「ねぇ、僕も仲間に入れてくれない?」
総司は、境内で遊ぶ子供たちに向かって言った。
「あー、総司だぁ!」
「うん、いいよ!総司も遊ぼ!」
足にじゃれついてくる子供たちに、総司は嬉しそうに笑い返した。
その様子を、遠くから眺めている者が二人。
巡察帰りの原田と、総司を迎えに来た土方だ。
「総司……また子供と遊んでんのか?」
「みてぇだな」
土方は溜め息を吐いた。
が、その表情が柔らかいことに、原田は疑問を覚える。
「あれ、土方さん、怒らねえのか?」
「あぁ?……別にサボってるわけじゃねぇんだから、怒る理由がねぇよ。まぁ、もうそろそろ切り上げてもらうがな」
「………」
いつもなら、こんなところで油を売ってるんじゃねぇなんていいそうなものなのに、と原田は方眉を上げた。
「総司はな………子供のやり直しをしてるんだよ」
「子供の、やり直し………?」
不思議そうに土方を見る原田に、土方は訥々と話始めた。
*
「ねぇ、僕も仲間に入れてくれない?」
宗次郎は、小さな声で呟いた。
聞こえなかったのか、空き地で遊ぶ子供たちは宗次郎のことを見ようともしない。
「ねぇ…………」
今日はもう、お使い事は全て済ませた。
近藤は出稽古に行ってしまっているし、一人で素振りするのももういい加減に飽きてきた。
いつも邪魔をしに来る土方も今日はいないし、宗次郎はまるっきり暇だった。
だから、たまには近所の子供たちと遊んでもらおうと思ったのだが……。
また今日も、仲間には入れてもらえないかもしれない。
宗次郎が立ち尽くしていると、子供たちの一人が宗次郎の方に歩み寄ってきた。
「そうじろう、いっしょにあそびたいのか?」
「うん」
「…でもおまえ、なんにもしらないじゃないか」
「え……?」
その子の後ろに、続々と子供たちが集まってくる。
きっと、この子が大将なのだろう。
「あそび、なんにもできないじゃないか」
「できるよ。ちゃんばらだって、鬼ごっこだって、できるよ」
宗次郎がムキになる。
すると、別の子が遠慮がちに言った。
「でも、そうじろう強すぎるんだもん」
「強い……?」
「うん。何しても、そうじろうとやると負けるから、やなんだよ」
「でも、だからって他のあそびにすると、こんどはそうじろうができないだろ?」
「花一匁とか、知らないだろ?」
宗次郎は、普段から同年代の子と接する機会がほとんどない。
周りは宗次郎よりずっと年上の大人ばかりだし、雑用を押し付けられたりする所為で、遊ぶこと自体がごく稀だ。
だから、同年代の子たちがするような遊びは全く知らないで成長してしまった。
たまにこうして遊びに来ても、何も知らないからと言って疎まれるので、自然と足が遠のいてしまう。
宗次郎は、まるっきり一人ぼっちだった。
「じ、じゃあ、おしえてよ」
しかし、今日の宗次郎は、少しいつもとは違っていた。
勇気を振り絞って、一緒に遊びたいのだと主張してみる。
「えー、めんどくさいなぁ」
大将と思われる子は、あからさまに嫌な顔をした。
すると、それに倣って皆が口々に文句を言い出す。
「おぼえてからあそびにきなよ」
「でも……やってみれば、わかるかもしれないし……」
「そうじろうが入ると、にんずうが合わなくなっちゃうんだよ」
「おいらの兄ちゃん、しえいかんに通ってるけど言ってたぞ、そうじろうはなまいきだって」
「そ、それは………」
関係ない、とは宗次郎には言えなかった。
宗次郎は遠慮ない子供たちの言葉に、必死に耐えることしかできなかった。
すると……………。
「…じゃあさ、あれ、お願いしようよ」
一人の子が、何かを提案した。
「あれってなんだよ」
「あの、蹴鞠のことだよ」
「あぁ、それいいね」
「そうしよう、そうじろうにまかせよう」
口々に何かを決めていく子供たちに、宗次郎は訳が分からず首を傾げる。
「ねぇ、蹴鞠って、なんのはなし?」
「このまえ鞠であそんでたらな、あそこの林にとんでいって、取りにいけなくなっちゃったんだよ」
