してんのを聞いてなかったのかよ?」

「あー、寝てましたから」

「お前な……!」


昔と何も変わらないやりとり。

相変わらず可愛くないことばかり言うその生意気さが、どこか懐かしく、そして切ない。


それが俺たちの再会だった。

いや、一方的な再会とでもいうべきか。

何しろ総司の目に、俺はただの喧しい教師としか映っていないのだから。

その厄介な設定は一年経過した今でも壊されることなく保たれていて、俺は総司と、未だに言い合いしかしたことがない。

大昔の話とは言え、恋人だったのが嘘のようだ。


…まぁ、今は時代が違うからな。

また前と同じように想い合えるとは限らない。そう覚悟はしていたものの、正直ここまでとは思っていなかった。

現代の総司は確かに俺の知っている総司なのに、それでいて全く別人のように感じてしまう。

これが、心の距離を表しているのか。

だとしたら、あまりにも辛すぎる運命ではないだろうか。




―|toptsugi#




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