※いつもと立場を入れ替えてみました
「はい、これが今日の台本で、こっちが午後のスケジュールです」
「おう、ありがとな」
「……………」
「……何だよ」
「…それからこっちが明日使う新幹線の切符なのでなくさないでくださいね。あ、もちろんグリーン車ですから。あとこれは今度の番組の事前アンケートなんで、暇見つけて書いといてください。それから……」
「だぁぁっ!一気に言うな!訳が分からねぇよ!」
土方の怒号に、タクシーの運転手がビクリと肩を震わせる。
「あーもう。怒鳴らないでくださいよ。せっかくのイケメンが台無しですよ?皺がとれなくなったらどうするんですか。ファンデーションにだって限界はあるし、第一土方さんはまだまだ若いんですから、今から渋いおじさん役しかオファーが来なくなったら問題ですよ」
「…いいからお前は少し黙ってくれ」
「む……僕の行き届いたマネージメントに文句を垂れる気ですか?」
「そういうわけじゃねぇ」
「土方さんがその気なら、僕だって強硬手段をとらせてもらいますからね。どうですか?一か月間休みなしとか。ちょうど今新しいCMの話が来てますから、それも受けて、あと雑誌の取材と、旅番組と、番宣で特番にも出て、…」
「……お願いだから怒らないでくれ」
人気俳優土方歳三……と、そのマネージャー沖田総司。
年の割に落ち着いた貫禄ある演技と、その極上のプロポーションで、幅広い世代から人気を集める土方は、日々仕事仕事で休む間もない。
そしてその隙のないスケジュールを管理し、本人曰わく行き届いたマネージメントをしているのが、九歳も年下の新人社員、沖田総司であった。
沖田が管理せずとも、土方は自分のことは自分ですべて面倒を見られるのだが、僕の仕事を取るなと沖田がうるさいため、好きにさせている。
このマネージャー非常に扱いづらく、しょっちゅう機嫌を損ねては、ひょっとすると誰よりも鬼畜なのでは…というほどの仕打ちを土方にしてくる。
過密スケジュールを押し付けてみたり、今のようにたたみかけ方式で、ありとあらゆる必要事項をいっぺんに言ってみたり。
やることは稚拙だが、本気でかかってくるため舐めると怖い。
が、長いこと付き合っていると、だんだん扱いにも慣れてくるもので、土方はもう沖田の好きにさせている。
誰だって、恋人には甘いだろう。
―――そう、土方と沖田は恋人同士なのだ。
人気が落ちるからと、事務所が徹底して禁じている恋愛を、よりにもよってマネージャーと、しかも男と進行させている。
今のところ誰にもバレていないが、嫉妬深い恋人(マネージャー)は、先に述べた通り怒らせると怖いので、土方はそれなりに苦労していた。
「なぁ、今日は何が気に入らなくてそんな態度とってやがんだ?」
テレビ局に着き、楽屋入りしてから土方が聞くと、沖田はムッと土方を睨みつけた。
「そんなの、自分の胸に聞いてください」
「あれか。キスしたからか」
「…………」
先日ドラマの撮影があり、キスシーンがあったため、土方は相手の女優とキスしていた。
これだけなら今までも何回かあったことだし、数日間拗ねるくらいで何とかなっていたのだが、今回は、相手の女優が満更でもなさそうだったなどと難癖をつけられて、沖田のグレ方がはげしくなった。
「そんなこと言ったって、仕方ねえだろうが。仕事なんだから」
「そうやって仕事仕事って言い訳するの、男らしくないと思いますケド」
沖田は苛々と楽屋をうろつく。
「だいたいな、相手はあの大御所女優だったんだぞ。色々ダメ出しされるし、こっちだって大変だったんだからな」
「ふん、何とでも言い訳すればいいじゃないですか。僕聞きましたからね、この耳で。『歳三くん、上手いじゃない』」
「そんなのお世辞だろ」
「どうだか」
女優を真似てしなをつくる沖田は、相当お怒りのご様子だ。
土方の前の椅子にどっかりと腰を下ろすと、土方のために用意された多種のドリンクを一つ選んでキャップを開ける。
土方が黙って眺めていると、沖田は半睨みで土方を見返してから、ドリンク片手に書類をパラパラと捲り出した。
「もう少ししたらプロデューサーさんたちが打ち合わせに来ますんで。あ、そういえば、オフィシャルブログの更新率が低すぎっていう苦情も来てますよ」
「………お、おう。すっかり忘れてた」
「あと、ツイッターで僕に代わりに呟かせるのも、いい加減やめてくれませんか。あることないこと呟きますよ」
沖田の口からは文句が止まらない。
「それは困る………それより、前まで大量に届いてたファンレターがぷっつり途絶えたのは、お前の仕業か?」
「……………あ、そうだ。僕ディレクターさんに挨拶してこなきゃ」
「お前が隠してんだろ?」
「…………」
「なぁ?」
「全部燃やしました」
「なっ………」
沖田の傍若無人ぶりに、土方は思わず立ち上がる。
すると、タイミング良くスタッフが打ち合わせをするために入ってきた。
「失礼しまーす。土方さん、おはようございます」
「う…………どうも」
沖田は涼しい顔で座っており、さすがの土方も怒りが沸々とこみ上げてくる。
「じゃあ、かくかくしかじか、そういうことでよろしくお願いしまーす」
