book短A | ナノ


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だだっ広い部屋の中、僕は夕飯を作りながら土方さんの帰りを待つ。

今夜はシチューにしたんだ。

美味しくできてるといいな。


鍋の中身がぐつぐつと煮え立つ音以外、辺りには物音一つしない。

この、ただ広いばかりで寂寥感に押しつぶされそうになる空間にもだいぶ慣れた。

狭い訳ではないのに、何故か感じる閉塞感や圧迫感も、もう気にならなくなった。


だって、僕には土方さんがいるから。

土方さんが、僕を愛してくれるから。


僕は上機嫌で、味見をしようと小皿の入っている戸棚を開けた。


「……いった!」


背伸びをして小皿を取り出そうとした刹那、ズキリと二の腕が痛んで、思わず伸ばした腕を引っ込める。


「あー、まだ治ってなかったのか…」


湿布を貼ってもらったはずだったんだけど。

まだ、って言ってもつい昨日のことだしね。仕方ないか。

僕は右腕を庇いながら小皿を取り出して、シチューの味見をした。


「うん、美味しい」


土方さん、喜んでくれるといいな。















暫くして、土方さんが帰ってきた。


「お帰りなさい!」


僕は玄関まで飛び出していって、笑顔で土方さんをお迎えした。


「………ただいま」


土方さんも、微かに笑って返してくれる。

……どうやら今日は、機嫌が良いらしい。


「ご飯出来てますよ、それとも先にお風呂にしますか?」

「…いや、飯にする。腹減った」


顔色を伺うようにして、僕は土方さんから上着と鞄を受け取った。

……うん、やっぱり今日は機嫌が良い。

よかった、なんて安心してしまったのは、きっと気の所為だ。


それから土方さんが着替えている間にシチューを盛り付けて、テーブルに運んで、二人で向かい合って席に着いた。


「いただきます」


美味しいかな……なんて不安になりながらスプーンを口に入れる土方さんを見ていると、小さく「美味い」と聞こえてきた。


「ほんと!?ほんとに美味しい?」

「あぁ……お前腕上げたな」

「やった……」


そりゃあ、どこにも外出を許されない身だからね。

家にいるだけじゃ退屈だから、どうせならってことで料理だけは頑張った、その成果だ。


「へへ…土方さん公認なら、誰に食べさせても美味しいって言ってもらえそうですね」


僕は土方さんに誉めてもらえて嬉しくなって、ついうっかりそんなことを言った。

別に、悪気があった訳じゃない。

ただ何の気なしに言っただけの言葉だったんだけど。


僕が言い終えた途端、土方さんが突然カチャリとスプーンを置いた。

あれ?と思って顔を上げたら、土方さんの凍りつくような冷たい視線と目がかち合って、僕はゾッとして固まった。


…やってしまった。

今日はせっかく機嫌が良さそうだったのに。

どうやら僕は、地雷を踏んでしまったみたいだ。


「…ぁ…ごめ、なさ……」


訳も分からず謝罪する。

土方さんがあの目をしている時、僕は謝らなくちゃならない。


「…お前、俺以外の奴とまだ付き合いがあんのか」


地を這うような低い声に、体が震えないよう必死で拳を握り締める。


違う、さっきのはただの比喩だ。

そう言いたいけど声にならない。


「…ぁ……あ、の……」

「お前の携帯に入ってた連絡先は全部消したはずだぞ!!誰だ!誰に食わせるつもりなんだ!!」


がたん、と椅子が音を立てて倒れる。

思わず肩が跳ね上がった。

僕の方につかつかと歩み寄ってくる土方さんから逃れる術はない。

…と言うより、逃げちゃいけない。

僕は、この人から逃げちゃいけないんだ。


「…おい、何で何も言わねぇんだ。何か後ろめたいことでもあんのか?」

「ち、が……」

「昼間俺がいねぇ間、お前何してた」

「そ、…掃除」

「嘘吐くんじゃねぇ!!」


バキッ。

まるで木が折れるような音がして、気付いたら僕は椅子から転げ落ち、床に叩きつけられていた。

ガンガンと痛み出す頭を抱えながら辛うじて起き上がろうとすると、間髪入れずに土方さんに胸ぐらを掴まれる。


「てっめぇ……俺を裏切りやがったらただじゃおかねぇって言ったよな?あぁ?!」

「ぅ…っう…ごめなさっ…!」

「謝罪なんざ聞きたくねぇんだよ!!」

「ぐっ…ぅ…っ……!」

腹部に拳骨を入れられた。

余りの痛みに息も出来なくなる。


「ハァ…ハァ…っく、は…」


酸素を求め必死に口を開く。

立っていられなくなってうずくまろうとしたら、顔にまた一発食らった。


「っ…!」


血の味が口中に広がっていく。

ぬる、と生暖かいものが口の端から垂れて、鋭い痛みに顔が歪んだ。


「お前は俺のもんだろうが!!」

「ひっ……ぁ、ぁ、ごめんなさいっ!」

「謝んなっつってんだよ!」

「あ゛っぁ……や、やめっ!」

「抵抗するんじゃねぇ!!」


一度スイッチが入ってしまえば、土方さんはもう止まらない。

何がいけなかったのかは分かんないけど、土方さんはどうやら僕が浮気したんじゃないかと思い込んでいるらしい。


こんなことは初めてじゃない、前にもあった。

土方さんの浮気の基準はすっごく厳しくて、例えば僕が誰かに笑いかけただけでも猛烈に怒られる。

携帯は一応あるけど土方さんとしか連絡できない上、GPSが常に起動している子供携帯みたいなのに変えられちゃったし、一度僕が友達と遊んで帰りが夕方になった時以来、外に出してすらもらえなくなった。

