海鳥が呼んでいる 2

 et.PIRICA(エト・ピリカ)の出演時間は、サンライズ2日目の夜。
 仕事があるのでフジモンさんは2日目から来るそうだが、俺は初日のオープニングから参加する予定だった。
 開場は12時、開演は15時から。会場内にはステージが4つあり、規模が大きい順にライトステージ、ブルーテント、レフトフィールド、イエローガーデンとなっている。公式ホームページのタイムスケジュールには、名だたるアーティスト名がズラッと並ぶ。いま人気のエモやパンク系のロックバンドが多いが、復活したフォークバンドや、昔から俺流を貫いている大御所アーティストなんかもいる。

 サンライズ1日目、朝6時。
 父親の車を借りて、家を出発した。
 国道に沿って2時間ほど南下した街で、一度車を停める。助手席に、俺の姉の千穂(ちほ)を乗せるためだ。

「幹斗(かんと)くん、おはよう。今日から明後日まで、運転よろしくお願いします」
「ねーちゃん、おはよ。こっちこそ、ガソリン代はよろしくね」
「モチのロン!」

 北海道の中央に位置する中都市で、千穂は一人暮らしをしている。体が小さく、物腰は柔らか、しかしふんわりとした見た目からは想像も出来ない、ライブ好きだ。ロックもポップもクラシックも、興味があれば何でも聴きに行く。いつかライブ破産するかもしれないと、少しも困った様子もなく微笑むから、女性の中身は見た目によらないことを俺は学んだ。
 倒した後部席の上いっぱいに荷物を詰め込むと、シートベルトを締めて道中のBGMを選曲する。



『et.PIRICA/視線』



**



 風の中を澱まず 息を潜め沈みゆく
 自意識が過剰な私の 深層の世界で

 あなたは空を見上げて 昇る太陽に口ずさんだ
 あの時に聞いた音(メロディー) 今も響いてる

 選ばれない言葉が 意味を失うことなど
 あるはずもないのよ 意識で解ってるけど

 この感情の名前を 私はもう呼べない
 耳塞いで口閉じても 視線だけが外せない

 この感情の名前を 名付けられる人は
 あなただけ感じている 気付かないで目を閉じて



**



 車は1時間ほどで高速道路を降りて、そこからさらに1時間くらい一般道を日本海へ向かって走らせる。お盆の真っ只中ということもあって、前後を走る車は途切れないが、流れはスムーズだ。

「あ、会場あそこだね」

 助手席の姉が、アドバルーンを見付けて指差した。駐車場を案内する看板や、誘導員の姿も見え始める。会場に一番近いA駐車場はすでに満車で、俺たちは入場口から500mほど離れたB駐車場へ向かった。運転席の窓から誘導員に駐車券を見せ、草地の上を揺れながら車が奥へ奥へと進む。ちょうど、立ち木の近く、木陰になる場所へ車を頭から停めた。木が近くは虫が多いけど、炎天下に何時間も置くよりは、少しでも日陰の方いい。
 後部席やトランクから荷物をどんどん取り出す。リュックサックを背負って入場券の入ったポーチを首にかける。小さめのクーラーボックス、レジャーシートとその下に敷くマットは、キャリーに乗せてしっかりとゴム縄で固定。駐車場の出入りは自由なので、忘れ物があれば取りに戻ってこれけど、場内から駐車場までは片道で10分以上かかる。余計な体力を使わないためにも持ち物確認は十分に行った。あとは入場券と財布とスマホがあれば、どうにかなる。

「よし、出発ー!」
「おー!」

 俺たちのサンライズがいよいよ始まった。
 まず最初の難関、場内入場。
 既に開場時間は過ぎているので、入場を待つ列はお盆の帰省ラッシュで渋滞している車と同じくらいは、進んでいる。それでも見てわかるほどの長蛇の列が出来ていた。この待機列する人たち用に、会場の外にも関わらず道の角に仮設トイレが10個設置されている。列が進んでいるおかげでそこが空いていたため、俺たちはそこで用を足しておく。そこからは、砂の多い草地の上をキャリーを引いて歩く。道路に並行する歩道は、進行方向が反対の人たちが歩いていた。平坦ではない草地の上を歩いて、列の最後尾に並んだ。ゆっくりと進むそれは、まさに渋滞だ。太陽は真南よりも少し西寄り、元気良く青空の中で輝いている。
 暑い。そして、お腹が空いた。「お腹空いた〜」と、姉も同じタイミングで呟いた。

「入場して、レジャー席で場所取りしたら、まずご飯だね」
「だね」

 並ぶこと30分。ようやく入場口にたどり着いた俺たちは、入場券をスタッフの人に渡して半券をちぎられ、入場パスになるリストバンドを左手に付けてもらい、簡単な持ち物検査をされてからようやく会場内に入ることが出来た。

