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科学技術が進歩して、人工知能搭載型ロボットというものが普及し始めた。

人型のものから、動物型のものまで、多種多様に出回っている。

用途も様々だ。

単に便利だからという理由で家事をさせたり、自分の好みの容姿に仕立ててもらって、愛玩対象にしたり。

何も食べないし、排泄もしないが、非常に高性能なので、声や表情まで精密に調整することができる。

たまに修理に出してやれば、それこそ一生傍に置いておくことも可能だ。

今や、ロボットが当たり前に生活の一部を占める時代になったのだ。


とは言え、俺はロボットには一切興味がなかった。

心から愛している奴がいたからだ。

俺は、そいつさえ居れば満足だった。

だが、数ヶ月前にそいつが死んだ。

交通事故に巻き込まれた、突然死だった。

血まみれだったのを綺麗にしてもらって、葬式も納骨も新盆もとっくに済ませたのに、俺は未だに立ち直れないままだった。

それほど、俺にとってはなくてはならない存在だったのだ。

おかげで仕事もろくに出来ず、食事さえ喉を通らなくなった俺を見かねて、ある日友人がとある物を贈ってきた。

それが、巷を賑わせている、人型の人工知能搭載型ロボットだった。

送られてきたどでかい箱を開けてみて、俺は吃驚した。

荼毘に付したはずの恋人が、蘇ったかと思ったほどだ。

それほど、ロボットは死んだアイツにそっくりの姿形をしていたのだ。


「総司…………」


その日から、俺はロボットとの生活を始めてみることにした。






充電が満タンになると動き出すらしいロボットは、発熱性の毛布のようなものにくるまれて、数時間充電されていた。

どこでどう充電されているのかは分からないが、見ている限りでは、人間が毛布にくるまって眠っているようにしか見えない。

俺は複雑な心境になったが、心の奥底で、密かに早く目覚めることを祈っていたのは確かだった。

やがて目を覚ましたロボットは、アイツにそっくりな透き通るような翡翠の瞳をぱちくりさせて、俺を見た。

あまりにも総司そっくりのその仕草に、俺は暫く動くことも出来なかった。

総司が、生き返った。

そんな錯覚を起こしてもおかしくないほど、そっくりだった。

ロボットは唖然としている俺に向かって、これまた総司そっくりの声色で、開口一番にこう言った。


「はじめまして、ご主人様、僕をお買い上げくださって、ありがとうございます」


俺はロボットの言葉に、一瞬にして夢から醒めたような心地になった。

どうやらロボットというのは、自分で色々教え込まないと、初期設定の簡単な知識しか使いこなせないらしい。

とにかく従順で、ご主人様には盲目的に尽くすのだ。


「…ご主人様じゃない、土方さん、だ」

「はい、土方さん」


俺は、震える声でやっと言った。


「土方さん、僕に名前をつけてください」

「名前?」

「はい、僕、名前が欲しいです」

「……………」


俺の中で、コイツの名前は既に総司と決まっていた。

他に選択肢などなかった。

当たり前のように総司と呼ぶと、ロボットは嬉しそうに、懐かしい笑顔でにっこり笑った。

それを見たら、死んだ総司が戻ってきたようで、俺は初めて少し嬉しくなった。





恐らく、俺はロボットを愛玩対象として扱う部類に入ることになるのだろう。

未だに完全には馴染めてはいなかったし、身体を重ねようとは思ったこともなかったが、俺はロボットの総司を連れて、生前二人で行った水族館や遊園地に、当たり前のように遊びに行った。

