ジャパニーズ・コヨーテ

「ジャパニーズ・コヨーテ…ですか?」
「ああ、そうだ」

 長身の鳳よりも歩幅が大きくて早い、跡部の歩みは夕暮れの歌舞伎町へ向かっていた。

「発信はニューヨークだが、バーテンダーが過激に踊るなどのパフォーマンスをする【コヨーテ】は、アジアに進出して拡大している。客はお酒を飲みながら踊り子のダンスを見るだけ。健全なナイトクラブだろ?」

 はあ、と生返事をする鳳の頭の中で、コヨーテと呼ばれる女性たちがストリップをしながらポールダンスをする映像が流れていた。

「じゃあこれから行くお店は、跡部さんが新規開店するクラブで雇いたいストリッパーを…」
「アーン?俺の話をちゃんと聞いてねえのかよ鳳。スカウトしに行くのはストリッパーじゃねえ、バーテンダーだ!」
「はい!すみません!」

 跡部に一喝され、鳳は大きな体を子犬のように縮こまらせた。


 そうして二人は、歌舞伎町の表通りから路地に入り、さらに進んだ先にある袋小路の建物の階段を地下へと降りていった。

 バーの扉は重厚な革張りで、その黒ずみ具合から相当な時代を感じさせる。看板は無く、明らかに一見さんお断りの店だ。

「いらっしゃいませー」

 薄暗いが上品な雰囲気のある店内は、カウンター席が6席とボックス席が2席。お店の規模の割には大きなカウンターの向こうに、長髪を後ろで軽く結んだ若い男が立っていた。

「なんだ、跡部かよ」
「客に向かってなんだはねえだろ宍戸?モンマルトルを頼むぜ」

 時間が早いので客はおらず、跡部は宍戸の前のカウンター席に座り、鳳はその左隣に座った。

「はいはい。で、こちらのお連れさんは?」
「あ、はい!初めまして、鳳長太郎と申します!今年アトベ・グループ・コーポレーションに就職した社会人1年目18歳です!」
「いやいや、おたくの事じゃなくて、何を飲むかって?」
「え!?あ、すみません!ウーロン茶お願いします!」
「りょーかい」

 初体験の大人の空間にとても緊張している鳳が、宍戸には面白かった。

「ってか、珍しいな跡部。ここにダチ連れてくる初めてだよな?」
「友達じゃねえよ」
「じゃあ恋人か?」
「ええええええ!!!!俺と跡部さんが!!???」
「ハハハ!違うみてーだな」
「当たり前だ」
「当たり前ですよ!」

 声を出して笑いながら、宍戸は慣れた手つきで注文されたカクテルを作り始めた。
 カウンターの上に出したグラスに、氷と水を入れ細長いスプーンでくるくると回す。

「お前はさ、こういうお店初めてなのか?」
「はい!初めてです!なんだか、社会人になった実感がします!」
「まあ、未成年だからまだお酒は出せねえけどな」
「はい!未成年なのが、残念です!」
「ハハッ!面白いなあ、気に入ったぜ!でも敬語じゃなくていいぜ。堅っくるしい好きじゃねえからな。あと俺はお前の事、長太郎って呼ばせてもらうな!」
「は、はい!宍戸さん!喜んで!」
「よっしゃ!じゃあ今日は長太郎と初めて会った記念に、いいモン見せてやるぜ!」

 そう言うと、宍戸はグラスに入っていた水だけを捨てると、棚のボトルとカップを両手に持ち、右手のボトルをくるっと回して、後ろ手で宙に放った。

「わっ!」

 ボトルが床に落ちて割れてしまうことを想像した鳳が思わず声を上げたが、ボトルは数回転しながら宍戸の前に現れ、左手に持ったカップがそれを受け止めた。
 それからボトルとカップで宍戸はジャグリングを始め、その華麗な技に鳳はまばたきをするのも忘れて見入ってしまった。

「フレアバーテンディングって言うんだぜ。世界大会もあって、俺は来年のルーキー部門を目指してんだ。本来は音楽を流しながらやるんだけど、勝手にBGM変えられないから勘弁な」

 自由自在にボトルとカップを空中で操る宍戸に、鳳は尊敬の眼差しを向けていた。

「ほらよ。出来たぜ、お客様」

 跡部の前に、チェリーとレモンが添えられた琥珀色のカクテル、モンマルトルが差し出された。鳳の前にはロンググラスに注がれたウーロン茶が出された。

「ていうか、跡部がそれを初めに頼むのも珍しいよな。いつもはシメで飲んでるのに」
「いや、最後だぜ」
「はあ?」
「俺がこの店でお前の作った酒を飲むのは」
「なに?もう来ないって事か?というか、ちょっと待てよ。跡部お前さ、いつも俺のツケで飲んでるよな?それを払わないでトンずらする気か!?」

 カウンターから身を乗り出す勢いで跡部に食いかかる宍戸に、鳳はあわてふためいた。

「け、喧嘩は止めて下さい二人とも!」
「アーン?俺は喧嘩してねえだろ、どう見ても」
「ふざけるなよ!おい跡部っ!!今日こそ金払えよ!じゃねえと俺はずっとここで働かされるってわかってんだろ!!」
「宍戸さーん!!」

 跡部に掴みかかろうとする宍戸の手を、鳳が取り押さえた。

「離せ、長太郎!」
「出来ません!これでも跡部さんはグループの御曹司で、俺はそこの平社員で、例え跡部さんがどんなにケチで横柄で泣きボクロでも、一方的な暴力を見過ごすわけには…!!」
「今までのツケは返すぜ。ほらよ」

 ドサッと音がするくらいの札束が、押し相撲する二人の前に置かれた。

「俺のツケ分、残りはここの借金分だ。マスターにはもう話を通してある。テメーはもう、この店に必要ねえんだよ」
「ちょ、跡部。お前…」
「俺のところに来い、宍戸よ」
「なに、言って…」
「給料は月額制。福利厚生も付ける。時間は18時から26時。定休は日曜日。あとは応相談だ。大会で賞を取れば、資格手当てとして上乗せするぜ」
「何だよ、急に…どうしたんだよ!」
「オープンの日程や場所はこいつに聞け。説明できるよな鳳?」
「はい!大丈夫です!」
「おい、跡部!」
「じゃあな。俺の店で待ってるぜ」

 空になったグラスを置いて跡部は席から立ち上がり、さっさと店から出て行ってしまった。

 鳳は困惑している宍戸の手を、ぎゅっと握った。

「宍戸さん、僕たちと一緒に来てください!お願いします!宍戸さんの演技は、すごく素晴らしいです!」
「一緒に、って。ちょっと待てよ長太郎。俺さっきから話が全然見えてねえんだけど…」
「宍戸さんは、ジャパニーズ・コヨーテです!」
「だーかーらーなんだよ!なんだんだよ、お前らはっ!!!」

 いつまでも手を離さない鳳の頭に、宍戸は強烈な頭突きをかました。


 そこにいる全ての人が、夢を見て、夢を実現させる空間。

 女性限定会員制の健全なナイトクラブ【ブリリアント・ライム】がオープンする、少し前のお話。


end.


【87/100】コヨーテより。
拍手より移動。『コヨーテ・アグリー』という映画を参考にしています。
氷帝メンバーを中心とした、brilliant rime(ブリリアントライム)シリーズの始まりです!



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