「おおー!キター!!」

 入場口から真っ直ぐと進む道に、大木で出来た大きなアーチが建っている。その先に、メイン会場となる【ライトステージ】が見えた。黒を基調とした重厚たる佇まいで、俺たちを待ち構えている。
 レジャーシートは、ライトステージへの出入口となる真ん中の通路を挟んで、左右にそれぞれ公園ほどの広さが開放されている。その場所でテントを建てることと火気の使用は禁止だが、シートやチェアーで場所取りをするのは自由。ステージの両側に設置されたスクリーンの近くは、既にたくさんのシートや椅子で埋まっていた。しかしそこからもう少し右の端へ行くとまだスペースが残っていたので、俺たちはそこを今日の拠点とすることにした。メインステージを右端から見るよう場だが、好きなアーティストが出演する時間はここにいないと思うのであまり気にならない。青々とした芝生の上に緩衝材のマット敷いて、その上に防水のレジャーシートを被せ、四隅にペグを打つ。

 オープニングまで、まだ時間がある。ポーチ以外をシートの上に置いて、俺たちは昼ごはんを買いに出かけた。ライトステージの右側には、飲食店が軒を連ねて出店をしている。まだライブが始まる前なので、店はどこも混んでいた。客足の速いコンビニでおにぎりとから揚げを買うと、すぐシートに戻る。

「いやー始まるね!」
「始まっちゃうね!」

 クーラーボックスの上にタイムスケジュールが書かれた紙を広げ、今日はどの順番で回るかを改めて確認した。

「先ずは3時。ライトステージの『Drank Ashley』、5時10分はブルーテントで『バースデイ・ベアーズ』」
「うん。その後は少し時間が空くから、買い物に行く?」
「そうだね。Tシャツは絶対に買わないと」
「タオルも欲しいな俺」
「リストバンドもあるみたいだよ」

 タイムスケジュールの裏は会場内全体の地図が書かれていて、オフィシャルグッズの販売スペース、屋台、トイレの場所を確認しておいた。この3つはかなり重要。
 そして3時になり、サンライズの主催者がステージ上で挨拶をした。

「みんなで素晴らしい朝日を迎えましょう! それでは、サンライズ開催します!」

 盛大な拍手と歓声が上がる中、主催者はお辞儀をしながら下手に下がった。
俺たちはレジャーシートから、その様子をスクリーンで見て、周りの人たちと一緒に拍手する。ほどなく、会場に流れていたBGMが変わり、スクリーンに出演アーティスト名 『Drank Ashley』 の文字が表示された。
 下手から、メンバーが登場する。ドラム、ベース、DJ、ダンサー、ギター、そしてボーカル。会場が再び沸き上がる。拍手をしながら、メンバーが楽器の確認をしているところを、俺は遠目で見ていた。彼らの音楽は聴いたことがあるし、名前も知っている。でも本物を見るのは初めてで、同じ会場にいるとわかっていても、スクリーンを通してみると、まだテレビの中の人、実在してるけど夢の中の登場人物に近いように感じた。

 しかし、それはあっという間の出来事だった。
 音が鳴った瞬間、彼らは、『Drank Ashley』は、本当に俺の目の前にいた。
 軽快な音楽と鳴り響く笛。二人のダンサーがギターをかき鳴らすボーカルの横で大きく手を振り踊り始める。ラテン調の音楽に、ボーカルの重低音が重なる。それは、今までに聞いたことのない音だ。CDから聞く音とは、全く違う。体の奥から血が騒ぐ。【 踊れ! 歌え! 】と全身が刺激される。

「ごめん、ちょっと行ってくる!」
「うん、いってらっしゃい!」

 いても立ってもいられなくて、俺は姉を置いて会場へ走った。
 ステージは目と鼻の先。アリーナも見えているが、レジャーシートの出入り口は右後方にあった。一度そこを出て、中央にあるライトステージ出入り口に入り直す。走っている間も音は空に大地に鳴り響き、体が自然とリズムを取る。
 これだから、ライブは止められない。
 普段はなるべく目立たないように、周囲の視線を気にしながら、俺は生きている。悪くなく、良すぎるほどもなく。『そこそこの人』を意識して生きている。でも全身に浴びせかけられるこの音が、深層に眠る俺を呼び起こす。


【 踊れ! 歌え! 】


 アリーナの前方は男女問わず人の波が出来ていて、その中に入り込むことまでは出来なかった。しかし前後左右で踊る人たちがいる真ん中で、俺も踊る。歌う。ダンスなんかしたことがない。歌詞も覚えているとはいえない。
 でも「「ヘイッ!」」という掛け声に合わせて声を出し、めちゃくちゃに体を動かして、左右の人とぶつかったら笑いながら目配せをして、踊り、歌いまくる。誰の視線も気にせずに、俺はそこで、リズムに合わせて自分を解放した。

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