半分以上聞いていなかったが、あっという間に打ち合わせを終えて、スタッフは出て行った。
「…おい、てめぇ、総司」
素知らぬ顔をして台本を捲っている沖田の肩を、土方はむんずと掴む。
「何ですか?あんまり怒ってばかりいると血管切れますよ」
「てめぇ自分のしたことが分かってるのか?!ファンが一枚一枚心を込めて丁寧に書いてくれたもんを燃やす権利なんざ、お前にはねぇだろうが!」
「…っ…………」
沖田は動揺したよう身体を震わすが、それでも口からは減らず口しか出てこない。
「……いいじゃないですか、別に。どうせ危険物チェックや内容の確認をするのはマネージャーの仕事ですもん。全部にカミソリ入ってたとでも思ってください」
「総司!いい加減にしろ!!お前がずっとその調子なら、俺はお前との契約を破棄するぞ!!」
「………………」
そのまま楽屋から出て行ってしまった土方を、沖田は呆然と見送った。
*
やがて撮影が始まり、ケロッとした爽やかな笑顔で仕事をする土方を、沖田は口を真一文字に結びながらじっと見つめていた。
桁違いの人気者に思いを寄せ続けるなど、どんなに強靭な精神力があっても無理な気がする。
そもそも気持ちを受け入れてくれただけでも驚きだし、恋人にしてくれたことはもっと信じられない。
いや、もしかしたら恋人の一人に、なのかもしれないが……。
今から収録してきます、なんて土方のツイッターに呟きながら、リプライ数を見て沖田は更に落ち込んだ。
「…………お疲れ様でした」
撮影が終わり帰ってきた土方に、沖田は社交辞令だけを述べる。
次の仕事へ移動するためタクシーを手配し、荷物を纏めたりする間、二人の間に会話は皆無だった。
沖田の頭には、本当にクビにされてしまうのか、そしたら恋人もクビになるのか、という思いだけがぐるぐると回っている。
「あ、………そうだ、次の仕事までちょっと時間があるので、事務所に寄りますから」
「事務所に……?」
「えっと………社長が呼んでるので」
適当な出任せを言って、再び沖田は押し黙る。
土方も黙ったまま楽屋を出て、タクシーで事務所に向かった。
「で、俺はどこに行けばいいんだ。社長室か?」
事務所についたところで、土方が沖田に聞く。
「あー……ちょっとそこに座って待っててください」
沖田はもはや形だけでほとんど使われていない自分の執務机を指差すと、いそいそとどこかに消えていった。
事務所の他のマネージャーはみんな出払っているらしく、このフロアは閑散としている。
土方は言われたままに椅子に座ると、たまには自分で呟いてみるかと携帯を取り出した。
数時間前の「今から収録してきます」という呟きと、それに対する返事を見ながら、結局何を呟けばいいか分からずに、携帯を放り出す。
それから暇を持て余して、沖田のデスクを漁ったりしていると、ふとデスクの下に置かれたドデカいダンボールに目が止まった。
蓋が開いていたので、そっと中を覗くと…
「好きだ…アホ方バカ三?」
一番上に、何かの裏紙にマジックで殴り書きされたメッセージが乗っていた。
見覚えのあるその字に、土方は眉をしかめる。
「アホ方ってなんだよ………」
ぼやきながらその紙を取り出すと、下にはどれだけ溜め込んだのか、大量のファンレターがぎっしりと詰まっていた。
「あいつ………」
燃やしてなかったのか、と土方は苦笑する。
「こりゃあ読むのが大変だな…」
意趣返しのつもりなのか、ここまでため込まれては処理に多大な労力を費やすだろう。
やってくれる、と思いながらも、やきもちを妬く恋人が可愛いと思うのだから土方もだいぶ末期だ。
暫くして戻ってきた沖田に、土方は無言でダンボールを突き出して見せた。
「あぁ、見たんですね……」
沖田には、さして驚いた様子もない。
「ったく………これを見せる為に事務所に寄ったのか?」
沖田は答えなかったが、それは肯定に他ならなかった。
「………さっきは怒鳴って悪かったな」
「本当ですよ、僕の冗談を本気にして。今時こんなに大量のゴミ、捨てるならまだしも燃やすなんて簡単にできるわけないじゃないですか」
「確かに………」
「まぁ、暇なときに読んで、全国の老若男女からの愛をたっぷり味わって、幸せにでも浸っててください」
すっかり拗ねきっている沖田の手を取って、土方は薄く笑う。
「俺は、お前の愛に浸りてぇんだがな」
「………またそんなこと言って。流されませんよ、僕は」
土方は立ち上がると、ぷいっとそっぽを向く沖田の手を引っ張って、そのままトイレに行く。
「ちょっと、何するんですか」
トイレの壁に押し付けて、五月蠅い口を塞いだ。
チュパっと音を立てて唇を吸い上げると、沖田の顔は真っ赤に染まる。
「んんっ、やだ!やです!こんなんじゃ許さなっ…んー!」
「…………………ほら、お前の口で消毒しろよ」
「んんー!!」
……こうして結局、いつもながら土方に流されてしまう沖田なのだった。
一度は逆バージョンも書いてみたかったので満足です(笑)嫉妬マネ可愛いなぁ。
2012.11.08
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