book短A | ナノ


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ある日突然言葉が通じなくなった。


「土方さんの句ってほんっと退屈」


いつものように副長室に寝そべって、団扇を片手に発句集を捲りながら言った、何気ない一言。

それが、土方さんに全く通じなかったのだ。

いつもなら「うるせぇ」か「あーあーそうかそうかそんなこたぁ分かってんだ馬ぁ鹿」か「仕事の邪魔だ」あたりの返事が返ってきて、此方も振り返らないまま、土方さんは仕事を続けるはずなのに。

今日は、幽霊でも見るような顔で、僕のことをまじまじと見つめてきた。

おまけに、


「お前、頭でも打ったか?」


なんて言ってきた。


「はい?頭打ったような俳句作ってるのは土方さんの方でしょ?」


と返したら、また奇妙な顔をして、片眉を吊り上げられた。


「お前、さっきから何言ってんだ?本当に大丈夫か?」


終いには、とうとう近くまでにじり寄ってきて、額に手を当てたり、目玉を覗き込まれたりする始末。

まさか自分の言葉がおかしいなんて思いもしない僕は、土方さんが僕のからかいに対して新手の切り返しでも始めたのかと考えた。


「もう!一体何なんですか?確かに俳句が下手っていうのはあなたにとって受け入れ難い現実かもしれないですけど、だからって僕の頭がおかしいことにしないでくださいよ!」


鬱陶しくあちこち触ってくる手を払い除けると、土方さんはようやく自分の非を認める気になったのか、難しい顔をして黙り込んだ。

が、次の瞬間には僕の手首をがっちり掴んで立ち上がり、そのまま部屋を出て猛然と歩き出したのだ。


「ちょっと!ほんとに何なんですか?!」

「お前、俺の言葉は分かるのか」

「はぁ?!分かるに決まってるじゃないですか!…俳句の意味は分かりませんけど」

「…………」


土方さんは深々とため息を吐いた。

あ、いつもの反応…と思ったけど、やっぱりどこか様子がおかしい。

どうも会話が噛み合っていない気がする。

疑問に思うと同時に身の危険を感じて逃げようと試みたのだが、掴まれた手首はびくともせず、僕は渋々ながらも土方さんに連行されて行くしかなかった。


「おや、土方君…それに沖田君も、何かありましたか?」


連れて来られたのは、まさかまさかの総長室だった。

山南さんも、意外な来訪者に驚いたのだろう、いつものように物腰は柔らかだが、目は激しい好奇に燃えている。

…ちょっと怖い。


「急に悪いんだが、山南さん、コイツに何か食わせたり飲ませたりしなかったか?」

「いえ、残念ながらここ数日間は会話すらしていませんよ。沖田君が、どうかしたのですか?」


土方さんは一瞬キッと口を結んでから、実に重々しくこうのたまった。


「いや……その、…何を言ってるのか全く分からなくなった」

「はぁ?」


怪訝な顔の山南さんと、眉間にこれでもかと皺を刻み込んだ土方さん。

僕はついつい笑い出さずにはいられなかった。


「あっははは!土方さんてばとうとう頭おかしくなっちゃったんですか?いくら俳句を貶されるのが嫌だからって、貶す言葉は分からなくなりましたってことにしちゃうなんて、何というか、大人気なさすぎですよ!あー、もう、おかしいんだから!」


