※函館戦争歴史捏造
広い食堂で夕食を取り終えた後、並んでテーブルについていた土方と沖田は、それぞれコーヒーとカフェオレを飲んで食休みしていた。
なかなか洋食には慣れない。
だが、これも時代の流れなのだそうだ。
何でもかんでも洋風になりつつある五稜郭には、土方も沖田も閉口していた。
ご飯と味噌汁、それに香の物と焼き魚なんかが並んだ夕食、そして食後に皆で飲んだ茶が懐かしく思い出される。
むっつりと黙り込んだ沖田を、これまた上機嫌とは言えない土方は、黙って眺める。
よく、ここまでついて来てくれたと思う。
労咳になり、近藤が死に、心も身体もボロボロになったはずなのに、沖田だけは、最後まで土方から離れようとはしなかった。
原田と永倉と袂を分かち、近藤を失い、藤堂と山南、それに、斎藤までも、ここまで一緒にくることは適わなかったというのに。
土方は、純粋に嬉しく思っていた。
沖田には、穏やかで幸せな人生を送って欲しかったとか、そんな思いはもう失せている。
ただ、一緒に居られることが嬉しいのだ。
あんなに生意気で、トゲしかなかった沖田が、いつの間にか恋人になり、なくてはならない存在となって。
自分で望んだこととは言え、血塗れたものとなった自分の人生の中で、こんな幸せに巡り会えるとは、思ってもいなかった。
今となっては、こいつがいない人生など考えられない。
土方はこっそり微笑んだ。
食堂には既に人影は疎らで、残っているのは、土方と沖田と、それから大鳥と、他に数人しかいない。
いい機会かもしれないと、土方は、慣れない生活に膨れっ面ばかりの沖田に声をかけた。
「総司」
呼ばれるままに、総司が土方の方を向く。
「何ですか?」
「総司、……Je suis tres heureur que tu sois avec moi」
「……へ?」
「Je ne te quitterai jamais.Je te promets」
「え、あ、あの……は、…はい?」
沖田は呆気に取られて土方を眺めた。
何を言っているのか、全くわからない。
「な、何言ってるんですか?くしゅくしゅ言ってるようにしか聞こえないんですけど…」
突然会話が成立しなくなったことに、沖田は酷く狼狽える。
「そ、それが、最近習ってる、異国の…?異国の言葉?なんですか?」
土方は最近、大鳥や他の官僚から、前々から佐幕側の援助してくれていた仏蘭西との外交の為に、異国語を習っている。
大事な話をする時には通訳がいるから、土方がわざわざ話す必要もないのだが、社交場などで、友好関係を深める為に必要なのだそうだ。
土方は根っからの勤勉だから、目覚ましい上達ぶりを見せているというのは、大鳥から聞いて沖田も知っていた。
が、一緒に習っているわけではないから、何を言っているのかはさっぱり分からない。
怒っているのか、何か質問しているのか。それすら分からない。
ただ、土方の表情を見ている限りでは、真剣だけれど、とても穏やかな顔をしているので、怒っている訳ではないだろう。
「Je ne sais pas jusqu'a quand nous pouvons vivre,mais………」
「もうっ、土方さん!!いい加減にしてくださいよ!僕が分からないと思って、好き勝手なことを言って!からかってるんでしょ!!怒りますよ!!?」
「わ、悪い………」
土方の目が揺れる。
よほど真剣な話をしていたのだろうか。
話の腰を折られたことが、かなり悲しかったと見える。
「え、あ、あの……何か、大事なこと言ってたんですか?新たな任務とかなら、直接、…というか、日本語で言って欲しいんですけど………」
土方の落ち込みぶりに、沖田まで不安になってきて、伺うように顔を覗き込む。
「いや……そうだよな。すまなかった」
「で?何なんですか?重要なことですか?」
「あぁ、すげぇ重要なことだ………が、まぁ…別に知らなくていい」
「はぁ?…気になるじゃないですか。何ですか?日本語にしてくださいよ」
「嫌だ」
「な!!嫌って!嫌って何なんですか?!ふざけないでくださいよ!」
「ただ異国語の練習してただけだ」
「なら、なおさら隠すことないじゃないですか。ほら、早く言ってください」
「何だったかな。もう忘れたよ」
そう言って、土方はにっこり笑う。
