book短A | ナノ


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最近、僕の縄張りを荒らしにくる奴がいる。



「うわっ、吃驚した」


そんな声と共に現れたのは、煙草をふかしに来たのであろう、顔は見たことあったけど、名前も知らない教師。

その、ドラム缶からこっちは僕のテリトリーなの。

ここは真っ昼間でも日陰になるから、僕のお気に入りの場所なの。

なのに、派手な扉の音を立てて、屋上へやってきた先生は、よりにもよって、ドラム缶の陰に隠れた僕を見つけ、ズカズカと領域を侵略してきた。


「お前、見ねぇ顔だな。一年坊主か?」

「……………」

「何でこんなとこにいるんだよ。吃驚するじゃねぇか」

「でも、今お昼休みですよ?サボってませんよ?」

「だから、とっとと飯を食いに行けよ」

「ほっといてください」


僕はまた元のようにごろんと寝っ転がって、先生を無視するように目を閉じた。


「この暑いのに、食わねえと倒れちまうぞ」

「……………」

「……仕方のねぇ奴」


いいんだ。僕は今食べたくない気分なんだ。


先生はそれきり僕には目もくれず、煙草をふかすためフェンスに寄りかかった。

僕はその後ろ姿をこっそり眺める。

黒いつやつやの髪だとか、滑らかだけど立派な体躯だとか。

先生は、見られているという自覚があるだろうに、気にしてカッコつける訳でもなく、無頓着に、爽やかな顔をして一服していた。


「授業に間に合うように教室に戻るんだぞ」


そして最後にそれだけ言って、校舎に戻って行った。


「変なの……」


その日僕は友達から、さっきの先生が、二年生を受け持っている、学校一怖いと評判の古典教師であることを教えてもらった。





土方先生……というらしい。

先生は、それから毎日お昼休みになると屋上にやってきた。

2回目に「また来てやがったのか」と言い、3回目からはそれが僕の癖だと気づいたのか、もう何も言わなくなった。

それまでは鉢合わせたこともなかったのに、いきなり驚いたことだ。

当たり前のように僕のテリトリーを侵しては、僕が居ることを確認して、やれやれと苦笑する。

彼は、本当は僕が授業もサボってここにいたりすることを知らないから、別に怒ることもなく、一服すると帰って行く。

僕がサボってるって知ったら、鬼教師はどんな反応をするのかなぁ。

もう屋上に来られなくなるのは嫌だから、到底言う気にはなれないけど、土方先生の反応に興味もある。

秘密があるというのは、鬼教師を手の中で転がしているようで、何だか少し優越感を感じた。



ある日、いつものように屋上で寝ていると、お昼のチャイムが鳴って、いつもならすぐに土方先生が現れるのに、いつもの時間になっても来なかった。

来ようが来まいが知ったこっちゃないと思うのに、どうしても気にせずにはいられなくて、起き上がってみたり、頭をかいてみたりと、落ち着けない。

いつの間にか、先生がお昼休みに来ることが、僕の中で当たり前になっていたんだから、仕方ない。

会議とか、外せない用事があるのかも、と思って焦れていると、先生は少し遅めにやってきて、僕を一瞥した。

いつもと違って起き上がっていた僕を見て、奇妙な顔をする。

何だ、やっぱり来たよ。

日常が崩されなかったことに対する安心というか、ホッとしたような妙な気持ちになって、僕はふいっと顔を逸らした。

土方先生が来て、僕がそっぽを向く。ここまではもう毎回恒例となっていたから別に驚きもしなかったけど、突然何かをバラバラと投げて寄越されて、さすがの僕も慌てふためいた。

