僕らがつくる三角形


 圧倒的。完全無欠。

「ゲームセットアンドマッチ、ウォンバイ手塚国光!」

  中三の先輩方が引退した後、一年と二年の部員たち出場する新人戦。ブロック予選の個人戦で、それを僕らに強く印象付けた一人のテニスプレイヤー。
 トーナメント戦で次々と同校部員が敗退していく中、彼は更なる高みを目指して勝ち進んでいた。

「肘の負傷なんてデマじゃねーの?」
「レベルが違いすぎるだろ。負けて当然」

 敗者の言葉は、勝者への嘲り。

「さすが手塚!格が違うな!」
「お前に勝てるヤツなんていねーよ」

 既にトーナメントから外れた先輩方が彼を誉め称えるも、自分たちとは一戦を画した言い方をして、彼を孤高の人へと押し上げてしまう。

(そんなことしないでよ)

 僕の心の声は、口には出ない。




 新人戦予選ブロック個人の結果。 決勝戦は、 手塚の負傷した肘の痛みに限界が来て棄権したものの、青春学園―青学では手塚の準優勝が最高順位だった。僕、不二周助は8位。あと同じ一年の乾貞治が16位。来月の新人戦本選に出場できるのは6位までなので、青学からは手塚だけが出場となる。
 大会後のミーティングで、顧問の先生も先輩方も、手塚よくやった頑張った、本選も頑張れ、と笑顔で拍手する。それに呼応して、みんな拍手する。
 僕もみんなと一緒に手は叩いたけど。とても乾いた音だった。


 ミーティングの後は現地解散散となり、各々が仲間と肩を並べて談笑しながら帰路につく。
 しかし手塚は一人、黙々と歩いていた。功績を残した彼をあんなに讃えても、彼と肩を並べて歩く者はそういない。普段から言葉数が少なく、無表情のためいつも何かに怒っているように見える容姿が取っ付きにくいけれど、きっと原因はそれだけではない。
 そんな彼の後ろ姿を見つめるのは、僕と、もう一人。
 ひょろりと背が高く、黒縁眼鏡をかけてブツブツ独り言を言いながらノートを取っている乾。

「話しかけないのか?」

 手に持ったノートを見たまま、乾は僕に話しかけてきた。

「唐突だね」
「俺が今日見ている限り、不二は手塚のことを三時間三十九分見ている」
「ということは、君はそれ以上に手塚や僕のことを見ているってことだよね?」
「しかし見ているだけで、手塚に話しかけた回数はゼロ。いい加減、話しかけたらどうだい?いまが最後で、絶好のチャンスだと俺は思う」
「そっちこそ」

 僕と乾は並んで手塚を見る。
 彼は後ろを振り返らず、脇目も振らず、自分の歩みを黙々と進めていた。僕と乾は一定の距離を保ったまま、彼の後ろを歩く。

「そういえば、試合中もずっとメモしていたけど。そのノートは?」
「手塚のデータだよ」
「何に使うの?」
「手塚攻略」
「へぇ。君は手塚に勝つ気なんだ」
「負ける気はない」
「そう」
「不二周助」
「なに?」
「君はどうなんだ?」
「なにが?」
「俺は見ている限り、君も手塚をずっと観察していた。ただのファンではないよな?」
「まさか」
「じゃあ恋?」
「ちょっと!」
「冗談だよ」

 手塚を頂点とした、僕と乾が作る三点の美しい三角形。
 今、この瞬間は、誰もこの中に入ることはできないだろう。
 この距離を縮めて、ひとつの同じ頂点になることができるのは、おそらく僕らしかいないから。

「俺は恋かもな」
「うそ?!」
「また引っ掛かった」
「……ズルいね」
「でも、いつまでも手塚に置いていかれるわけにはいかない。行くぞ」
「待って、僕も!」

 僕と乾の声が重なり、走りだす。

「「手塚!」」

 僕らの呼び掛けに振り返ろうとする彼の腕を取る。右は乾、左は僕。

「なんだ?」
「一緒に帰ろうよ」
「ついでに手塚のプライベートのデータを取らせてくれ」
「一緒に帰るのはかまわないが、プライベートには干渉するな」
「えええ」
「ぷっ。フラれたね乾」
「俺は諦めない!」
「クスッ。僕もだよ」
「待て、何の話だ?」
「何でも無い」
「何でも無いよ」
「そうか」

 乾はポーカーフェイスを保っているけど、僕はもう笑っていた。突然話しかけられて腕を組まれて、少し迷惑そうに眉間にシワを寄せつつも突き放さずに受け入れている手塚が面白くて。

「次の交差点、右折します」
「待て乾、俺の家はそっちじゃない」
「そうだっけ?」
「しっかりしてよデータマン」
「データ不足だった。じゃあ手塚に家まで案内して」
「いや、結構だ」
「あは。またフラれてる」
「何度でも諦めないぞ手塚!」
「フッ」
「あれ?いま笑った手塚?」
「笑ってはいない」
「うそ。笑ったよね?」
「笑ってはいない」
「じゃあそこでポテトとシェーキを飲みながら、真相を確かめようか?」
「俺はアイスコーヒーと三角パイ」
「ちょっと待て」
「手塚は水にする?それともスマイル?」
「それは売っているものなのか?」
「……まさか手塚、ファーストフード店へ行くの、初めて?」
「初めてだ」
「なるほど。いいデータが取れそうだ」
「じゃあ、ここから先は僕らに任せて」

 笑いながら、僕らは前に進む。
 今度は僕と乾が手塚の手を引いて、綺麗な逆三角形を作りながら。

「行こうか手塚」
「僕らと共にね」
 

【end】


【end】

【29/100】デルタより。
デルタといえば、三角形。三角形といえば、旧三強!
2016/01/20 up





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