「…てめぇら、その度胸だけは認めてやる」
敵を睨みつける土方の瞳には、燃えるような怒りが灯っている。
「は、無勢にも関わらず、口だけは達者なこった」
「俺の大事な総司を利用した上、怪我まで負わせて、おまけに俺の命まで狙うなんざ、そりゃあまぁ、いい度胸はしてるだろうよ」
「…ちっ、いちいちむかつく野郎だ」
「とっとと殺っちまおうぜ!」
言うや否や、総司を拘束している男を除いて、他の二人が一斉に斬りかかってきた。
「………けど、甘えんだよ」
土方は一人目の太刀を鮮やかな身のこなしでかわすと、振り返りざまに相手の腕を斬り付けた。
「ぐ、あぁぁぁっ!」
派手に悶絶する声と血飛沫の上がる音がして、一人敵が崩れ落ちる。
「き、貴様っ!こ、こいつがどうなってもいいのかよ!!?」
「いいわけねぇだろ。だが、殺せるもんなら殺してみろ。まぁ、その時点でてめぇの命もお終いだがな」
「ちっくしょ…っ!」
その時もう一人の敵が、土方に斬り掛ってきた。
最も土方の剣幕に怖気付いたのか、その腰は引けていて、とても鬼副長を相手にできるような太刀打ちではなかったのだが。
土方はまるで赤子の手を捻るように相手を斬り伏せると、床に倒れ付した敵を跨いで、残る一人の方へ歩いていった。
「そ、それ以上近づくんじゃねぇ!!」
がたがたと震えながら叫ぶ敵に、土方は冷たく光る視線を向けた。
その醸し出す殺気は、慣れているはずの総司ですら震える程の凄惨さを孕んでいる。
「…こいつに手ぇ出した奴がどうなるか、てめぇ知ってるか?」
一歩ずつゆっくりと間合いを詰める土方に怖じ気づいて、敵はとうとう総司のことを突き飛ばすと、代わりに土方に切っ先を向けた。
「おい貴様、それ以上近づいたら…」
「ぎゃあぎゃあ喧しいんだよ、悪党が」
土方は、相手を問答無用で斬り捨てた。
ずさっ、と肉の斬れる音がして、生暖かい血飛沫が辺りに飛び散る。
それを冷淡な目で見据えながら、土方はふぅ、とため息を吐いた。
「…総司に手ぇ出した奴は、地獄にすら行けねぇんだよ」
そう言い捨てて、土方は大慌てで総司の元に駆け寄ると、ぐったりしているその体を優しく抱き起こした。
「総司っ!大丈夫か?」
「っ……」
総司は虚ろな目で何かを訴えようとしていた。
しかし、何を言いたいのか分からない。
「おい、総司!しっかりしやがれ!」
普段の総司からは想像もつかないほど憔悴し切ったその様子に、土方は焦って声を荒げた。
「くそっ…血が止まらねえじゃねえか」
足元を見やると、巻いてあったはずの包帯が袴ごと切れて、傷口が剥き出しになっていた。
それだけではない。
傷口が、より大きく、より深いものになっている。
暗くてよく見えなかったが、骨に達しているのではないかと言うほど、肉が深々と抉られていた。
その凄惨な様子に、土方は思わず息を飲む。
看病してくれていた藤堂たちの話では、総司の傷口は治りかけていたはずだ。
それがどうしてこんなことになっているのか。
理由は一つしか考えられない。
「おい総司、お前足を斬られたのか?」
こくりと頷く総司を、土方は信じられない思いで見た。
同じところ、それも、まだ完治すらしていない傷口を二度も斬られるなど、喧嘩早い土方ですら経験のないことだ。
その痛みは、尋常ではないだろう。
「くそっ…俺の所為で……何だってこんな…」
胸で浅く息をしている総司に、土方は柄にもなく取り乱していた。
「すまねぇ総司、お前を巻き込んじまった」
総司は微かに首を横に振った。
「けど、俺も今まで知らなかったんだ。ずっと命を狙われてんのはお前だと思って、それで色々と動いてきてたから……すまねぇ」
驚いたか?と聞くと、総司は小さく頷いた。
それからまた力なく目を閉じてしまう。
「そうだ……止血しねぇと…」
土方は総司の足に、己の着物の裾をを引き裂いてきつく巻き付けてやった。
「これでちっとは持つか……総司待ってろよ、今医者を呼んできてやる」
そう言って立ち上がろうとすると、血生臭い暗闇の中、総司が力強く土方の手を握り締めてきた。
「ん…どうした、痛いか。それとも、心細いのか?」
土方は、出来るだけ優しく総司の頭を撫でてやった。
と、その時。
「副長!」
不意に、慌てた様子の隊士が駆け込んできた。
「…副長、ご無事ですかっ!!?」
土方が振り返ると、体中に返り血を浴びた平隊士が、部屋の入り口のところに息を切らして立っていた。
「あぁ、俺は平気だ……それより、お前の方は大丈夫か?」
「は、こちらは何とか持ちこたえています」
土方は総司から手を離して立ち上がると、打ち捨てていた刀を手に取り、ひと振りしてついた血を払った。
それを鞘に納めながら隊士に向き直る。
「表の状況は?」
「一進一退です…何しろ不意打ちをくらったものですから」
「原田たちが指揮してんのか?」
「はい。俺は、副長と沖田組長の様子を見てくるようにと言われました」
「そうか……俺は問題ねぇが、総司が酷え状態だ。このままじゃ命に関わる。至急医者を呼んでほしい」
土方は早口でまくし立てた。
「分かりました。ですが副長、組長たちが副長に来て欲しいと言っていました。沖田組長は俺が介抱しておくので、副長はどうぞ応援に向かわれてください」
やけに饒舌に、その平隊士は言った。
こんなにしっかりした隊士がいただろうかと、土方は内心疑問に思う。
「お前、何番組だ」
「一番組ですが」
一番組と聞き、総司が微かに反応した。
土方はそれを尻目に、不本意ながら頷いた。
「…仕方ねぇ、本当は総司についていてやりてぇんだが、そういう訳なら俺は行く。総司はお前に任せたぞ」
一番組ならお互いに見知っているだろうし、それなりに信頼関係もあるはずだ。
土方は咄嗟にそう判断した。
「は。副長、どうかご無事で」
「あぁ……総司、少しの辛抱だからな?頑張れよ」
総司を見ると、不安そうに瞳を揺らしていた。
土方は後ろ髪を引かれる思いで、迫り来る敵を阻止するべく、今度こそ部屋を後にした。
――それが大きな間違いだったとは、その時は知る由もなかったのだ。
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