「あれ、ミツさんは?」
懐かしい総司の家に上がらせてもらい、一人暮らしだと言われてすぐに土方はそれを聞いた。
総司の両親は土方がここにいた間に亡くなっているが、てっきりまだ姉と二人で暮らしているものだと思っていたのだ。
「あれ?姉さんから聞いてません?僕が高校を卒業した頃に結婚して、家族で県外で暮らしてるんですよ」
記憶にはないが、律儀な彼女のことだ、土方に連絡を寄越していたに違いない。
俺はどれほど仕事しか見えていなかったのかと、土方は自嘲した。
「それからずっと一人なのか?」
「だから、寂しかったって言ったじゃないですか……まぁ、土方さんのお姉さんにはしょっちゅうお世話になってますけど」
「そうか……」
確かに、一人暮らしには広すぎる家だ。
おまけに土方からの連絡もないとくれば、寂しさは募る一方だろう。
土方は罪悪感に駆られながら、だだっ広い和室の中央に置かれている、使い古されたちゃぶ台の傍におずおずと腰を下ろした。
脇に荷物を置き、長旅で凝り固まった背筋を伸ばす。
それから荷物をほどいて散らかしながら、キョロキョロと辺りを見回した。
「………あれ?」
「どうかしましたか?」
お盆に湯呑みを二つ乗せ、危なっかしく揺らしながら、台所から帰ってきた総司が言う。
「いや、お前への土産をどこへやったっけかと思ってよ」
「僕にお土産?」
「向こうの銘菓、甘くて美味しいっつうからお前が好きかと思ったんだが」
「えー!ないんですか?その鞄の中は?」
総司は、衣類の入った鞄を指した。
「………ない。どっかに置いてきちまったのかな」
「やだなぁ、エリートのくせに」
「うるせ」
総司は嬉しそうにケラケラと笑った。
昔から、土方の失敗を目敏く指摘して、おかしそうに笑う奴だった。
土方相手にそんなことができる、唯一の人間とも言える。
「まぁ、明日探しに行きましょうよ」
「そうだな……もし電車の中に置いてきたなら、駅で保管してくれてるかもしれねぇし」
総司は仕方なさそうに肩を竦めた。
「あれ、そういえば、土方さんっていつまでこっちにいるんですか?どうせすぐ帰っちゃうんですよね?」
「…そう、だな。お盆一杯はこっちにいるつもりなんだが」
「ふーん」
土方は渇きを誤魔化すように、湯呑みの茶を飲んだ。
この暑いのにまさかとは思ったが、幸い中身はよく冷えた麦茶だった。
どうやら、単にコップがなかっただけらしい。
ミツが嫁入りに持って行ってしまったのだろうか。
ふと疑問に思って室内を見渡すと、記憶の中と全く間取りは同じだが、随分雑然としていることに気がついた。
「お前、ちゃんとメシ食ってるのか?」
「はぁ?それ、土方さんにそのままお返ししますよ」
「部屋も散らかってるみてぇだが」
「あー」
総司は部屋を見回してから、面倒くさそうに言った。
「土方さんは相変わらず綺麗好きなんですね」
「生活が乱れるのはよくねぇぞ」
「ちょっと最近立て込んでたんですよ」
「仕事がか?」
総司は徐に、ちゃぶ台の下に押し込まれていた新聞を引っ張り出した。
懐かしい、地元紙だ。
「今のところ実証がないんで、大々的には発表されてないんですけどね」
一面を広げてみて驚いた。
「………神隠しか?」
見出しには、『数十年前の行方不明者、当時の姿のまま発見』と大きく書かれていた。
平和すぎてとうとう新聞に載せる題材すらなくなったのかと思うほど、その内容は一面には到底似つかわしくないものである。
土方が暮らしていた当時も、野生のウサギが車に牽かれそうになったのを助けただとか、そういう記事が一面になることがよくあったが、これは輪をかけて酷い。
「さぁ。科学的根拠は何一つないし、役所が担当すべき事柄なのかも僕にはさっぱりなんですけど、とりあえず毎日あれやこれや調べさせられてます。忙しいです」
「へぇ」
総司によると、役所の人間のみならず、医者や警察などあらゆる職種の人たちが集められ、調査している最中らしい。
「霊能者とか、神主さんとかを呼んだ方が手っ取り早いんじゃねぇのか?」
冗談めかして言ってみると、総司は何やら難しそうな顔をして考え込んでしまった。
総司のこんな顔は珍しい。
「僕たちももちろん、ヤラセとか、精神病とか、いろんな可能性を考えたんですよ。でも、辻褄があいすぎてて。DNA鑑定も本人って結果が出たんです」
「DNAも調べたのか。つーことは、幽霊ではないってことか」
「そうなんです。聴診器を当てれば心拍が聞こえるし、採血もできます。意識もはっきりしていて、食事も摂るし、排泄もあるんです。 これはいよいよ超現実的なことまで信じないと、いい加減頭がパンクしそうなんですよね」
「超現実的、ねぇ」
「…まぁ、土方さんはオカルトなんて絶対信じないタイプでしょうけど」
「まぁな」
指摘されて、土方は素直に頷いた。
現に今土方の思考は、これは総司お得意のドッキリ大作戦なのではないかという方へ向かっている。
総司は土方をからかったり騙したり引っ掛けたりするのが大好きで、土方は幾度となく散々な目に遭わされてきた。
自然と警戒心が働くように、抗体反応ができてしまっているのだ。
「これ、いつものお前の冗談なんだろう」
湯呑みを片手に打診してみると、総司は残念そうに笑う。
「だったらいいんですけどね」
とても、冗談を言っているようには見えなかった。
土方は仕方なく口を噤む。
いくらこの村出身とはいえ、もう長いこと離れていたのだ。
現在村で起きている事件には、貢献したくてもできないだろう。
「あ、そういえば夕御飯ってどうするんですか?今日は家族水入らずですか?」
「いや、お前と食う。家族は、その後でもいいだろ」
突然の話題変換に、土方は思い切り飛びついた。
昼食を新幹線で取ったきりだし、お腹と背中が今にもくっつきそうだったのだ。
家族と言っても、土方にも両親は既にない。
姉夫婦なら文句も言わないだろうと、土方は踏んだ。
「やった…!土方さん、何が食べたいですか?」
「お前、いつの間に料理なんざできるようになったんだよ」
「あっという間に、ですよ」
総司に茶化されてムッとしつつも、久しぶりに二人で過ごすことに、土方は懐かしい安堵を覚えていた。
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