最近、総司の奴が妙に余所余所しい。
いや、態度は至ってごく普通なのだが、いつものように構って構ってと俺に縋ってこない。
学校が終わればそそくさと家に帰ってしまうし、土日も俺の家に遊びに来なくなった。
デートに誘っても、何かと理由をつけては十中八九断られるし、一体何が原因なのか考えても、理由は皆目見当がつかない。
そんなことが、もう一か月以上続いていた。
俺が仕事で総司を構ってやれていないのはいつものことだし、それで怒ったり拗ねたりしているのならまだ分かる。
だが、総司を見ていると、そういうわけでもなさそうだ。
ただひたすらに、そっけないのだ。
「おい、総司」
学校で職権を駆使して(決して乱用ではない)総司を呼び出してみたところ、用があるからと言って、総司は今日もそそくさと帰ろうとしていた。
そうはいかせないと、俺は総司の制服を咄嗟に掴む。
「……何ですか、まだあるんですか」
「あぁ……お前最近おかしくねぇか?」
「おかしい?僕が?」
「お前、俺に何か隠してるだろ」
隠してると言った瞬間、総司の目が微かに揺れたのを俺は見逃さない。
「おい………」
総司を掴んでいる手にぎゅっと力を籠めると、総司は痛そうに顔を歪めた。
「ぃった……!」
「…言えよ」
「…離してくれたら言わないこともないです」
やっぱり何か隠していたのかと、俺は脱力して総司の腕を離した。
すると―――。
「…っあ!おい!待てよ!!」
総司が脱兎のごとく逃げ出した。
「てっめぇ待ちやがれ!!」
慌てて追いかけるものの、すばしっこい総司にデスクワークばかりの大人が追いつける訳もなく。
「っち………」
俺は苛々ボルテージをマックスにしつつも総司の追跡を諦めた。
ったく、逃げ出すなんざ何かよっぽど疚しいことがあるんだな。
いいさいいさ、あっちがそのつもりならこっちだって黙っちゃいねぇぞ。
向こうから泣きついてくるまで徹底的に無視してやる。
少々子供じみている気もしたが、こういう態度を取られるのは初めてだし仕方ねぇだろう。
――それから早三週間。
総司からの接触はないままだった。
ないまま、夏休みに突入した。
俺が相変わらず無視をし続けている所為なのか、今まで毎日怒涛のように送られてきていたメールも、三日に一回くればいい方だ。
教師には夏休みなんてものはなく、俺は相変わらず毎日忙しいし、今更恋人といちゃいちゃしてぇと思うような歳でもねぇし、困っていることは何もない。
人一倍寂しがりなくせに、大人しくしている総司のことが気になって、若干仕事の能率が落ちていないこともない…が、別に何も困っちゃいねぇ。
正直、お盆には総司とどこかに旅行でもしたいと考えていたのだが、この分だとそれもなさそうだ。
まぁ、それならそれで、仕事を進めるからいい。
とにかくこっちは、夏休みだ、さぁいっぱい遊ぶぞ、なんていう気分ではないのだ。
そうして、毎日ギンギンなクーラーと湿度と容赦ない日光とでバテそうになりながら、がりがりと仕事をこなしていると。
ある日、総司から電話がかかってきた。
電話など、本当に何ヶ月振りか分からない。
俺は迷わずワンコールで電話に出た。
『あっもしもし?土方歳三様でございますか?』
「……………」
のっけからの人をおちょくったような態度と、数ヶ月間の無接触振りとの温度差に、どうにも腑に落ちないものが溜まっていく。
思った以上に低い声が出た。
「なんだよ」
『あの、次の土日あいてます?』
「はぁ?」
不機嫌な声を出しながらも、俺は素直に卓上カレンダーを見た。
なんだよ、あいてんじゃねぇか。
「あいてるが、どこかへ連れて行けとでも言うのか?」
『わー、さすが土方先生!ご名答』
「………いや……誰だって分か…」
『もうぴっちりプラン練ってありますんで、先生はなぁんにも心配しなくて結構ですから』
総司がそう言うと、かえって心配になるのは、何も俺だけではないと思う。
『土曜日の朝、僕が先生ちまで行くんで、そしたら一緒に車で出かけましょうね。ドライブデートしたいんです!んで夜は先生ちに泊まって、いちゃいちゃしましょう!』
こいつは勤務中の教師になんてことを言うんだ!
