book短A | ナノ


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「総司、ちょっといいか?」


未の刻。土方は、出がけに買ってきた金平糖を片手に、非番である総司の部屋を訪ねた。

総司は、甘味を買ってくると例外なく飛びつく。

特に金平糖は、総司の大好物だ。

ここのところ仕事が続いていた所為でちっとも顔を合わせていなかったこともあり、たまには喜ばせてやろうと思った。


「はいどうぞー」


何だか身が入っていない生返事が帰ってきて、訝しみながら襖を開ける。

土方が部屋の中を見やると、総司は珍しくも壁際に置かれた机に向かって、何やら書き物をしていた。

総司の部屋の机は無用の長物だと思っていたのだが、そうでもないらしい。


「何してんだ?」


まさか句集の複写じゃねぇだろうな、と土方は一瞬思うが、よくよく考えれば、先程ここに来る前に、一句書き付けてきたばかりだった。


「土方さんの真似です」


言いながら、宙を見つめて考え事をしたかと思うと、また何かを書きとめている。

その間、土方のことは一切見ようとしない。

いようがいまいが、どうでもいいとでも言いたげな様子である。

総司が真面目に書き物など、気味が悪い。

また拗ねて何か良からぬことを企んでいるのではないかと、思わず土方は総司の悪戯を疑ってしまう。


「真似、だと?真っ昼間っから部屋に籠もって、一体何してやがる」


仕事三昧な真似でもして当てつけてるのか?と土方は考える。

以前三行半を送りつけてきたこともあったし、またそういう類のものかと思った。

後ろ手で襖を閉めると、土方は一目散に総司の後ろへ駆け寄って、その手元を覗き込んだ。


「何だ…これは」


総司が真面目くさって書いているものに、思わず目が釘付けになる。


「だから、土方さんの真似ですってば」

「はじめくん一と書いてはじめくん……って、何だこれは」


そこで総司は初めて顔を上げた。

見れば、顔に小さく墨が飛んでいる。


「何だ、とはとんだご挨拶ですね。読んでもまだ分からないんですか?」


土方は間髪入れずにああ、と答える。

しかし、他に書かれているものも見ているうちに、何となく、総司のしていることが解ってきた。


「……まさか、とは思うがな」

「俳句ですよ、俳句。たまには風流に歌でも詠んでみたら、鬼の副長さんの気持ちも少しは分かるのかな、と思って」

「なっ……てめぇ」


しかし、本気で怒る気にもなれないほど、総司の句は稚拙で滑稽で、そしてこの上なく下手くそだった。

土方は、普段生意気な総司をやり込める絶好の機会だと思って、俄かに口元を綻ばせる。


「どれどれ…玄人の俺が見定めてやろうか」

「玄人?…誰のことですか?」


憎まれ口をきいて、総司はそんなの余計なお世話です、と半紙を隠そうとするが、土方の手がそれを許さない。

もっとも、本気で見られたくないなら、最初から土方を部屋に入れなかっただろうから、これは単なる照れ隠しなのだろう。


「ほぉ……土方さん どかたと呼ばれ 角生やす……って、何だよこれ」

「それは、ほら、この前あったじゃないですか。みんなで行った料亭のご主人に名前の読みを間違えられて、土方さんが怒った件。試衛館にいた頃も同じようなことがあって、その時は土方さん、相手に斬りかかってましたよね?」


総司は言いながらけらけらと笑っている。

そういえば、そういうことがあった。

土方は名前や物の呼び方にこだわる。

名前は、お上から名乗ることを許された、武士として、そして一人の人間としての誇りのようなものだと考えていた。

だから総司が元服して幼名を改める際にも、そうじろうからそうじにする、字は総司にする、と言うので、ひどく反論した記憶がある。


「総司じゃおめぇ、そうし、になっちまうだろうが。総次とか、宗次とかにしとけ」

と、そんな内容のことを言った気がする。

それに対して総司は、


「男たるもの、総てを司らなくてどうするんですか。総ての次、なんて絶対に嫌ですよ」


とひどくもっともなことを言ってきたものだから、土方もとうとう折れたのだ。


「だからって、角生やす、はないだろう」

「仕方ないでしょ、僕がそう感じたんですから。それより、早く次の評価をしてくださいよ」


土方は多少の苛立ちを抑えて、ここにきた本来の目的も忘れ、総司の発句に目を通していく。


「歳三は 顔だけ綺麗な 鬼副長
僕のこと 構ってくれない 土方さん
ひじかたと しぞうひじかた としぞうひ
……って何だよこれ」


特に最後の、と言って、土方はこみ上げてきた笑いについに屈服する。

ひーひー言いながら身体を捩らせ、目には涙さえ浮かべている土方を、総司はむすっとした目で見ている。


「そうやって笑ってますけどね?そんなに笑えるほど土方さんの句だって上手くはないんですからね!」


今はどんな嫌味を言われようが気にならないほど、可笑しさだけが頭を支配している。

土方が動じずに笑い続けていると、負け惜しみなのか、総司が何やらぶつくさ弁解し始めた。


「こんな句、」


そう言って最後の句を指す。


「本当に真面目に書いたとでも思っているんですか?僕、寺子屋に行ったことこそありませんけどね、もっとましな俳句くらい、書こうと思えば書けるんですからね!」

「そりゃそうだが…おめ、何で俺のことばかり詠ってんだよ」


総司が一瞬固まる。


「そんなことないじゃないですか。ほら。近藤さんも、はじめくんも、左之さんも登場してますよ」


そして、脇へよけてあった別の半紙を、ぺらりと捲り上げる。


「近藤さん 僕が一番 好きな人…………」


頭に血が上るのがわかった。


「あ………」


咄嗟に総司が悔恨の表情を浮かべたが、もう遅い。

気がついたら、土方は総司のことを押し倒していた。




―|toptsugi#




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