あそこ、と大将が空き地の向こうの林を指差した。
その方向に目を向けて、宗次郎はごくりと生唾を飲み込んだ。
そこは、近所の子供なら誰でも知っている、暗くて迷子になりやすいことで有名な林だった。
大人なら大したことはないのだろうが、子供たちは皆親から近づくな、と言われているところだ。
宗次郎も例に漏れず、近藤からキツく言い渡されていた。
「あそこは…………」
宗次郎は思わず躊躇した。
試衛館に夕方までに戻らなかったら、大人たちに怒られる。
泥だらけになって帰っても、貴重な着物を汚すんじゃないと怒られる。
林に行って悪いことこそあれど、いいことは何一つない。
きっとこの子たちだって、宗次郎を仲間にしたいというよりは、都合の悪い厄介事を押し付けようとしているだけだろう。
宗次郎は子供ながらに、そういったことを瞬時に判断した。
元来そういう類のことには敏感な性格だ。
それに、前にも似たような目にあったことがあったから、すぐにぴんときたのだ。
(きっと、僕が取ってくる間に、みんなでどこかに行っちゃうんだろうな…)
前は、かくれんぼだった。
宗次郎に鬼役を回して、宗次郎が探している間に、皆で別の場所に行ってしまったのだ。
あんな侘びしい思いはもう二度としたくない。
そうは思ったものの、宗次郎は断ることはしなかった。
「なんだよ、おまえびびってるのかよ」
「ちがう……」
「ほんとうは、こわいんだろ?」
「こわくてこわくておもらししちゃうんじゃないの?」
「ちがう!こわくなんかない!」
宗次郎はぐっと拳を握り締めた。
怖いか怖くないかで言えば、怖い。
それに、帰ってから怒られるであろうことを考えても、出来ることなら行きたくない。
…が、宗次郎は筋金入りの負けず嫌いだった。
何よりも、こうして馬鹿にされ、揶揄られることが一番堪える。
だから宗次郎は、怒鳴るようにこう言ったのだった。
「僕はこわくない!おくびょうじゃない!だから、行く!」
*
子供たちはどうやら、林に行けと言えば、流石に宗次郎が臆して諦めると思っていたらしかった。
その証拠に、宗次郎が踵を返して林に向かって歩き出すと、口々に行くな行くなと制止の声を上げ始めた。
だが、ここまで来たら宗次郎とて、もう後には引けないのだった。
負けない、負けたくない。
弱いと思われたくない、認められたい。
それは何も、剣道に限った話ではない。
(くやしい………くやしい…)
宗次郎は、その一心だけでずんずんと林に向かって歩いていった。
もう、子供たちの声も聞こえない。
(僕はただ、いっしょにあそびたかっただけなのに………)
家族はいない。
小さい頃に死んでしまったから。
心の許せる相手も、近くにはいない。
兄弟子たちはみんな意地悪だ。
それなのに、宗次郎には友達すらいない。
ただ、和気藹々と遊ぶことすら許されないのかと、宗次郎は思わず零れそうになる涙をぐっと堪えて唇を噛んだ。
(泣かない。ぜったい泣かない………)
泣くのは、弱い奴のすることだ。
ずっとそう思っていた。
(僕は、おとこだ。つよいおとこだから、泣かないんだ)
今にも崩れてしまいそうな意志を何とか保ちながら、宗次郎はいよいよ林の入り口まで辿り着いた。
上を見上げ、ごくりと喉を鳴らす。
木々の鬱蒼と繁茂する茂みは、子供にとっては十分な高さと暗さを持っていた。
枝が所狭しと折り重なって絡み合っている所為で、まだ日は暮れていないというのに、地面に光は殆ど届いていない。
何だか、じめじめと湿ったような、肌寒い空気が漂っている。
宗次郎は、気味が悪いと思った。
しかし、畏怖よりも何よりも勝っていたのは、悔しさと負けず嫌いさだった。
宗次郎はぐいっと袴の裾を捲り上げると、大きく深呼吸して林に足を踏み入れた。
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