赤面しそうになるのを堪えて、一段と低い声を出す。
「百歩譲って行くのは了解するとしても、金はどっから湧いてくるんだ?」
『大丈夫大丈夫!先生は身一つで……お財布付きで、来てくださればいいですから』
何だよ、結局アッシーと大蔵省は俺なのかよ、と心の中で舌打ちしつつ、俺は了解の旨を伝えた。
『先生ならそう言ってくれると思ってました。じゃあ土曜日、楽しみにしてますねー』
「…………あぁ…」
総司は嵐のような勢いで電話を切りやがった。
ちくしょう、久しぶりに声が聞けて嬉しかったし、それに、総司の奴があんまり楽しそうだったから、文句の一つも言えなかったじゃねぇか。
「はぁ…………」
ついつい盛大な溜め息を落とすと、斜め前に座って、気怠げに書類を捲っていた左之助が、ちらりとこちらを見てきた。
「そのため息の理由は総司、だよな」
「あぁ……もう悪い予感しかしねぇ」
「まぁまぁそう言ってやるなよな。たまの逢瀬なんだからよ、目一杯可愛がってやるのが筋ってもんじゃねぇの?」
「お前、聞いてたのかよ」
「勝手に聞こえてきたんだよ。まぁ、いいじゃねぇか」
「でもよ、………なんつーか、総司が良からぬことを企んでそうで嫌っつーか…」
すると左之助は、俺のことをいつになくひんやりとした目で見てきた。
「…何だよ」
「あのなぁ、この際言わしてもらうけど、それじゃあ総司があんまりだろう」
「わ、悪い」
何で俺が左之助に謝る。
「土方さんが仕事人間なのも分かってる。総司がどういう性格かも分かってる。けどな、…いや、だからこそ、土方さんはもっと総司を大事にしてやらなきゃいけねぇと思う」
「お、おう…」
「総司のことを愛しているなら、それをしっかり伝えてやらないといけねぇと思うぜ。何も毎日そうしろって言ってるんじゃないんだから」
「はぁ………」
何故か左之助にみっちり説教された俺は、すっかり意気消沈しながら週末を迎えたのだった。
*
「土方先生、おはようございます!」
当日、総司は約束の時間よりもだいぶ早くやってきた。
その時俺は、まだ着替えも済んでいなくて、歯ブラシをくわえながら総司を出迎えたら、相当びっくりした顔をされた。
「うわ!先生が支度できてないとかレアすぎ!」
「うっせぇ!てめぇが早く来すぎなんだよ!」
「えー……せっかく久しぶりに会えたのに、先生は嬉しくないんですか!」
「久しぶりも何も、元はと言えば、てめぇが一方的に…………」
言いかけて、やっぱりやめた。
これからせっかくまるまる一日一緒に過ごせるってのに、初っぱなから喧嘩する必要はどこにもない。
「待たせたな」
俺は素早く支度を整えると、総司に急かされるようにして家を出た。
駐車場へ行き、車のドアを開ける。
「おい、荷物寄越せ。バックシートに積んでおくから」
「はいこれ。じゃあ、僕先に座ってますね」
マイペースに事を運んでいく総司に苦笑しながらも、気分はすっかり園児の遠足で、いい歳した大人が何を浮かれているんだと、慌てて我に返る。
後部座席のドアを閉めて、運転席に座ろうとしたところで、俺はピタリと動きを止めた。
「……………おい」
「はい?」
「はい、じゃねぇ。冗談も程ほどにしやがれ」
「何のことですかー?」
「惚けるな!何でてめぇが運転席に座ってんだよ!さっさと退け!」
そう。とうとう気でも狂ったのか、何故か総司は運転席に座っていたのだ。
「ふふふ」
「あぁ?なに笑ってんだよ」
不敵な笑みを浮かべる総司に、俺は思わず身構える。
「じゃじゃーん!!」
すると総司は、安っぽい効果音と共に、ドアから覗き込んでいた俺の顔に、何かを突きつけてきた。
「近すぎて見えねえよ!」
総司の手首を掴み、"何か"が見える位置まで動かす。
そして俺は、再び多大なる衝撃を受けた。
「な…………っ!」
それは、総司の車の免許証だった。
