事件性はありますか?
さて、みなさんお揃いですね。
それではこれから、この事件についての真相を語りたいと思います。
みなさんご存じの通り。昨夜の十時過ぎに、卒業旅行でこの三ツ矢旅館に訪れていた北海道の短大生のグループの内のひとり咲村美沙さんが食堂で倒れているのを、この旅館の女将の三ツ矢倫子さんが発見しました。倫子さんはすぐに救急車を呼び、美沙さんは救急車で搬送された病院で、単なる食べ過ぎという診断がされ命に別条がないことが確認されました。念のため、そのまま今朝まで入院するそうで、いまこの場にはおりません。
美沙さんと一緒に旅館へ来ていたのが、そこのソファに座られている、山本夕実さんと相沢梢さん。突然いなくなった美沙さんのことを心配して、女将の倫子さんを探していましたね。しかし倫子さんは美沙さんと一緒に救急車へ乗り込んでしまった為に、見つけることが出来なかった。
あなた達は焦ったはずです。なぜなら、あなた達ふたりは昨夜、美沙さんを殺す計画を立てていたんですからね。
卒業旅行をいえば、仲良しの子たちで最後の思い出作りとして行くようなものですが。夕実さんと梢さんは違った。美沙さんと一緒に過ごした二年間の恨みを、この旅行中に晴らすために来ていたのです。客室で美沙さんを殺すためのトリックを準備していたあなた達は、美沙さんが風呂場ではなく食堂へ向かっていたことも、そこで倒れて救急車で運ばれたことも、全く気が付かなかった。
おかしいですよね?普通、自分たちが泊まっている旅館にサイレンを鳴らしてくる車があれば、何事かと思って見に来るものです。わざわざ玄関まで見に来なかったとしても、部屋の窓から覗くくらいはするでしょう。しかし、あなた達ふたりは、それをしなかった。そんなことをしている余裕が無かったからです。
客室で美沙さんを殺す準備を整えた後、やっと夕実さんと梢さんは部屋から出て、美沙さんを探し始めました。その時に、我々と会いましたね。三人と顔を合わせたことが無かった僕は、あなた達が探している人が美沙さんであることに、初め気が付きませんでした。だから救急車で運ばれたのが美沙さんであったことには気付きませんでした。
この地方に伝わる【神隠し】の伝説。
どういうわけか、僕もあなた達も、美沙さんがそれに巻き込まれたのだと思いこんでしまった。
あなた達は潜在的に美沙さんに「いなくなってほしい」と強く願っていたことと、僕もまた、その伝説を調べにこの旅館へ来ていたことと、意識が共感してしまっていたのかもしれません。
昨夜、美沙さんの他に旅館からいなくなったのは、女将の倫子さん。美沙さんの付き添いでした。
同じく旅行客として来ていた老夫婦の宮村雪磁さんと春子さん。実は日帰り客だったらしいですね。
家族で来ていた梶さん一家四名。娘の結衣ちゃんが熱を出して、宿泊を止めて帰ったらしいですね。
一人で慰安旅行に来ていた佐藤大さん。仕事上のトラブルで、急遽会社へ向かったそうです。
つまり昨夜の内に、九人の人間がこの旅館からいなくなり、残ったのは夕実さん、梢さん、僕、それから旅館の主の三ツ矢栄介さんと、仲居の木葉鈴音さんでした。
様々な偶然が重なりあった、とはいえ。
ここまで偶然が重なりあうと、それは必然性がある、もしくは事件性があると感じても仕方がなかったと思います。
朝まで不安な日々を過ごしてしまいましたが。
つまりこの事件は、何の事件性も無かったのです。むしろ起こるはずだった悲しい事件が起こらず、未然に防げたという明るい事件だったのです。
おわかりいただけたでしょうか。
それでは、昨夜の事件については、これで解決といたしましょう。
さあ、朝ご飯を食べる前に、これからみなさんには死んでもらいます。
僕は、全国の【神隠し】に乗じて快楽殺人に興じる全国指名手配犯ですからね。
残念ながら予定していた人数より減ってしまいましたが、楽しませていただきます。
【おわり】
**365日のお題〜二月/8.真裏**
(2014.3.14)即興小説トレーニングの『明るい事件』というお題も追加して。