大学の食堂へと一歩足を踏み入れると、多くの学生たちが食事をとっていたり、話していたり、はたまた勉強していたりと、それらから生まれる音がざわざわと食堂全体を包み込んでいた。

ここの大学は大きいから食堂もかなりの面積を有していて、長テーブルや丸テーブル、それに加えてソファや仮眠が取れるような畳なんかもあって、よく学生たちが集まる場所として使われる。
それにメニューには定番の定食からスムージーなどといった流行りのものまで取り入れられていて、わたし達学生は食堂とは言わずカフェと呼ぶことが多い。

カフェに入り空いていた隅の丸テーブルに荷物を下ろした。そこに黒のスマートフォンを見えやすい位置に置き、わたしは席に座った。

と、タイミングよく自分のスマホが鳴り、着信を示した。その番号はこれから会う予定の人のものでわたしはすぐに通話をタップした。


「はい、もしもし」

《おれだ。今から向かう》

「あ、はい、入口近くの隅の丸テーブルにいます、黒のスマホ置いてるのでわかると思います」


わかった。と少し低めの声がして通話は切られた。このスマートフォンの持ち主さんは、この間友人の携帯電話から電話をしていたらしく、充電切れもあるからとわたしの番号を教えたのだ。だからさっきの着信はその持ち主さんの友人のものなのだ。
声はうちの弟たちよりも低くて話し方もぶっきらぼう、なのに……。

ポチッと彼のスマホのボタンを押してみる。すると画面が明るくなり待ち受け画面を表示した。

「ぷっ」

このスマホを拾って3日が経つけれど、充電は残り6%となんとか持ちこたえている。
でも、今わたしが吹き出した理由は別のところにある。

待ち受け画面……、くま……!

その待ち受け画面はまんまる黒目をこちらに向ける愛くるしい白くま。この待ち受け画面を初めて見たとき、きっとこの持ち主女の子だろうと思っていた。だから初めて着信があった日かなり驚いたものだった。

電話で聞いた彼の名前はトラファルガー・ロー。なんと医学部の学生らしい。うちの学校は文系はいろんな学部での交流があるけれど、医学部とはなかなか同じにはならないからか聞いたことのない名前だった。

どんな人だろう。

もう一度彼のスマホのボタンを押してみる。表示された白くまにやはりわたしは笑ってしまった。


「おい」


上から低い声が聞こえ瞬間に顔を上げると帽子を被った男の人がわたしを見下ろしていた。
目の下に濃い隈を作っていて、それでなくてももともとの目が鋭く、単に目付きが悪い。なんて失礼ながら思ってしまった。でも鼻筋は通っていて背も高く細い。


「えっと、トラファルガー…さん…?」
「あぁ」


名前だろ?とこちらを見てニヤリと笑うと彼はテーブルを挟んでわたしの前に座った。


「あ、これ」


思い出したようにスマホを差し出すと、それを受け取った彼がわざわざ悪いな。と言ったので、わたしは笑顔で、いいえ。と言った。


「ところで、この待ち受けが何かおかしかったか?」
「えっ!?」


突然の話題にわたしが驚くと彼は意地悪そうに笑った。


「さっきからこれ見て笑ってたろ」
「見てたんですか…!」
「フッ、まあな」


鼻で笑う彼を少し睨む。気付いてたなら早く来てくれればいいのに。
というかこの待ち受けを表示したのは電話をしてすぐ。ってことは電話の時すでにカフェにいたんじゃ…。


「…トラファルガーさん性格悪い」
「人の待ち受け笑うのはどうなんだ」
「うっ…。だって、かわいい待ち受けだったんですもん」
「まぁうちのベポは世界一だ」
「ベポっていうんですね」


まさかだ。すんなり認めてる。
それに世界一だなんて結構な親バカ。こんなにも見た目キツそうなのに、意外すぎる。
わたしがぽけーっと彼を見ていると、彼は立ち上がった。


「じゃあ行くか」
「あ、はい、じゃあわたしも帰ります」


目的は果たしたし、帰って夕飯の支度をしなければ、かわいい弟達がお腹をすかせて帰ってくるんだから。のだけど、トラファルガーさんに手首を掴まれ抵抗する間もなく、彼と同じ方向に歩き出してしまった。


「えっ?あの、トラファルガーさん?わたしこっちじゃないんですけど」
「あぁ、こいつの礼に飯奢ってやるから来いよ」
「え!いやいやいや!お礼なんて大丈夫です!わたしこの後用があるので…!」
「用?」


強引に連れて行かれるのかとも思ったけれど、思いの外わたしの言葉に立ち止まってくれた。突然だったからわたしは彼の背中で鼻をぶつけたんだけど。
鼻を抑えて顔を上げればトラファルガーさんが目だけでわたしを見下ろしていて、わたしは少し身体が慄いた。


「用ってなんだ、デートか?」


ニヤリと唇を片方に上げ見下す様に言われ、怖くて首を振ることしか出来なかった。


「ゆっ、夕飯の支度がありましてっ!」
「晩飯?んなもん誰かに頼め」
「弟たち料理出来ないんですよ、それにわたしが作らないとあの子達お腹空かせて倒れちゃう…」


十分現実になり得ることがわたしの頭に浮かんだ。わたしが今どんな顔をしているのかはわからないけどきっと泣きそうな顔でもしているんだと思う。目の前のトラファルガーさんが若干引いているから。しばらく考えるようにして彼はハァとため息を吐いた。


「……わかった。だったら弟たちも連れて来ればいい」


彼がすごく素敵な提案をしてくれた。のだけど、それもうちの弟たちの食欲を考えると承諾できるものではなかった。


「言っておくが弟たちのも奢るぞ?」
「えっ、いや!それは!実はあの子たち……食欲がすごすぎて……」
「食欲?」
「はい…、もうほんと、すごいんです」


わたしが苦笑いで、なので今回は。と続けようとしたのだけど、彼はそんなことは気にしなくて大丈夫だと少し笑った。
晩飯放置出来ないなら呼べ。と睨まれわたしは身体を強張らせながら、スマホを操作した。


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