夜は充電している総司を抱き締めて眠ったし、人間と何一つ変わらない唇に、たまにはキスもした。

そうすると、総司は嬉しそうに笑った。

ロボットの総司が惜しげもなく見せる屈託のない笑顔は、生前総司がたまに見せてくれたそれとあまりにも酷似していて、心が安らいだのは確かに事実だ。

が、後に残るのはどうしても虚しさばかりだった。

ロボットの総司は、死んだ総司には考えられないほど、素直で従順だったのだ。

そのギャップを感じる度に、俺はどこか薄ら寒い心地になった。

本物の総司は、こんなに笑顔を安売りしたりはしない。

はい、と素直に頷いたりしない。

もっと俺を手こずらせて、我が儘を沢山言う奴だ。

ロボットの総司は、総司の顔をした、全くの別人だった。





ロボットなのに、感情はある。

感情はあるが、あくまでロボット、人間ではない。

それを上手く利用して、一部の人間はロボットに酷い仕打ちをしているらしい。

暴力を振るったり、強姦したり、エトセトラ。

人形のように無反応ではない、むしろ人間と等しい反応を示すが、法律上は何の問題もない。

事実上は機械に当たり散らしているだけなのだから、良心が咎めることも少ないのだろう。

そういう非道なことをする奴もいると聞いて、俺は何故か罪悪感に襲われた。

俺だって、総司を本当に大事にしてやれていると、胸を張っては言えないと思っていたからだ。



ある時、俺はふと総司に向かって言った。


「総司、キスしてくれ」

「はい、土方さん」

「…………」


違う……違う……総司は…アイツは、素直にキスなんかしない。

誰がキスなんかって言って、クッションの一つでも投げつけてくるような奴だ。

それか、仕方ないなぁと言って、この上なく拙いバードキスを送ってくるような、そういう奴なのに……

俺はこの時初めて、とうとう自分の抱える虚しさに耐えられなくなった。

そして、近づいてきた総司の顔を、思い切り張り飛ばした。


「痛っ……!」


さすが、人工知能搭載型ロボットだ。

一丁前に、感情を持っていやがる。

驚いたように頬を押さえ、こちらを見てくる総司に、俺は何一つ言ってやることができなかった。

すると、総司は慌てて擦りよってくる。


「土方さん、ごめんなさい。僕、悪いことしました」

「別にお前は悪くねぇ」

「ごめんなさい。許してください」

「悪くねぇって言ってるだろうが!!」

「…っごめんなさい。ごめんなさい。嫌いにならないで」


俺は頭を抱え込んだ。

ロボットはご主人様の機嫌を損ねないように、必死で立ち回ることしかできないのだ。


「土方さん、すごく怒ってる。僕、悪い子」

「………うるせぇな。あっち行ってろ」


俺には、擦りよって許しを請う総司を、拒絶することしかできなかった。


「僕、許してもらえない。僕、すごく悲しい」


やがて総司は目から水を零して、拭きもせずに去っていった。

ロボットなのに泣けるのかと、俺は他人事のように驚いた。


以前、…もうずっと前、まだ総司が来たばかりの頃だが、俺は一度だけ、総司にご主人に向かって反抗的な態度を取るようなプログラミングはないのかと聞いたことがある。

すると総司は首を傾げてから、

「僕は、ご主人様には逆らえません」

と言った。

逆らわないのではなく、逆らえないのだと。

それから俺は、天の邪鬼な総司は諦めて、素直な総司で満足しようと努力してきたつもりだった。

だが、やっぱりあれは総司じゃない。

俺の求める総司はもうどこにもいないのだと、余計に現実を突きつけられているようで、ただ虚しさばかりが胸を埋め尽くす。

その一方で、泣かせるまで傷つけたことを思うと、本物の総司を傷つけた時のように、心がいつまでもじくじくと痛むのだ。

アイツは…あのロボットは、俺をどこまで苦しめるんだ。


もうどうしていいか分からなくなって、悲しいと言った総司を数日間そのまま放置していたら、やがて総司はぴくりとも動かなくなった。

この種のロボットは、愛を与えられないと、自動的に活動が止まるようになっている。

眠ったように目を閉じて、ソファの隅で膝を抱えて固まっていた総司を、俺は会社から帰って真っ先に見つけた。

その姿は、よく寂しがっては、拗ねて落ち込んでいた、生前の総司そのものだった。

だがロボットは、悪かったと謝っても、機嫌を直してにっこり笑うことはない。

研究所に連れて行けば、修理されて戻ってくるのだが、俺にそんな気は毛頭無かった。

代わりに湧いてきたのは、とうとう動かなくなったかという、どこか冷めた感情。

それから、少しの罪悪感と、そして、後悔。


「…………」


いくら本物の総司とはかけ離れた性格だったとは言え、見た目は瓜二つのソイツを、俺は暫くじっと眺めていた。

それから、いつもしていたように、本物の総司とそっくりな柔らかい髪の毛を、優しく梳いてやった。

でも、総司は動かなかった。

気持ちいいです、と素直すぎる反応を返すことももうなかった。


「ごめんな、総司……俺にとっての総司は一人しかいねぇんだ」





結局俺は、総司をロボット研究所に返すことにした。

送られてきた時と同じように箱に詰め、蓋を閉める前に、おでこに一つ、キスを送った。

総司は次の引き取り手が現れるまで、研究所でシステム調整され、そして、今までの記憶を全て消されるそうだ。

次のご主人様の元では幸せになってほしいと、俺は心の底から願った。



2012.07.29


一度書いてみたかったロボットパロ。
土方さんを幸せにしてあげられなかった…。




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