幕末で歴史捏造してます。
「誰だい?君は――」
立っているのもやっとな僕を見て、その人はあからさまに疑いの目を向けてきた。
まぁ、初対面な訳だし、仕方ないとは思う。僕だって、ついさっきこの人の名前を知ったばかりだしね。
「大鳥さん、ですよね?」
ここに入る時に教えてもらった名前を言えば、相手はそうだと頷いた。
「そうだけど、君は?」
「僕は、沖田って言います――沖田総司、です……土方さんから、ちらっとでも聞いたりしてませんか?」
少し期待を込めて言うと、大鳥さんは大袈裟なくらいに驚いて目を見開いた。
どうやら土方さんも、少しは僕のことを話したりしてくれていたらしい。
「君が、あの……」
大鳥さんはそんなことをぶつぶつと呟きながら、僕のことをまじまじと見つめてくる。
正直、そんなに眺め回されたら居たたまれなくなるしやめてほしい。
「話は土方君からよく聞いてるよ」
「そうですか?どうせろくなこと言ってなかったでしょ?餓鬼だとか何とか、悪口ばかり言ってたんじゃないですか?」
冗談混じりにそう言うと、大鳥さんは急に黙り込んでしまった。
しかも「それより」と改まった声で、心配そうな顔で僕に話しかけてくるものだから、僕はかなり面食らった。
「君は、その……労咳を患っていて、療養の為に江戸に残してきた、と聞いていたんだけど、」
それを聞いて、僕はやっと納得した。
それで、こんな幽霊を見ているかのような顔をしているわけね。
何で江戸から遠く離れたここ、函館に僕がいるのか。
それは僕自身信じられないくらい、馬鹿で単純な理由なんだけど。
「そうなんですけど……あの人がヘマしてないか心配で、つい追いかけて来ちゃいました」
少しおどけたように言って見せたら、大鳥さんは信じられないという面持ちで僕を凝視してきた。
まぁ、僕も吃驚したけど。
船に揺られて何十里も歩いて、よくここまで体が保ったと思う。
この、何の役にも立たないぼろぼろの体が。
そんな体で今更何をしに来たのだと突き放されても全く文句は言えないのだが、あのまま千駄ヶ谷にいるよりは、ずっと充実した最期を迎えられるはずだと思ったんだ。
その一心で、ここまでやってきた。
「追いかけて来たって……そんな体でよく…」
当然言われるとは思っていたが、実際初めて会った人にまで言われてみると、何だか少し癪に障った。
「どうだっていいじゃないですか。そんな体でって、大鳥さんは僕のことよく知らないでしょ?」
まぁ実際のところ、病態には芳しさの欠片もないんだけど。
僕は口だけに笑顔を乗せて、大鳥さんにじとっとした視線を送った。
すると、大鳥さんは敏感にも僕の機嫌が降下したことな気付いたらしく、慌てて取り繕ってくる。
「いや、うん…まあ、その、遠いところからよく来たねって思っただけだよ。…やっぱり土方君はみんなから愛されてるんだね」
だけど、大鳥さんの言葉は更に僕の機嫌を悪化させることとなった。
「みんな、って………誰ですか」
「え……?」
「みんなに愛されてるって、それ何の話ですか!?」
大鳥さんは、僕が声を荒げたことに驚いたようだった。
今にも掴みかかりそうな勢いの僕にたじたじになりながら、慌てて誤魔化している。
「わ、わ!ち、ちょっと落ち着いてよ!ただの言葉のあやだから!」
「ふん………どうだかね」
……全く、これだから油断ならないんだ。
あの人に悪い虫がつかないように、いつでも目を光らせてないと。
そのまま苛立ちに任せて大鳥さんに詰め寄ろうとしたら、急に胸の奥から嫌なものが込み上げてきて、僕はその場に硬直した。
次の瞬間には、際限なく咳が口をついて出てきて、息苦しさに立っていることもままならなくなる。
「ぐっ……げほげほっ!」
「沖田君!?」
激しく咳込みながらうずくまる僕の背中を、大鳥さんはおろおろしながらさすってくれた。
「……大丈夫かい?」
幸いにも喀血することはなかった。
僕が荒い息を繰り返していると、大鳥さんが肩を貸して、椅子まで運んでくれた。
そこで僕は初めて椅子というものに座った。
あぁ、土方さんも今じゃすっかり西洋のしきたりに馴染んでしまったかなと、少し寂しくなる。
「…あり、がと……ございま、す」
「少しは落ち着いたかい?……そうだ、何か飲み物を持って来ようか」
「できたら…水、を…」
「分かった。今持ってくるね」
そう言って大鳥さんは出て行った。
会ってからまだ数刻も経ってないけど、それでもすぐに分かった。
きっと大鳥さんは、すごくいい人なんだろう。
これなら土方さんも、知り合いが殆どいないこの場所でも、寂しくなくやっていけてるだろう。
そう思ったら安心した。
今更僕が現れなくてもよかったのかも。
だけど、僕はそういう訳にはいかない。
一人ぼっちですることもなく、日に日に死が忍び寄ってくるのを感じることしか出来なかった毎日。
そんな日々に終止符を打つべく、ここまでやってきたんだから。
一目なりとも合わなければ、心残りが多すぎておちおち死んでもいられない。
「沖田君、お待たせ」
決意も新たに呼吸を整えていると、水を片手に大鳥さんが戻ってきた。
なんだ、気を利かせて、ついでに土方さんも連れてきてくれるかと思ったのに。
「…ありがとうございます」
それでも僕は律儀にお礼を言って、冷たい水で喉を潤した。
そんな僕を見ながら、大鳥さんはにこやかな顔で僕を歓迎する旨を伝えてくる。
「とにかく、本当に遙々よく来てくれたね。宿なら提供するから、今夜はゆっくり休んで旅の疲れを癒すといいよ」
「あ、はい……あの……ご親切に、どうも…ありがとうございます……」
僕は少し疑問を感じた。
歓迎してくれているのは分かるし、戦力にもならない僕を手厚くもてなしてくれようとしているのは本当に嬉しいんだけど、でも何で?
何で僕の目的が分かっていながら、そのことについては一切触れてこないの?
「……それで、あの、土方さん、は?どこにいるんです?」
焦れた僕は我慢できなくなってついに本題を切り出した。
「僕、貴方に言えば会えるからって言われたんですけど…」
「あ……いや…それは………」
明らかに青ざめた大鳥さんに、僕は怪訝な目を向けた。
「あの……?土方さんが、どうかしたんですか?」
大鳥さんの顔を見て、嫌な予感が胸をよぎる。
「……大鳥、さん?」
大鳥さんは黙ったまま俯いていた。
僕はひたすら戸惑って、狼狽えて、どうしていいか分からなくなる。
「まさか、……死んだ、なんて言わないですよ、ね…?」
恐る恐る尋ねても、大鳥さんはうんともすんとも言わなかった。
頭が真っ白になる。
呼吸が自然に上がって、息をするのも苦しいくらい。
「…まさか……そんなわけ……」
「沖田君……」
僕は思わず大鳥さんに掴みかかった。
「ねぇ、違うんでしょ?!嘘なんでしょ?!」
「沖田君…すまない……」
「すまないって、それ…………」
思わず大鳥さんの洋服を掴んでいた手から力が抜けた。
続
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