持て余すもの


「野村君、僕の消しゴムを知りませんか?」

 憮然、という文字を顔を張り付けた観月が、わざわざ俺の部屋までやって来た。

「どうしたの?」
「知らないかと、聞いているんです」
「それは聞こえていたけど」
「ちょっと失礼」

 そういうと観月は、ヅカヅカと足音を立てて部屋に入ってきた。
 寮の部屋に備え付けの勉強机はふたつあって、俺がいま座っていない方の、柳沢の散らかった机の前に観月は立つ。

「きっとここにあるんです。絶対にそう。間違いない」
「柳沢に貸したの?」
「いいえ。僕は貸していませんが、彼が僕の私物を無断で使用することは多々あるので」

 乱雑に積み重なった教科書やプリント類やボールペンやガムテープを忌々しそうに、しかし綺麗に整理整頓しながら、観月は自分の消しゴムを探していた。
 俺は回転椅子の背もたれに寄りかかり、パーカーのポケットに両手を突っ込みながらその様子を見ていた。

「観月は、消しゴムは1個しか持っていないの?」
「とんでもない。消しゴムはダース単位で買いますよ。しかしですね、他にもあるからと言って、無断借用されたものをそのまま譲渡するなんてことは、僕にはできません」
「そうなんだ」
「あー全く!どうして彼は整理整頓が身についていないのでしょうね!これじゃあ探し物もすぐに見つからないじゃないですか!」

 イライラしながらも、観月は柳沢の机の上を美しく整え、そしてそこに探していた消しゴムが無いことに落胆した。

「残念です。ここでは無かったようですね」
「次はどこへ行くの?」
「そうですね。バカ澤……もとい、赤澤部長の部屋にでも行ってみましょうか」
「わざわざ散らかっていそうな部屋へ行くんだ」
「ええ。そうですよ。僕は明日から少し実家へ帰省しますので。今日中に、消えた僕の消しゴムを探さないと」

 そう言って鼻を鳴らした観月は、消しゴムを探すのが目的か、それともただ散らかっている部屋を片付けたいだけなのか、俺にはわからなかった。

「もし」
「はい?」
「もし、消しゴムが見つかったら、赤澤部長の部屋には行かない?」

 パーカーのポケットの中で、遊んでいる手が小さな塊を掴む。

「でも消えた消しゴムが見つかったら、観月は今日中に実家に帰るの?」

 そして掴んだそれを、ポケットの中で手放す。

「野村君」

 目を細めた観月が、俺のすぐ前に立つ。
 少しかがんで、俺のパーカーのポケットに、手を入れてくる。
 クセのある柔らかな髪の毛から、ふんわりとフローラルの良い香りがした。またシャンプー変えた?
「ちょっと、これ」

 パーカーのポケットの中で、小さな塊を握った手を、掴む。

「やだー観月のエッチー」
「失礼な、誰がエッチですか!それよりも、ここに何かありましたよ!手を離しなさい!」
「やだー」
「野村君!」
「じゃあ、拓也って呼んでよ」
「……は?」
「拓也、って呼んだら離してあげる」

 間の抜けた表情から、徐々に赤みを増していく観月の顔。

「いい加減にしなさーい!!」

 怒声と共に、ガツン!!と額同士がぶつかった。目の前に星が散る。

「痛いよ観月ー」
「君がふざけているからでしょう!自業自得ですよ!」

 頭突きの衝撃で、思わず観月の手を離してしまった。パーカーのポケットの中の小さな塊は、観月の掌でカシャカシャ笑っている。

「マッチ箱?」
「商店街でもらったんだよ」
「寮の中は、火気厳禁ですよ。危なっかしい。これは風紀委員として、没収します」
「どうぞどうぞ」
「それでは」

と、そそくさと立ち去ろうとする観月の背中に声をかける。

「ねえ観月、俺の『消しゴム泥棒』疑いは晴れたのかな?」
「……ええ」
「俺を疑ったことに対して、何か一言」
「……すみませんでした、野村君」
「拓也」
「……すみませんでした、拓也君」
「君、いらない」
「もういいでしょう!」

 バンッ!と音を立ててドアを閉められた。
 観月の足音が遠ざかっていく。静かになった部屋で、俺は椅子から立ち上がって、自分の机の一番上の引き出しを開けた。
 使いかけの、小さな消しゴムがひとつ。

「さて、どうしたものかな」

 観月の消えたはずの消しゴムと、自分の気持ちを、掌で持て余す。



【おわり】

【end】

【24/100】ガムテープより。
寮の中でのお話でした。部屋割は、安定のねつ造。
2015/11/30 up





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