反射的に掴み取ったそれらは、どうやら購買部のパンのようだった。

焼きそばパンに、コロッケパン。甘いものが好きだと見越したのか、クリームパンとアンパンもある。


「何ですか?これ」

「パン、だな……」

「そういうことじゃなくて」


ズルい答え方をする先生を、僕はムッと睨み上げる。

こんなことをしてもらう義理は、ない。

今までは、僕が寝ていようと、無頓着で居てくれたから、僕だって騒ぎもせずに、テリトリー侵略を許してあげていたんだ。

こんなことをされたら、さすがにイラッとする。


「昼飯くらい、ちゃんと食え」

「余計なお世話なんですけど」

「それ、好きなのだけでいいから、」


土方先生は、僕の周りに転がったパンを顎でしゃくった。

僕、こんなに大食いじゃないし。


「食うまでここで見てるからな」


そう言って、先生は僕の前にどっかりと腰を降ろした。

どうやら、本気らしい。簡単には解放してくれなさそうだ。

居座られちゃたまらないから、僕は不貞腐れつつ、渋々クリームパンを選んで、手に取った。


「そうか、クリームパンが好きなのか」

「……………」


お節介なほど僕に構ってくる先生から、ぷいっと顔を背ける。

何で放っておいてくれないのかな。

こそばゆいような、ウザったいような、嬉しいような、ムカつくような。

まぁ、お腹が減っているのも事実で、それにまたむしゃくしゃしながら、パンを一口かじった。

先生は、どんな気持ちでパンを買ったのか。何で買おうと思ったのか。

先生が購買部に並んでいるのなんて、今まで見たこともない。

土方先生も、あの長蛇の列に並んだのだろうか。

あぁ、それで今日は来るのが遅かったのか。


「何で、こんなこと」

「そりゃあ、ほっとけねぇしよ」

「職業病ですか」

「そう思うんなら、そう思っとけ」

「先生、今日煙草は?」

「あぁ、…吸う」


土方先生は、思い出したようにポケットを弄った。

僕の方に煙が来ないよう、場所を移動してから火をつける。


「本当はな、生徒の前では吸っちゃいけねぇことになってんだ」


今更そんなことを言う先生に、思わず笑ってしまう。


「なに、今更」

「はは……確かに、今更だな」


そう言って、土方先生は、散らばっていたパンを一つ手に取った。


「これ、一つ貰うぞ。俺も腹減ってんだ」

「………もともと土方先生のですけど」

「あぁ、そうだったな………って、お前なんで俺の名前を知ってんだよ。受け持ってもいねぇのに」


土方先生が僕を見る。


「先生、鬼って評判みたいですよ。友達から聞いたんですけど」

「…………ふぅん」


土方先生の素っ気ない反応に、吃驚した。

鬼、なんて面と向かって言われたら、さすがに鬼と言われるだけの怒りっぷりを見せてくれるかと思ったのに。

僕はまだ、土方先生の鬼らしさを見ていない。

怖いと聞いていなかったら、多分ただのお節介で過保護な先生だと思っていたはずだ。


「ていうか、お前、ちゃんと友達いるんだな」

「なっ…………」

「ここにいるとこしか見たことねぇから、一匹狼なのかと思ってた」

「………………」

「まぁ、狼っつうよりは、猫科な感じがするけどな」


勝手なことをのたまう先生に、何も言い返すことができない。

先生の発言を、全否定することもできない。


「…だから、余計なお世話ですって。ていうか、僕ちゃんと食べたんで、もうあっち行ってくださいよ」

「俺がまだ食ってんだろ」


どうやらまだ居座り続けるらしい土方先生に、僕はますます機嫌を損ねる。


「……………」


煙草を片手にもぐもぐと口を動かしている先生を、僕はちらりと盗み見た。

あれから、僕にしては積極的に、土方先生について聞き回ってみた。

情報は、男子よりも、女子の方がたくさん持っていた。

イケメンとか、生活感がないとか、そんな誰だって見れば分かることから始まって、独身だとか、好きな食べ物は沢庵とか、ちょっとマニアックなことまで。

だから僕は、先生についてちょっと詳しい。

少なくとも、土方先生の僕に対する知識よりは、多くを知っていると思う。

ちょっとした優越感。


「……………」


こうして見ていると、本当にカッコいい。

女子が放っておかないのも分かる。

