夜の繁華街を彷徨いて朝方帰宅する癖がいつから始まったのか、今となってはよく覚えていない。
まぁ、僕にとっては遠い昔に、とあるきっかけがあったのは確かだ。
夢遊病なわけではない。
ただ、夜になっても寝付けないし、一人で家にいるのも嫌だから外に出てみた。
ただ、それだけのことだ。
僕のこの放浪癖を知っている人は誰もいない。
一時期は、僕を好きだと言ってくれる女の子たちと取っ替え引っ替え付き合い、セックスすることで夜を明かしていたこともあった。
だけどそれは酷く面倒で、厄介だった。
『総司ぃ何であたしだけを見てくれないの?』
『さぁね。君に飽きたからじゃない?』
『っ酷い!この浮気者!』
『君に魅力が足りないのがいけないんだよ』
『どうしてっ!?どうしてあたしじゃダメなの?あんなにあたしのこと、愛してるって言ってくれたじゃない!』
『あー、ごめん。あれ、嘘だから。僕のことなんか忘れて、新しい男でも作りなよ』
同じような会話を、幾人もの女の子と交わして、何度も彼女たちの涙を見せつけられた。
でも、ごめん。
僕が探し求めてるのは、君じゃない。
君なんかじゃ身代わりにすらなり得ないし。
所詮、好きになんかなれるはずがなかったんだよ。
傷ついたような顔をして泣きついてくる女の子には、もううんざりだった。
だから、夜の繁華街に繰り出すことにした。
一夜限りの相手なら、お互いに何のしがらみもなく、翌日にはきれいさっぱり忘れられる。
心が満たされないことはとっくに悟っているし、愛されたいと望んでいるわけでもないんだから、夜一人で寂しい思いはしなくて済むし、気持ちよくなれるし、お金は手に入るしで、何も悪いことはなかった。
それが心地よくて、気付いたら止められなくなっていたわけだ。
ふらりと家を出ては、ネオン街の入り口で逆ナンされるのを待って、直ぐにホテルへなだれ込む。
幸いなことに僕は不細工には生まれなかったから、相手に困ることは今まで一度もなかった。
朝は早めにホテルを出て、少しだけ家で眠って、きちんと大学へ行く。
大学の人も誰一人気付いていないし、これで何の支障もないはずだ。
その日も、僕は大学から帰ると直ぐに街へと繰り出した。
なるべく大人っぽく見えるように苦労して、香水を頭から被って。
夜にはまだ早かったが、大して問題はない。
とにかく一人で家にいるなんてまっぴらだ。
いつものようにふらふらと駅前を彷徨いてから、繁華街の方へ向かった。
デート中の恋人、買い物帰りの親子、早足で帰宅するサラリーマン……。
街中には、そういう当たり前が溢れていて、僕もまた、見てくれだけはその"当たり前"の一環だ。
僕が異質であるように、本当は全ての"当たり前"が当たり前なんかではないかもしれないのに。
誰もそれを知らないし、誰もそれを知り得ない。
自分が望む虚像としての当たり前を追い求めて、ただ呼吸するだけ。
色褪せた世界の中で、一体何のために生きているのかな、と時々思う。
生きる目標も、意義も、守りたい人も、ついて行きたい人もいない。
それどころか、生きていたいとすら思わない。
いや、思えないのだ。
僕は溜め息を一つ、雑踏の中にぽとりと落として、賑わう街をふらついた。
「あのぉ」
話しかけられていると気付いて、僕は耳からイヤホンを外した。
途端に襲ってくる喧騒。
「僕、ですか?」
早速声をかけられた。
今夜の相手はこの女の子かな。
僕は人当たりの良さそうに見える笑顔を浮かべると、その笑顔の後ろで、その子をじっとりと眺め回した。
大学生かな……?
なかなか可愛い顔してる。
全く、自分は健全ですって顔して、愛想を振りまいちゃってさ。
中身はただの淫乱じゃないか。
僕は冷めた目でその子を見つめた。
そう。
僕はいつだってそうなんだ。
出逢った瞬間に、相手を嫌っている。
嫌悪感や憎しみを心にひた隠し、態度だけ愛想よくして、冷めた心で愛撫し、快感を与えてあげる。
僕にとって、セックスは、一時の寂しさを埋めるための手段にすぎない。
割り切ってしまえば楽チンで、あとはもう、ただ気持ちいいだけだ。
「何か、用?」
僕は分かり切っていることを聞いた。
「何かって…わかるんでしょ?」
その子は、これ見よがしに腕を絡めてきた。
あれ、思ったよりかなり大胆。
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