単純明快

 学校の近くにある動物園で、オカピの赤ちゃんが産まれたというニュースが流れた数日後の、昼休みに柳生が声をかけてきた。

「柳くん。今度の土曜日にオカピを見に行きませんか?」
「オカピとは、ジャイアントパンダとコビトカバに並んで世界の三大珍獣と呼ばれる、1901年にコンゴ民主共和国でイギリスの探検家ハリー・ジョンストンが発見した、体は濃い褐色で尻と足はシマウマのような模様がある、キリン科の動物のことか?」
「はい。お詳しいですね」
「姉が好きでな。連日動物園に通っていて、家でもオカピの話ばかりするので詳しくなった」
「では柳くんも、もう見に行かれたのですか?」
「いや、まだだ」
「そうですか。それなら是非」

 紳士的な笑みを浮かべる柳生に俺は頷き、待ち合わせは朝9時、学校の校門前となった。



 柳生が動物に興味があるとはデータの範囲外だ。彼は俺と同じ、図書館のような静かで無機質な場所を好んでいる。

 なので動物園の誘いに乗ったのは、自分の好奇心と探究心が先立ってしまったからなのだが、土曜日に待ち合わせ場所に着いた時、柳生の隣に同級生の女子が二人いる姿を見た途端に、その心は萎んでしまった。


「あからさまでしたよ」
「それはすまなかった。しかし、お前が騙ましうちをするとはな。仁王に似てきたんじゃないのか?」
「二人で行きましょう、とは言いませんでしたよ。それに女性の頼みを断ることは出来ませんから」
「わかった。お前、実は仁王だろう」
「いいえ。本物の柳生比呂士です」
「ならば証明してみろ」
「それは困りましたね」

 柳生は楽しそうに笑っているが、俺は待ち合わせ場所からずっと無表情だった。怒っているわけではないが、自分のデータが通じない状態になると、どう行動すればいいのかわからなくなり困るのだ。
 幸い、動物園に入園してすぐに女子たちはモルモットとヒヨコに触りたいと言ったため、俺たちは女子がふれあい広場で抱き方のレクチャーを受けている間にアフリカゾーンへ行くことにした。

「先に行って良かったのか?」
「よろしいのではないでしょうか?私が彼女に頼まれたのは、柳くんを動物園に誘う事だけでしたので。どうやら彼女のお友達は、柳くんに気があるようですよ?」

 どうですか?と柳生に聞かれたが、俺は答えようが無かった。女子たちの名前と顔は覚えてはいるが、それ以上の情報は無いからだ。

「つまり彼女たちは、柳くんにとってオカピ以下、ですか。可哀想ですね」
「お前が誘った時に、女子たちも来ると一言いえば調べていたさ」
「そうですね。きっと柳くんは彼女たちの誕生日、血液型、好きな物、嫌いな物くらいは調べたでしょう。その上で今日の動物園ではどのようなルートで回れば、彼女たちはより楽しく過ごせるかなどを計算してきたでしょうね」
「そうしただろうが、それが悪いのか?」
「全く悪くありませんよ」
「ともかく、お前が悪い」
「申し訳ありません」
「本当に仁王ではないのか?」
「違いますよ」
「いま正直に正体を現すなら、許してやるぞ仁王」
「ですから…困りましたね」

 少しも困っていない柳生に、柳は溜め息をついた。
 本物の柳生ということは、わかっている。骨格と目の形は、たとえ仁王の変装でも変えられない。

「わからないな」
「何がでしょうか?」
「彼女の友人が俺を目当てであれば、お前はその旨を俺に伝えてから動物園に誘った方が得策だった。俺の興味が少しでもその子に向くようにするには、な。」
「そうですね」
「だがお前は、その子の存在を隠していた。また今も、別行動を取ることで俺とその子の仲を取り持とうとしない」
「その通りです」
「お前の目的は、そもそも違っている。動物園にオカピを見る事でもなく、俺に好意的な女子との関係を深めさせるためでもない。これはつまり、」
「私が柳くんとデートをしたかった」
「という答えしか導かれない…信じられないな」

 もう1度ため息をついた俺の背中を、柳生は軽く押してきて、俺たちは歩みを少し速めた。

「どこでも良かったのです。学校とコートと図書館以外で、柳くんはどんな表情をするのか、見てみたかった。ほら、もうすぐオカピのいるゾーンですよ柳くん」
「お前の同級生は、お前に気があってお前を動物園に誘ったのだろう。だが初デートで二人きりは気まずいので、友人も交えて一緒に行くことになった。お前は誘う相手に、俺の名前を出した。同級生の友人の中に、俺に好意をもっている女子を知っていたからだ」
「すべて『偶然』ですよ」
「お前がそんな奴だとは思わなかったぞ、柳生。一石を投じて何羽の鳥を打ち落とす気でいたんだ?」

 急に立ち止まると、少し前に出た柳生が俺に振り返った。
 ようやく、少し困った表情を見せた。

「確率が低ければ、それを行うべきではないと思いますか?」
「なんだと?」
「柳くん。貴方が私のことを好きになる確率を、教えてくれませんか?」
「俺が、お前を…?」

 柳生の質問はデータの範囲外にあったので、俺は再び答えに窮してしまった。

「いいですか柳くん。好きというのは…恋というのは、打算せずに、言葉が、体が、勝手に動いてしまうものなのです」

 垂れ下がっていた俺の手が、柳生の温かい手に触れられた。
 瞬間、体の中に熱の塊のようなものが突如生まれた。全身の毛が逆立ち、心臓と呼吸が止まりそうになる。
 柳生に見られていること、触れられていることが急に恥ずかしくなり、俺は柳生の手を振り払って背中を向けた。

「耳が真っ赤ですよ、柳くん」
「うるさい」
「ようやく、私の気持ちが貴方の心に届いたんですね」
「黙れ」
「好きです、柳くん」
「わかっている…いや。今、わかった」
「もう1度、質問します。貴方が私のことを好きになる確率を、教えてくれませんか?」
「俺が、お前を好きになる確率は…」

 柳生の告白で、俺の頭の中は真っ白になっていた。これからの二人の未来、周囲への反応と対策、それより先に柳生に利用された女子たちへの対応、諸々が全く計算できない。
 だが完全停止した頭とは裏腹に、口は自然と言葉を紡ぎ出していた。
 質問の答えは単純明快。
 俺の心はずっと、柳生に向かっていたのだから。


【end】

前のHP【mono sex's love】の66666番を踏んでいただいた、メイサ様に捧げます。
大変遅くなってしまい申し訳ございませんでした。
柳生の方がよっぽど打算的ですね!



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