その分、怒ったら怖そうだなぁと思う。

そうしたら、少し怒らせてみたくなった。

気を引きたいというか、刺激してみたいというか、自分でもよく分かんないけど。

僕に対して、感情を動かしてみてもらいたいと思った。


「ねぇ先生」

「何だ?」

「先生は、僕のこと全然知らないでしょ」

「どうだかな」

「僕、先生にいっぱい秘密があるんですよ」

「言ってみろよ」

「言ったら秘密じゃなくなる」

「自分から話題振っといて、言わねえ気か」


先生は、ニヤニヤしながら僕を見ている。

それがすごくムカついて、僕は挑発するように言った。


「………僕、本当はね、授業にまともに出たことないんですよ。いつもここでサボって」

「……………」


お、とうとう怒った?

黙り込んだ先生に、心臓がドキドキする。

けれど、期待しながら顔を覗き込むと、案外平気な顔をしていたもんだから、僕は拍子抜けして唇を尖らせた。

何だか敗北したような気分だ。


「………なんで怒らないの?」


沈黙に耐えられなくなって、思わず白旗を上げると、土方先生は仕方なさそうな顔で、小さく笑った。


「なに?」

「知ってる」

「へ?」

「んなこたぁ、とっくに知ってるよ」

「うそ……」

「初めてここで会った日に、お前について調べてみようと思ってな」

「……………」

「うちは生徒数が多いから苦労するかと思ったが、風紀委員のブラックリストを見た時に、遅刻魔の奴がいてな。何となくお前な気がして聞いてみたら、斎藤って奴が、教えてくれた」


負けた。完全に負けた。


「何それ……」


そんなの卑怯だ。

土方先生も、僕のこと調べてたなんて。


「知ってたなら、何で怒らなかったんですか?厳格な土方先生なら、サボリなんて絶対許さないでしょ?」

「怒ってほしかったのか?」

「む…それは……」

「義務教育じゃねぇんだ。やる気のねぇ生徒を叱ったって、しょうがねぇだろう」

「う………」


何だか、突き放されたような気持ちになった。

お前には最初から期待なんかしていない、怒る価値もないと、そう言われたような気がして。


「……………」


何も言えずに黙っていると、不意に頭を撫でられた。

頭なんか、もう何年も撫でられてない。

吃驚して、肩を竦める。


「お前の担任は、何をしてるんだろうな。お前の為に、何にもしようとしねぇのかな」

「え………」

「叱って欲しいなら、いくらでも叱ってやるよ。それこそ、あの出席状況を見た時は、ぶん殴りたくもなったさ。ただ、頭ごなしに怒鳴ったんじゃ、お前には逆効果だと思ってな」

「……………」

「まぁ、何だ。俺から、お前の担任に言ってやってもいいし、」

「やだ、言わないで」


思わずそう口走っていた。


「何でだよ。担任なら、面接もしてくれるだろうし、何かと頼りになるぞ?」

「やだ、先生がいい」

「お前……」

「面接なんかいらない。先生とお昼に会えたら、僕、ちゃんと授業出るから」


土方先生が受け持つ二年生の生徒たちに、訳の分からない嫉妬をした。

この先生を、せめてお昼休みだけでもいいから、独占したいと思った。


「……言ったな。約束は守れよ?」


満足そうに笑う土方先生に、何だか向こうの意のまま転がされたような気もしたが、不思議と嫌な感じはしなかった。


「ちゃんと単位取って、二年生に上がります」

「よし」

「そしたら、先生に持ってもらいたいな」

「ならしっかり勉強しろよ」


思わぬ目標ができた。

学校生活も、案外悪くないかもしれない。


「それからお前、上履きくらい記名しろ」


土方先生は、かかとを踏まれた僕の上履きを見て言った。


「えー、だってめんどくさい」

「ったく……ほら、貸してみろ」

「えっ」


土方先生は僕から上履きを取り上げると、胸ポケットからボールペンを抜き取って、綺麗な字で名前を書いてくれた。

沖田総司。

ボールペンで書かれたそれは、擦れば消えてしまいそうなほど細かったけど、僕はこの上履きをできるだけ長く履こうと決心した。




―|toptsugi#




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