どうやら、こういうことらしい。
総司は、ここ数か月間、ずっと教習所に通っていたのだ。
確かに、もう誕生日もすぎたし、法律的には何の問題もない。
言われてみれば、総司ももうそんな年なのかと納得した。
「………お前、それで妙に音信不通だったのか」
俺は無理やり助手席に座らされて、深々とため息を吐きながら言う。
「だって……免許取りたいなんて言ったら、先生絶対反対すると思ったから」
「まぁ、それは正しい判断だ」
総司に運転などさせたら、危なっかしくて仕方がない。
いつ事故に巻き込まれるとも限らないし、こいつの場合、スピード魔になってそこら中を暴走しそうで怖い。
それに第一、俺が居るというのに、免許を取る必要がどこにあるというのだ。
俺はムッとしながら、総司の免許証を見た。
憎らしいほど爽やかな微笑をたたえている、免許証の中の総司。
こうしてこいつも、少しずつ大人になっていくのかと思うと、何だか巣立っていく雛を見送る親鳥の気分で、少し寂しい。
「で、この車がてめぇの練習の犠牲になんのかよ……」
「大丈夫です、僕上手いんで」
ついついぼやいた瞬間に車がゆっくりと滑り出し、俺は慌てて手すりにしがみついた。
しかしその言葉通りに、乱暴でもなく、意外に上手い総司の運転に、またムカついた。
「土方先生、そんなに怯えなくてもいいんですよ」
笑いを噛み殺しながら、こちらをチラ見して言う総司に、俺はとんでもなく裏返った声で、余所見をするな、前を向け!と怒鳴り散らす。
「別に、怯えてなんか、ねぇ!」
「その割に肩に力が入りまくってますよね」
「いいから運転に集中してくれ!頼むから…!」
「ふふ、大丈夫ですよ。死ぬ時は痛い思いなんかしないで逝けるように、助手席からぶつけてあげますから」
「……俺の愛車に、掠り傷一つでもつけてみろ。即刻殺す」
「あれ、命より車なんですか?」
自分以外、ハンドルを握らせたことすらないこの車。
にもかかわらず、グリーンマークの総司に許してしまったのは、やはり惚れた弱みなのだろうか。
「まったく、何だって、免許なんか……」
相変わらず椅子にへばりつきながら、まるで俺が運転しているかの如く前を見つめて呟くと、総司は妙に浮ついた声で言った。
「…だって、たまには恩返ししたいじゃないですか。いつも僕のワガママ聞いてもらってばっかりだから」
う……こいつはまた…そういう可愛いことを……!
「まぁ、お前のワガママなんざ……ワガママにもならねぇけどな」
「ほんとですかぁぁ?じゃあじゃあ、せっかくのデートだし、僕のワガママ聞いてくれません?」
「あ?」
「僕、欲しいものがあるんです!」
総司のあまりの喜びように、思わず言わなければよかったと嫌な予感が胸をよぎる。
「………何が欲しいんだ?」
「先生、僕の欲しいものわかります?」
「あぁん?…金平糖、か?」
「違います」
「じゃあ、パフェとか、クレープとか…」
「違うってば!まずスイーツじゃないし!」
「な、なら、まさかあれか?俺の俳句ノートか?」
「あー、ちょっと近くなった」
「はぁ、何だよ?はっきり言えよ。俺が提供できるもんなら、くれてやるから」
どうしても運転に集中してほしくて、ついつい投げやりなことを言った。
すると。
「あ、言いましたね?その言葉忘れちゃだめですよ?」
言い放たれた総司の言葉に、もはや嫌な予感しかしない。
「何だよ」
総司は、俺の耳にこっそりと囁いた。
「土方先生」
「………は?」
「………の太くて熱いソーセージ」
「!!!」
「だってー、数か月も教習所通いで会えなくて禁欲生活送ってたんですよ?もー僕限界」
「…………………」
……それから即行で俺の家に戻ったのは、言うまでもない。
2012.07.14
土方さんが助手席に座るとうるさそう……
▲ ―|top|―