じんわり何か温かいものが額に触れたことで意識が浮上する。

それが誰かの手だと気付いたのはすぐ。

でも目を開けることがとても億劫で、その手の動きを感じていた。

額にあった手は頬へと滑っていき、そのまま指先で軽く目元をなぞられる。
たったそれだけの動きがとても心地よくてわたしはまた意識を手放した。











「ん…」


次に意識が浮上した時には少しずつ目を開けることが出来た。
見えたのは自室の天井。

見慣れたはずのものなのに、とても久しく感じた。
なんとなくまだ頭がボーっとする。

その時ガチャと扉が開き人が入って来た。

布団の中から頭だけ扉へ向けた。
そんなわたしに気が付いたのか、入って来た本人は少し目を見開いた後、安心したような表情になる。


「お。起きたか」
「エースくん…」


エースくんは机の椅子を持って来てベッドの傍に座った。
手が伸びて来て頭を撫でられる。

とても穏やかな表情をしている。

何も言わず、何かを確かめるみたいに何度も何度も繰り返される。


「エースくん」


エースくんを見つめながらその手に触れると、彼は少し驚いたのか動きを止めた。
彼の手をとって形を確かめるように触れていく。

今度はエースくんがされるがまま。わたしは彼の指先から手首まで触れてその温もりを感じた。
自分の目にじんわりと涙が溜まってくる。


「ッ…おかえりなさい…」
「ふはっ。あぁ、ただいま」


エースくんは優しく微笑んでくれた。

無事に帰って来てくれたと改めて感じる。

よかった。本当によかった。
目を覚ました時、あれが夢じゃなかったのだと彼の姿をみて安心した。

両手でエースくんの手を握り締める。

温かい…。

ちゃんと戻ってきてくれた。


「無事に逃げられたのは名前のおかげだってみんな言ってたぞ」
「え…?」
「さすが、おれの見込んだ航海士だな」


得意げに微笑むエースくんを見てわたしも笑ってしまう。

島を出てすぐの頃は、エースくんの旅に航海士が必要だからわたしを選んだんだと思っていた。
だから。まさかこんな、うれしい言葉を言って貰えるなんて思っていなかった。

さっきとは別の意味で涙が零れそうだ。


「でも、無理しすぎだろ。二日も寝込むなんてよ」


ペシンと額を指で弾かれる。痛みなんて感じないくらい弱い力。
反射的に額を抑えてしまうも衝撃的な言葉に彼を見つめてしまう。


「え!二日!?」


わたし、二日も寝込んでたの!?

なんてこと…!!
また迷惑をかけてしまった。きっとまた誰かがわたしの分も働いてくれたんだ。
きっと今も。そんなの申し訳ない。


「おい、どこ行こうとしてんだ」


布団から抜け出そうとすればすぐに腕を掴まれた。
肩を押されてベッドへ戻される。


「おれがいない間無理してたんだろ」
「でも…」
「寝てろ。船長命令」
「そんなの……ズルいよ…」


船長命令なんて言われたら逆らうわけにはいかないじゃないか。

そう言えば少し考える仕草をしたエースくんはニッと口角を上げた。
まるで、イタズラを思い付いたときの子供のような表情だ。
なんとなく嬉しそうにも見える。


「じゃあ…」


手が伸びてくる。
一体何をされるのかとその手の動きを見ているとそれはわたしの頬に触れた。
包み込むように両手で挟まれる。

布擦れの音もして、左側に少し重みを感じる。

気付いた時には目の前にエースくんの顔があって
さっき同様、いたずらっ子のような表情。

そして

目の前が真っ暗になる。

唇には柔らかい感覚


それはもう、何度も触れたことのある。

覚えてしまった。

エースくんの唇の感覚を。

軽く啄ばむように数回キスをする。


そして、唇は離れていったけど、手はそのままで、顔の距離も近いまま。
エースくんはまだ足りないと言うかのように唇を舐め、目を細めた。


「寝るか。おれの相手。どっちがいい?」


ぶわっと顔に熱が集まる。

今のエースくんの顔を見ていられなくて咄嗟にギュッと目を閉じる。


「ね、寝ますッ!!」


ははっ。とエースくんの笑い声。

と、同時、左側にあった重みはなくなっていて、気付けば手も離されていた。

目を開けば少し離れた位置からエースくんはカラカラと笑って手を振っていた。


「じゃ、しっかり休んどけよ」


バタン。と扉が閉まる。


ハッとして布団を引き上げ顔を埋める。

自分の心臓の音がうるさい。


「か…、からかわれた……」

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