沖田には、それが嫌みにしか見えない。
「何それ………」
「ほら、もう部屋に帰ろう」
「信じらんない……土方さんのくせに、僕のことからかって…どうせ僕には分からないと思って、馬鹿にしてるんでしょ!」
「そんなことはねぇよ。だからもう、忘れてくれ。気にするな」
だが、と土方は付け足した。
「これだけは言わせてくれ」
「…何ですか?まだあるんですか」
沖田はすっかり冷め切った気持ちになって、膨れっ面で先に椅子から立ち上がった。
「総司、こっちを向け」
「もう、何なんですか?どうせ、意味も教えてくれないくせに」
「いいから」
沖田は渋々振り向いて、立ち上がった土方に向き直った。
むくれた沖田を見て、土方は苦笑する。
それから頭を撫で、頬を撫でて、怪訝な顔になった沖田に向かってこう言った。
「Je t'aime,Souji……eternellement」
「……………」
囁くようなそれは、とても温かく、心地よい響きで、沖田の耳に入ってきた。
もちろん、沖田に意味は分からない。
ただ、何となく、素敵な意味の言葉なんだろうというのは分かった。
優しく笑う土方に、思わず胸がキュンとする。
沖田は訳も分からず、こくんと頷いた。
連れ立って出て行く土方と沖田を、大鳥は面白そうに眺めていた。
土方のあんな大胆な言動が見られるとは、なんて思っている。
(これは………沖田くんに、意味を教えてあげるべきなのかな?それとも、そんな野暮な真似はしない方が…?いや、でも、部屋で二人きりの時に言えば良いものを、わざわざ僕の前で言ったんだから……土方くんは、僕に教えてほしかったのかな?自分じゃ恥ずかしくて言えないから)
大鳥は悶々としつつも、良いものを見たと、始終笑いを隠せないままで、部屋に引き上げたのだった。
*
翌日。
朝食の後、大鳥は沖田を呼びつけた。
それを見て、土方が無言で立ち上がり、食堂から出て行ってしまう。
これは言ってもいいということなんだなと自信を持ち、大鳥は、不思議そうな顔で歩み寄ってきた沖田にこう言った。
「これ。この字引にね、記しをつけておいたから」
「えっ」
大鳥が字引を差し出すと、沖田はぱちぱちと目を瞬かせて、大鳥を見つめる。
「昨日の、土方くんの気障な台詞のことだよ」
「えぇっ、気障?…ていうか、大鳥さん聞いてたんですか………?」
「まぁ、目の前で、あんな大胆にやられちゃあね。土方くんも本当に隅に置けないよね。僕はまるであてられに来たようだったよ」
「え、何?!そういう内容なんですか!?」
途端に顔を真っ赤にして、怒鳴るように詰め寄る沖田に、大鳥はくすりと笑みを漏らす。
なんて可愛い子なんだろう。
「まぁ、自分で調べて、意味を考えてみたらどう?」
そのままひらひらと手を振ると、呆然と立ち尽くしている沖田を置いて、大鳥は部屋を後にした。
その数刻後、土方の元には、顔を真っ赤にしながら「僕も!」と怒鳴る沖田の姿があったという。
2012.08.04
捧げ物にしようとして、全然リクと合ってなくてボツになった話です。
幕府…後の賊軍側は、フランスが援護してたと思いまして。土方さんにフランス語を喋らせてみました。
薩長側がイギリスですよね?
あってますよね?←
以前、幕末記念館でフランス語で書かれた手紙を見たことがあって、すごく感動したことがあります。
どうやって学んだんですかね?今みたいに完璧な辞書もなければ、フランス側の日本語の知識もほとんどないはずなのに。
すごいですよね、人間のコミュニケーション能力。
幕末でも外国語が達者になれるんですよ。現代ならもっと達者になれるはず……なのですが……
…なんて余計なことを言ってないで、ちゃんと和訳をしますよ!土方さん風に!
上から順に、
『お前が一緒に居てくれて、すごく嬉しいよ』
『俺は、絶対お前を離さねぇからな。約束する』
『何時まで生きられるのかなんざ分からねえ。だが、…』
『愛してるよ、総司。永遠に』
けしからん!
殺し文句の羅列すぎる。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
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