book短A | ナノ


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色づき始めた街路樹を見上げて、秋だなぁと思う。

いや……もう秋というよりは冬に近い。

軌道が見えそうなほど強い風に体を震わせて、ぐるぐる巻きにしたマフラーに顔を半分ほど埋める。

邪魔くさくて家に置いてきた手袋を恋しく思いながら、裸の手をごしごしと擦り合わせた。

…………来ない。

約束、11時じゃなかったっけか。

昨日の夜交わしたメールを見返すと、そこには確かに11時と書かれている。

12時だとレストランがお昼時で混むからと言って、わざわざ一時間早めたんだもんな。

やり取りまで逐一覚えてるぞ俺は。

それから120度程に針が広がった腕時計を確認し、腕時計が狂ってる可能性もあるかと、広場の時計台も見上てみる。

…どちらも同じ時刻を指している。

まぁ、あれだ。

普段まともに登校してきたことすらねぇ奴だからな。

たかが15分くらい、どうってことねぇだろう。

……いやでも、もしかしたら電車が人身事故で止まっちまったとか、自転車すっ飛ばしてたら転んじまったとか、バスに乗ってたらハイジャックされちまったとか、何か良くないことが起こったのかもしれない。

そう思ったら、居ても立ってもいられなくなった。

とりあえず、今どこにいる?とメールを飛ばす。

それから携帯のナビを起動して、総司が乗ってくるであろう路線や駅までのルートを検索してみた。

人身事故、0。

ハイジャック、0。

遅延も工事も点検も何もかも、0。

…………どうしたんだろ、アイツ。

そわそわと落ち着かないまま、何度も何度もメール問い合わせをしてみるが、新着メールも0。

十回目くらいの問い合わせで漸く一通来たかと思ったら、『沖田様からメッセージが届いております』なんていう出会い系サイトからのタチの悪い迷惑メールで、あまりの怒りに力強く削除してやった。

…で、相変わらず返事は来ない。

もしかしたら、急に具合が悪くなったのかもしれない。

もしかしたら、家が火事になったのかもしれない。

家に強盗が押し入ってきて、誰にも通報できないまま人質に取られてる可能だってある。

心配で心配で無駄に携帯画面とにらめっこしたり、時計台を何度も見上げたりしてみたが現状は何も変わらない。

そうこうしている間に、待ち合わせの時間から30分が経過してしまった。

…もしかして心臓発作でも起こして倒れてんのか?

突然宇宙人が襲ってきて、記憶全部吸いとられちまったのか?

最悪のケースまで想像したら、俺はもうこれ以上どうにも我慢ならなくなって、かじかんだ手で必死に携帯のボタンを押し、総司に電話をかけた。

が。


『おかけになった電話は、只今電波の届かないところにあるか、電源が入っていない…………』


聞こえてきた機械音声に、益々絶望することとなった。

これはどういうことだ?

地下鉄に乗ってるのか?

いや、さっき調べた路線には一切地下鉄は含まれてなかったぞ?

てことは、携帯の充電が切れてるのか?

もしくはやっぱり人質に取られて、携帯をぶち壊されたのか?

どうしたんだよ総司!!!!!!!

心配で心配で、警察に行くべきかどうするべきか悩んでいた俺は、何度か声を掛けてきた逆ナン女共に苛立ちの全てをぶつけ、殺気だった視線とオーラで追い返してやった。

俺の総司が!音信不通で行方不明になってるってのに!呑気にナンパなんかしてんじゃねぇ!!

だいたい俺はそんなにヤリチンじゃねぇんだよ!

これは総司専用なんだ!

てめぇらになんざ頼まれてもくれてやらねぇよ!

金目的だったとしても同じことだ!

俺は総司の為にしか財布の紐は緩めねぇんだよ!


「……土方先生?」


心の中で荒れ狂っていた俺は、突然聞こえてきた耳慣れた呼び掛けに、ハッと聖人君子の自分を取り戻した。

呼ばれた方を向くと、担当クラスの生徒が何人か固まって此方を見ている。

男女あわせて六人程度。

…遊びにきたのか?


「お、お前ら……」

「わー、やっぱり土方先生だ!」

「やっぱりって……」

「私達さっきからずっとあそこに立って先生のこと観察してたんだ〜」

「なっ!?」

「先生モテモテだね!」

「ナンパされちゃってたしー」

「先生今日もしかしてデート?」

「その眼鏡って、もしかして変装でもしてるつもりなんですか!?」

「眼鏡の先生もイケメン!」

「い、いや……これは……」


確かに俺は今日、普段はかけない眼鏡をかけている。

生徒の言う通り総司との逢い引きがバレないようにと思ってのことだが、まさかハイそうですその通りですとも言えず、花粉だのコンタクトが切れただのなんだの言って必死に誤魔化す。


「て、てめぇらこそ何してんだよ」

「テスト終わったからカラオケ行くんすよ」

「カラオケか……」


ならば一旦入ってしまえば暫くは出てこないだろう……とすかさず算用する。


先生も来る?」

「はぁ?何言ってんの?デートなのに来るわけないでしょ」

「あっそっか」

「じゃあ、予定変更して先生のデートの尾行しちゃおうかなー」

「何だと!?」


それだけは本気で困る!やめてくれ!

