book長 | ナノ


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最期の別れを告げに植木屋へ向かう俺の足取りは、死出の旅路と見紛うほどに重かった。


『総司』


からからの喉から無理やり愛しいその名前を呼べば、臥せったままの総司の顔がぱっと明るくなる。


『土方さん!』


無理に起き上がろうとする総司を制して、俺は縁側に腰掛けた。


『あ……今日も洋服なんですね…』

『ん?…ああ、これ……この方が動きやすいからな』

『そう…』


本人はおくびにも出していないつもりなんだろうが、少し曇った総司の顔を、俺は見逃さなかった。


『…ま、慣れないし着るだけで骨が折れるから、好きじゃねえけどよ』


慰めるようにそう言うと、総司は悲しそうに笑う。

こほ、と小さく咳き込んだ総司の顔は、げっそりとやせ細っていた。


……やつれた。


『おめぇ、すっかり病人が板に付いたな』


態とおどけたように言ってみれば、伊達に病人してませんよ、とこれまたおどけた返事を返された。


『どこら中官軍だらけだろうに、わざわざ来てくださってありがとうございます』

『別に平気だよ。そこまで顔がわれてるわけでもねえしな』


実際、外は官軍だらけだ。

ここへは、総司の存在を悟られないよう相当気を配りながら来ている。


『近藤さんは、元気?』

『あぁ』


突然聞かれて、上手く取り繕えた自信がない。


"近藤"と言われたら、取りあえず肯定の返事をしようと、ここに来るまでに何度も練習した。

その後で、気持ちを落ち着けてから、仕事が忙しいだのなんだの言って誤魔化すつもりでいた。


近藤の死を隠すのもまた、最期に余計な悲しみを増やしてほしくないからだ。


『そう?…元気ならいいんだけど。僕が心配してたって、ちゃんと伝えてくださいよ?』

『……あぁ』


沈黙がちくちくと心を刺激する。

何か話そうと思っても、口を開いた途端に心の叫びが堰を切ったように溢れ出しそうで怖かった。


『土方さん、今日は何の御用でいらしたんですか?』


先に沈黙を破ったのは、総司だった。


『ん……』


咄嗟に上手く言葉を紡げない。


『土方さん、気付いてる?』

『え?』

『今ね、土方さん、姉さんと同じ顔してるんですよ…』

『は?……お光さんと?』

『うん……僕にお別れを言いに来た日の、姉さんと』


同じ顔、と総司は呟いた。


『土方さんも、行っちゃうのかなー』


そう言う総司の目は、遠く虚空を映していた。


『つまらなくなるなぁ……からかいがいのある人が…いなくなっちゃうと』


そう言って健気に笑っている。


『どちらへ行かれるんですか?』


そこまで言い当てられてしまえば、最早誤魔化すことなど出来なかった。


『………………北』

『北?』

『まずは宇都宮……最終的には…多分函館』

『じゃ………海を渡るんですね…』


総司の顔が、どんどん暗く沈んでいく。

沈めているのが俺だということがたまらなく辛かったが、だからと言ってどうすることもできなかった。


『そっか……じゃあ僕、なるべく早く追いつきますね』


総司は、満面の笑みで言った。

しかし、総司が笑顔になればなるほど、その向こうに潜む悲しみが深くなっていくようで、見ていられない。


『…みんな僕のこと、忘れてないですよね?』

『当たり前ぇだろ。早く直して追いついてこいよ?』

『勿論ですよ』


でも、総司も気付いていたはずだ。

恐らくこれが、永遠の別れになることぐらい。


『総司、元気でな』


いざ、別れとなると、何を言うべきなのかさっぱり分からなかった。

なるべく簡潔に、いつものように別れようと思った。


『はい。土方さんもお気をつけて』

『ちゃんと食べるんだぞ?』

『土方さんこそ、また無茶な働き方なんてしないでくださいよ?』

『はは…総司には適わねえな』

『…みなさんに……よろしくお伝えください』

『おう』


違う。

こんなことが言いたいんじゃねえんだ。


もっともっと大切なこと……

置いていってすまねえとか、別れたくねえとか、愛してるとか、そういうことを言うべきなのに。

何一つ肝心なことは言えなかった。


『じゃ、あまり遅くなっても心配されるし、そろそろ行くからな』

『…うん。じゃあ、また』

『おう。またな』


背を向けたまま立ち上がる。

少しでも長く、その顔を記憶のうちに留めておきたいと思うのに、どうしても顔を上げられなかった。


『…土方さん』


ふと、この声に名を呼ばれるのも、これが最期かな、と思った。

誘われるようにゆっくり振り返ると、眩しく、清々しい笑顔を浮かべた総司と、目があった。


『総、司………』

『土方さんたらもう、泣かないでくださいよ…………』

『え…』


言われて初めて、自分が泣いていることに気付いた。


『最後くらい、笑顔でお別れしたいんです……そうすれば、これから寂しくなった時に、その笑顔を思い出せるでしょ?』

『総司………』


やっぱりおめぇは気づいてたんだな。

これが俺たちの"永訣"だって。


思わず手を伸ばすと、布団から這い出てきた総司に抱き締められてしまった。


……こんなの柄じゃねえよ…

いつもは俺が、総司を抱き締めてたってのに…


『置いていかないで…一人ぼっちにしないで…って、そんなこと言ったら土方さんが困っちゃうでしょうから…言わないでおきますね』


今思い切り言っちまったじゃねえかよ

言いたい言葉は全て、喉で止まった。


『泣き虫な土方さんなんて嫌ですよ……笑ってくださいよ…お願いだから…』

『馬鹿っ……』

『僕に置き土産、残していってくれないんですか?』


頭を総司の肩に押し付ければ、涙が着物に染み渡っていくのがわかった。

あやされるようにぽんぽんと背中を叩かれて、俺は漸く顔をあげることができた。


一人残される総司の方が、俺より辛いはずなのにな…

どうしてそんなに笑っていられるんだよ


『……総司、約束しよう』

『…約束?』

『戦が終わったら、俺は総司を迎えに来る。絶対だ』

『うん…』

『だからおめぇは、俺が迎えにくるまでに、その厄介な病を治しておけ』

『……』

『分かったな?』

『…絶対、迎えに来てくれます?』

『当たり前だ……武士に二言はねえんだよ』

『…っ分かりました。次に会う時は、健康体です』

『よし…約束だ』

『僕、待ってますよ……ずっと……』


俺は渾身の力を振り絞って、総司への餞(はなむけ)に、最後の笑顔を見せてやった。


『………すぐ迎えにきてやるさ。その時まで悪戯しねぇで待ってろよ』

『うん』


総司は、最後まで涙一つ見せなかった。


『………またね』


試衛館…

京………


数々の目映い記憶が脳裏に甦っては消えていった。


そして、再びここ、江戸で。


俺たちは、再び会うという儚い約束を交わして、全ての望みを次の人生に懸けたのだった。




*maetoptsugi#




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