土方さんの家に軟禁。

それが、僕の現状だ。

買い物はおろか髪を切りにも行かせてくれない。

僕がほしがれば何でも買ってきてくれるけど、僕には一切自由がない。


……それでも、僕は耐えられる。

だって、土方さんが僕を愛してくれるから。

土方さんが僕の全てで、土方さんだけ居てくれれば、僕はそれで充分だから。

僕はこの人から離れるなんて、絶対に出来ないんだ。


「ひじかたさ…っひじ………」


早く元の優しい土方さんに戻ってくれるように、僕は息も絶え絶えに彼の名前を呼ぶ。

こうして僕を殴ったりするのはもう日常茶飯事だけど、それでも僕は土方さんが好きだ。

きっと、僕が土方さんの癪に障るようなことばかりするから、土方さんはこうして僕を痛めつけるんだと思う。

土方さんは悪くなくて、悪いのは全部僕だ。

怪我をしたって、すぐに治らない僕が悪い。


僕は土方さんに嫌われたくないから、精一杯、体を張って、土方さんの暴挙を受け止めている。

土方さんは、疲れてるんだ。

僕とは違って会社でのストレスとか、心に貯まっている苛々があるから、それを吐き出しているだけなんだ。

そう思って、優しい土方さんに戻ってくれるのを、いつもじっと待っている。


「…あ、ぅっ……!!」


その時、無言のまま打ち下ろされた拳が、僕の目の横にヒットした。

すんでのところで顔を背けたから良かったものの、もしかしたら目が潰れていたかもしれない。

危なかった。土方さんの綺麗な顔を、もう二度と見れなくなるところだった。


ホッとしたのも束の間、脳が軽く震盪を起こしたらしく、ぐらぐらと視界が揺れた。

懸命に目を瞬いても焦点が定まらず、酔ったみたいに目が回る。


「総司!…おい総司!しっかりしねぇか!」


土方さんの焦ったような声が聞こえた。


「う………ぅ…」

「総司!」


頬をぺちぺちと叩かれているような気がしたが、それすらも生温い刺激でしかない。

僕はぱたりと意識を失った。















意識を失うのはこれが初めてじゃない。

幾度も危うく死にかけながら、その都度土方さんに半ば無理やり引き戻される。

叩かれたり、水をかけられたり。

今日はシャワーの音でハッと意識が覚醒した。


「…司……総司!」


きっと、僕が戻ってくるまでずっと呼び続けてくれてたんだろう。

土方さんの声が掠れていて、少しだけ申し訳なくなる。


「ん……土方さん……」


意識が段々はっきりしてきて辺りを見回すと、広いバスルームの中、土方さんも僕も服も着たままでシャワーに打たれていた。

…正確には、気を失った僕を土方さんが抱きかかえていただけだけど。

おかげで二人ともびしょびしょ。

土方さんはまだしも、僕はシャワーを浴びせられていた所為で頭から水が滴っている。


「総司……」


土方さんが濡れた頭を梳いてくれた。

生々しい傷口が水でひりひりと疼く。


「…すまねぇ」


頭を肩に押し付けられながら、骨を伝って振動する土方さんの声を聞いた。

いつもそうだ。

土方さんは、最後には僕に謝ってくる。

そして腫れ物を扱うように丁寧に、傷付いた僕の手当てをしてくれる。

包帯を巻いたり、湿布を貼ったり。

それはもう、優しいなんてもんじゃない。


……何でだろう。

悪いのは僕なのに。


ぎゅっと体を抱き締められて、僕は土方さんがいつもの優しい彼に戻ったことを理解した。


「……謝らないでくださいよ」


僕は手を伸ばしてシャワーを止めながら言った。


「土方さんは、ちょっと疲れてるだけだから、ね?」


それから、鈍痛で上手く動かない手を無理やり土方さんの背中に回した。

すると更に僕を締め付けてくる土方さんを見て思う。

これではどちらが縋りついているのか分かんないや。


「…僕なら、大丈夫だから」


弱くて、少し脆い土方さん。


「だから、泣かないでよ……」


土方さんは、肩を震わせて泣いていた。

ほんと、どうしようもない人。


「総司…」

「はい、何ですか」

「総司、俺から離れないでくれ……」


土方さんは、どんなに束縛しても、今に僕が土方さんを見捨てて去ってしまうんじゃないかって思っているらしい。

それが怖くて堪らないんだって。

もう、何度も聞いた台詞の一つだ。


「大丈夫ですよ」


そして、僕はその度にこう答える。


「僕には、土方さんしかいませんから」


だから僕は、土方さんを一人にできない。

土方さんが、僕の全てだから。

ただ欲しいのは、土方さんの愛だけだから。


「愛してる、総司……」

「僕も、愛してますよ…」


そっと口付けてくれる土方さんに、僕は弱々しくも微笑んだ。


終焉は始まっている


(嗚呼、この倒錯は一体何時まで続くのだろう――…)



2012.03.22




出た!DVトシ様!
悪趣味だけどこういうの好きです(笑)

総司ってなんかDV体質のような気がするんですけど(勝手に)

この後、救いようのない二人は紆余曲折の末破局して家庭裁判にもつれ込んででも総司はプチ洗脳されてるから起訴しないとか何とか言って……ていう妄想。




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