つーか俺の総司が音信不通で行方不明だってのに、立ち話してる暇なんざねぇんだよ!


「先生の尾行、面白そうだよね」

「やめろよ!頼むから俺のことはほっといてくれ!」

「はいはーい。私達デートの邪魔だってー」

「う、うるせぇよ!」

「先生デート楽しんでね!」

「だからうるせぇって!」

「ふふふ先生顔真っ赤」

「赤くねぇ!」

「ふふ、じゃあねー先生」

「おうよ……あっ、くれぐれも飲酒なんざするんじゃねぇぞ?」

「うわぁ、出た風紀委員顧問」

「あぁ!?」

「きゃー怖ーい!」

「もう何でもいいからとっととカラオケ行きやがれ!」

「はぁーい」


ああだこうだとうるさい生徒たちを無理やり広場から立ち去らせ、大通り沿いのカラオケに入っていくところまで見届ける。

何て日だ!と思いながら時計台の下まで戻ると、なななんと総司が立っていた。

あんぐりと口を開けて立ち尽くしていると、総司が控え目に手を振って、しかも、ニコッと、それはそれは破壊的な微笑みを投げ掛けてきた。


「そーじ……!!!!!」


俺は寒さも忘れて駆け寄った。

寒がりなクセに相変わらず薄着の総司にマフラーをぐるぐる巻き付けながら、その無事を確かめる。


「お前、大丈夫だったか!?どこも怪我してねぇか!?」

「はぁ?」


総司は一瞬怪訝な顔をしてから、すぐにごめんなさいと謝ってきた。


「僕、先生のこと見つけてすぐ、あの子達がいるのも見つけたんです。早くいなくなればいいのに、ずっと先生のこと見てるから、近寄るに近寄れなくて……」


そうだったのか……それじゃむしろ俺が人質に取られてたようなもんじゃねぇか。


「でも、お前、携帯はどうしたんだ?」

「んーとね、充電切れてたから家に置いてきちゃいました」

「お前なぁ……もし会えなかったらどうするつもりだったんだよ」

「先生、僕と会えない可能性があるとでも思ってたの?僕と先生の仲なのに?」

「う……それは……」

「それに携帯なんかなくたって公衆電話があるじゃないですか」

「ま、まぁな……」

「酷いなぁ。土方先生のくせに、僕のこと信用してなかったんですね」

「そんなことねぇよ!俺はお前が人質に取られてるんじゃないかって心配だっただけだ!」

「……はい?」


総司が再び怪訝な顔をする。


「あ、いや、その…あ、会えて良かったって言ったんだ」


俺は慌てて言い直した。

そうだ。会えて良かった。

今日は待ちに待ったデートなんだ。

さっきみたいに学校の奴等に見つかる可能性があるから、滅多に出来ない外デートなんだ。

何日も前から予定を立てて、総司が行きたい店(言うまでもなく食べ物屋)をリストアップしてきたんだし、邪魔されてたまるかってんだ!


「まぁ、ちょっと遅くなっちまったが、行くか」

「はいっ」


総司はニコニコ笑って隣に擦り寄ってきた。

手は繋げないが、時折肩が触れ合う程の距離で並んで歩き出す。


「先生、眼鏡似合ってますよ」

「そうか?」

「でも、似合いすぎだからもう外してください。逆ナンとか、ムカつくんで」

「…………」


総司が嫉妬している。

それだけで俺のテンションは大気圏を突き抜けた。


「じゃあ、今度は総司の前でだけかけるな」


そう言って笑ってみると、今度は総司の真っ赤な顔を拝むことができた。

今日は何ていい日なんだ!



その後入ったケーキ屋で、総司と連絡が取れない間に想定していた最悪の事態の数々を話してやったところ、総司は腹を抱えて爆笑した。

先生バカすぎとか何とか言って涙が出るほど笑っていたが、俺はお前が死んだら生きていけないんだと真顔で伝えてやったら、照れ臭そうに僕もと返してくれた。




待ち合わせして総司が来るまでの間、例えそれが五分であろうと、何かあったんじゃないかと心配で心配でバカになっちゃう土方さん。

多分、土方さんは時間に正確な人だから十分前には必ず待ち合わせ場所にいる。総司が遅刻しても怒ることはないけど、来るまでひたすら心配してたら可愛いです。

20131113




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