鬼さんこちら、手の鳴る方へ
鬼が人里に出てくる有名な理由。
食糧(野菜肉人間など)を狩るため。金品を強奪するため。単に暴れたいから、などなど。
すぐにいくつか思い浮かぶと思うが、どれも酷く印象の悪いものである。
かといって、いま挙げた理由が全て否定できるかといえば、そうではないのだけれど。
少なくとも、私は違うと言いたい。
「今宵もやって来おったか、鬼よ」
人里へ繋がる一本橋の上。子の刻を回った頃に、私はそこへ行く。
顔と胴を朱色に塗り、額から二本の角を生やし、隆々の筋肉を虎の毛皮で半分隠した、鬼としては理想的な格好だ。
鉄で出来た棘(とげ)付きの棍棒を担いで、私はいやらしく笑う。
「また一人で来たのか、わっぱ」
「わっぱではない。だがお前のようなものに、名乗る名も無い」
「人の子の名になど興味は無い。さて今日こそ、そこを通してもらおうか」
「断る!」
最初に、この人の子に会ったのは十年ほど前だった。
鬼同士の懇談会が終わった後、私は帰り道をうっかり誤って人里に近い道へと出てしまった。
その時も、子の刻が過ぎたころ。人里へ繋がる一本橋の袂(たもと)に、小さな藁の山が積まれていた。こんな所になぜ、と思った時。その藁の中から幼子の手がにゅっと出てきた。
私は驚いてそこへ近づき藁を払うと、骨が浮き上がるほど痩せ細った幼子が、それに包まって寝ていた。
夏は終わりに差しかかり、夜になってもまだ蒸し暑い日ではあった。しかし明かりもない人里から離れたこんな所に、この子をわざわざ置いていった人の親がいるのか。私の知る鬼の子だって、こんな扱いをされたことなどない。
その時の私は、言い様の無い憤りを感じていた。懇談会で飲んだ酒が回って、感情的になりやすかったのかもしれない。
私は藁で雑に包まれた幼い人の子を腕に抱え、その橋を渡った。
寝静まった村に人の気配は無い。私は足音を忍ばせ、連れてきた子をその村で一番裕福で権威がありそうな家の軒先に置いた。それから急いで渡った橋まで戻り、大きく息を吸い込んで、咆哮した。
「うおおおおおおおおおおおん!!」
大地を響かせるように、足音を立てて里へゆっくりと向かう。出来るだけ多くの人間が起きて、鬼である私の姿を見て怯えるように。
酒を飲んだ後ということもあり、私の全身は真っ赤に色づいていた。呼吸が荒く、口からは臭い息を吐いていた。月夜が明るかったので、その異形の姿は村人たちによく見えただろう。
闇雲に手や足を振り回しながら、先ほどの人の子を置いた家へと私は進む。人々は火を焚き、竹槍のような長い棒を持って私を追い返そうとしたが、私は気にも止めない。石を投げられても、構わず進み続ける。
そして先ほどの家の前へ。家主とその妻と思われる男女が、軒先に出ていたものの足元の子供に気付かずに、ただ私の姿を見上げて怯えている。
私は再び、身の毛がよだつような咆哮を上げると、男女に襲いかかる振りをした。しかし、寸前でそれを止める。
襲いかかる態勢を取ったまま、その男女に小声で話しかけた。
「足元の子供を拾って、私の前に差し出せ」
男女はその時になってようやく、足元にいる人の子の存在に気付いた。そして私の言う通りに、震える手でその子を抱き、私の前に差し出してきた。
すると私はまるで豆を打たれた鬼のように、急に体を縮めて怖がる素振りを見せた。その人の子を恐れ、逃げるように走って人里を離れ、一本橋を渡って姿を隠した。
それから毎年。
私は同じ日の同じ時間に、この一本橋を渡るようにした。
村人たちはその度に、一年成長した人の子を私の前に出し、それを見た私は怯えて逃げ帰るという行為を繰り返した。
やがて人並みに大きく成長した人の子は、橋の上で私を待つようになった。
私は慣れてきたように、すぐに逃げださず、人の子と二言三言を交わすようになった。
今では丑の刻くらいまで、のらりくらりと人の子の竹槍を躱(かわ)しながら、一年の成長を楽しんでみている。
ほら、鬼(私)はここだぞ、と手を鳴らして。
【おわり】
**365日のお題〜二月/3.節分**
(2014.3.20)