そこでチラリと山南さんを見ると、今度は呆気に取られた顔で僕を見つめていた。

山南さんにも全く発言が受理されていないようなので、アレ?と思って口を噤むと、土方さんが「…ほらな、この通りだ」と山南さんに言った。

それで僕はようやく、どうやら自分の言葉がおかしくなったらしいことに気付いたのだ。


「沖田君、困ったことに、沖田君の発言は全く我々に伝わらなくなっているようです」


あまりの事態の深刻さに、僕たちは腰を落ち着けて話し合いを始めた。


「あなたの言葉は、まるで猫か何かがにゃーにゃーわーわー喚いているだけのように聞こえます」


それってかなり失礼じゃないの、と思ったが口に出すのは止めておいた。

だってどうせにゃーにゃーわーわー喚いているようにしか聞こえないんだろうから。


「頼む、何とか治してやってくれ」


土方さんは心配そうに僕を見ている。

きっと、とうとうコイツもイかれちまったのか、とか思ってるに違いない。


「そうは言っても、原因が分からないことには治る手がかりも掴めませんし…」

「総司、何か変なもん食ったとか、そういうのはねぇのか?」

「何で僕がなんでもかんでも食べちゃうみたいな言い方をするんですか!」

「…今のを真似すると、『○%にゃ*にゃ#¥にゃー□*にゃ』ってところだな」


真似しなくていいから!…と僕は内心で叫んだ。

僕の言葉はそんな風に聞こえてるのか!恥ずかしいったらありゃしない!

これはいよいよ一大事だ!


「沖田君は、我々の言っている内容が理解できるのですか?」


僕は大きく頷いた。


「じゃあ、こう言ってみてください――新選組一番組組長、沖田総司」

「新選組一番組組長、沖田総司」

「……………」

「……………」


土方さんと山南さんが顔を見合わせたので、僕は、自分の言葉が依然としてその通りに伝わっていないことを悟った。


「では、本当に発言能力のみがおかしくなってしまったんですね…何故でしょう?」


そうは言われても、突然だし心当たりはないしで、一番驚いているのはこの僕だ。


「…そうだ、総司、半紙に言いてえことを書いてみろ。話すのが無理でも、筆記ならできるかもしれねぇ」

「それは良い案ですね」


早速、僕の前に半紙と硯が用意された。

僕は二人の指示通り、『新選組一番組組長、沖田総司』と首尾よく書き上げた。

そして、二人の反応を恐る恐る伺う。


「なるほど」

「よく書けてるな」


どうやら、筆記に問題はないらしい。


「だがな、指示を一々筆談で済ませるわけにはいかねぇし、巡察も剣術師範も、この分だと任せられねぇよな」

「市中で斬り合いになったらおしまいですね」

「やっぱり早いとこ原因を突き止めねぇと…」

「問題は、沖田君の口が悪くなったのか、それとも耳が悪くなったのかというところでしょうね。我々の耳が異常という可能性は極めて少ないですし」


二人は好き勝手に議論を続ける。

僕としても、早く治って欲しいのは山々だ。

筆談なんていう面倒くさいことはできれば避けたいし、巡察にも出してもらえないなんて退屈すぎる。

でも、本当に原因に心当たりがないのだ。

どうして僕だけ、どうして急に。

自分の行動を思い出せる限り全部吟味してみたが、特別変なことはしていない。

猫を虐めたりもしていない。

トシゾーのことは、むしろ可愛がってあげているくらいだ。

まぁ、歳三の方を虐めてないかと言えば、それは否定はできないんだけど。


「まさか、土方さんの呪い?」


つい声に出して言うと、ああでもないこうでもないと言い合っていた土方さんと山南さんが、揃って此方を振り向いた。


「何だ?総司」

「何と言ったのですか?」


僕は黙って半紙に書いた。


『何でもないです』


二人は何か言いたそうにしていたが、暫くすると再び当面の処置についての議論へと戻っていった。

はぁ。僕は本当にどうしてしまったんだろう。



***



何も解決しないまま夜になった。

僕の身に起きた奇妙な現象は、近藤さんも含め幹部にすら隠蔽することにしたらしく、僕は副長室に軟禁される羽目に陥った。

別に総長室でもよかったのだが、普段から入り浸っている副長室にいた方が自然だろう、ということらしい。

食事ももちろん、皆と一緒には取らせてもらえない。

副長室に二人分のお膳が運ばれてきて、土方さんと膝を突き合わせて食事する。

しかも、どうせ通じないから会話は一切無しだ。

食べ物を咀嚼する音と食器の音くらいしか聞こえてこない食事なんて、息苦しいことこの上ない。

おまけに時折感じる土方さんの視線が鬱陶しくて、僕は酷く居心地の悪い思いをした。


「もういらないです」


通じないのは分かっていたけど、これ以上の沈黙に耐えられなくなった僕は、お膳を前へ押しやりながら呟いた。


「どうした、もういらないのか?」

「はい」

「きちんと食わねえと暑さにやられちまうぞ」

「一々うるさいなぁ」

「うるさがってねぇでもう少し食え。あと、これだけでいいから」


僕はキョトンとして土方さんを見た。

アレ?もしかして僕の言葉、通じてる?


