ユマちゃんに協力してほしいと言われて数日。
一体どうすればいいのかと悩んだものの、わたし自身の生活が変わるわけではない。
いつものように操舵室へ行って、進路の決定から何からを相談して、余裕があれば書庫へ行って本を読む。
今も操舵室の窓から、エースくんとユマちゃんの姿が見えた。最近ではエースくんとユマちゃんが一緒にいるのを見かけるようになり、彼女の恋は上手くいっているのだと思った。
それに夜、就寝前にはユマちゃんがわたしの部屋を訪れて来てエースくんとのことをいろいろ話したり、エースくんの好物だとか昔の話だとかをいろいろ聞かれる。
それが嫌なわけではない。もちろん。
だけど、正直、エースくんのことを話すことへの抵抗感のようなものはある。
彼のプライバシーに関わることなんじゃないかとか、こんなことまで教えてしまっていいのか。とかいろいろ言い訳は浮かぶ。だけど、どれも違う。
自分が話したくないのだ。
自分しか知らないエースくんのことをユマちゃんに教えたくない。こんな感情があることに気が付いた。幼なじみだからなのかな。
今までずっと一緒にいた。そこまで距離が近かったわけじゃないのに、わたしよりもエースくんに近づこうとしているユマちゃんが羨ましい。
わたしが長年かけて築いてきた距離でさえユマちゃんは簡単に飛び越えて彼の隣に立つのだろう。
そうなった時、わたしは一体どうなるのだろう…。
不安が胸の中に押し寄せる。
自分の居場所を奪われる不安。
腕を枕に机に伏せる。
「はぁ…」
こんなことを考えている自分が嫌だ…。
ユマちゃんとエースくんには上手くいってほしいのに。自分の居場所の心配なんてわたし…。
「ここにいたのか」
「…!?」
突然の声に驚いて顔を上げるとそこにはエースくんがいた。
わたしの隣に立ってこちらを見下ろしている。
「こんなとこで寝るなよ。風邪ひくぞ」
「ね、寝てたわけじゃ…」
驚くわたしを他所にエースくんは椅子を引いてわたしの隣に座った。
そして、顔に手を伸ばしてくる。
「跡ついてるぞ」
そっと、頬辺りをなぞられる。
机に伏せっていた時に頬に跡がついてしまったのだろう。寝てたわけじゃないけど。
エースくんはその跡を見つめながら指を動かす。
なんとなく危ない雰囲気だと頭ではわかっているのに、その行為を止めることはしなかった。
だんだんとエースくんの顔が近づいて来る。
もう何回も経験した。いつものだ。
視界にエースくんがいっぱい広がって、もうエースくんしか視界にないくらいに近づいて、ギュッと目を閉じる。もうすぐ、唇が…。
『実はあたし、エース船長のこと好きになっちゃったの…!!』
咄嗟に顔の間に手を差し込む。パシッと音がしてエースくんの顔が止まった。
手にエースくんの温もりが伝わって来る。
目を開けば、驚いているのか何が起こったのか分からないという表情を浮かべたエースくんと目が合う。見ていられなくてすぐに手を引いて、目を逸らした。
「ご、ごめんなさい…ッ。今はそういうのは…ちょっと…」
机に目をやってそう言う。
突然拒否するなんて怪しまれるかな。
もし、何かを感づかれたりしていたら、ユマちゃんのことだけは隠さないと、きっと彼女のタイミングで気持ちを伝えたいだろうから、ここでわたしが言ってしまったりなんてしたら……
「……そうか」
意外にもエースくんから放たれたのはその一言だけだった。
不意をつかれたわたしは一瞬固まるけれど、驚いて顔を上げる頃にはエースくんはすでに席を立っていた。そして、そのまま操舵室から何も言わずに出て行ってしまう。
その姿を見送り全身が脱力する。
「は……」
息を吐くように出たのはその一文字だけだった。
これでよかったのだと思う反面。エースくんに嫌われてしまったのではないかと不安が押し寄せた。
でも、ユマちゃんを裏切るような行為が出来ない。
やっとできた。大切な友達なんだから…。
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