「……お前が言いてぇことなんざ、何も言わなくたって俺にはお見通しなんだよ」


土方さんは視線を逸らしたままそう言った。

どうやら期待は外れたようだ。

僕はガッカリして、乗り出していた身を元に戻した。

土方さんの言い草といい、その内容といい、腹立たしいったらありゃしない。


「今だってどうせ、ムカつくとか思ってんだろ?」


むくれていると、それを土方さんが的確に指摘してきた。


「……思ってないです」

「思ってるよ。お前はすぐ態度に出るからな。特に俺の前では」


僕はブスッと頬を膨らませて、それから慌ててしぼませた。

これじゃあ土方さんの言う通りになってしまう。


「ほんと、お前は分かりやすいな」


そう言って愉快そうに笑う土方さんを睨み付けてみたものの、多分これも逆効果だろうということは分かっていた。


「土方さんのバーカ」

「俺がお前のことをからかった後にいつも来るのは……バカか俳句下手ってところか?」

「俳句下手なんて言ってないし…今は」

「どうせ昼間散々喚いてたのも、俺の俳句を貶してただけなんだろ?」

「そうですよ大当たりですよ。そうやって得意そうにしてればいいじゃないですか。ホントムカつく」

「はいはい」

「うすらハゲ。スケベ。女たらし」

「はいはい」

「可愛くない。偉そうだし自信家だし」

「何とでも言ってろよ」

「でもそんなあなたが好きですよ」

「……………」


どうせ通じないなら良い機会だと思って、普段絶対に言えないようなことをぶち込んでみた。

きっと罵詈雑言の一つだと思ってくれるはず。はず。だったんだけど。

土方さんは急に黙り込んだかと思うと、徐に僕の傍までやってきて、ぎゅっと抱き付いてきた。…嘘、抱き締めてきた。


「俺も」

「はぁ!?」


有り得ない!有り得ない!


「僕の言葉通じるようになったんですか!?」

「いや、通じてねぇ」

「絶対通じてますよね!?土方さん確信犯ですよね!?」

「総司、今のもう一度言ってくれねぇか?」


……どうやら、突然言語能力が元に戻ってしまったらしかった。

何てこった!顔から火が出そうだ!


「そんなの……そんなの嫌に決まってるじゃないですか!」

「頼む!もう一度だけでいいから!」

「イヤ!イヤったらイヤ!もう最悪!」

「いいじゃねぇか減るもんじゃねぇんだし」

「僕の神経がすり減る!」


僕は恥ずかしさのあまり、副長室を飛び出した。

そのまま総長室に直行すると、あらゆる作法をすっ飛ばして襖を一方的に開ける。

そして、驚き呆れて書き物机から僕の方を見上げる山南さんに、縋る思いで問い掛けた。


「僕の言葉が通じますか!?」

「………えぇ、通じますね」


僕は絶望のあまり、その場にへたれ込んだ。

何て恥ずかしいことを言ってくれたんだこの口は!!


「もしや土方君に、とてつもなく恥ずかしいことを口走ってしまったのですか?」


山南さんは察しが良すぎて本当に恐ろしい。

肯定したら、またその察しの良さで内容まで当てられそうで、僕は黙って俯いていた。


「まぁ何にしろ、今頃土方君は、鼻の下をだらしなく伸ばして喜んでいるのではないかという気がしますよ」

「………」

「良かったじゃないですか、言葉が通じなくなったおかげで素直になれたんですから。もしかしたら、素直な発言をすることで元に戻る仕組みだったのかもしれませんね」

「そんなぁ!」

「あまりにも旋毛曲がりな沖田君への、ちょっとした天罰でしょうよ」


ね?とにっこり微笑む山南さんを見て、僕は再度うなだれた。

結局最初から最後まで、僕が恥ずかしい思いをしただけじゃないか!


……でもまぁ、それから暫くの間土方さんがヤケに優しくしてくれたから、怪我の功名ということにしておくのも有りかもしれない。




遠感現象=テレパシーのことです。
言葉にしなくても分かり合ってる土沖が理想です!

20130814




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