青は藍より出でて藍より青し

 金曜日の午前の講義を取っていない切原は、木曜日の夜に来て、遅くまでウチにいる事が多くなった。
「見て見て日吉くん!こいつマジウケるー!」
 夜11時過ぎからのお笑いトーク番組を見ながら、切原は腹を抱えて笑っている。
「おい、静かにしろよ」
「大丈夫だって。ここ角部屋の一階だし?鉄筋だし?」
「俺がうるさいんだよ」
「じゃあ静かにする」
 口を両手で覆った切原が、再びテレビを見始める。液晶に映るトーク進行役の中堅芸人のコンビが、『家の間取りが気になる芸人』として集まった芸人達にあるあるネタを質問している。下段に座る人気芸人のボケに観客席がドッと笑うと、切原も頬ぶくろに空気を溜めて必死に笑いを堪えていた。
「…デカイ声を出さないだけでいい」
「あ、そう?ありがとうだぜぃ〜」
 笑いを取っていた芸人のモノマネをする切原の隣に、俺は座った。
「今日はどうするんだ?」
「ん?何が?」
「その…」
 言い淀んで、俺は窓に目を向ける。切原がバイクで神奈川から来た頃、都内は小雨が降り出したが、夕飯後にテレビを見ていたら、それは真っ白い雪に変わっていた。
「あ、大丈夫。これくらいなら運転出来るから」
「この天候で神奈川まで帰る気か?」
「うん」
「危ないだろ」
「うん。そうかもね」
 テーブルについた肘に頭を乗せて、切原はニヤニヤしながら俺を見上げる。
 また、これだ。
 深夜番組を見ながら繰り返される、微妙なやり取り。
 去年の春、大学生になったのを機に俺がアパートでひとり暮らしを始めてから、切原はほぼ毎週ウチに来ているが、未だに泊まっていった事が無い。合い鍵で勝手に部屋に入って炊事洗濯掃除をするくせに、日付が変わる前には絶対に帰っていた。
 こうしてダラダラと居座るようになってきたのは、切原が合コンの帰りにウチに寄った夏のある日。余りにも臭くてシャワーを貸してやったのだが、その後に服を洗濯して乾燥していたら、日付を跨いでしまった。
 あの時、切原が泊まりたい、と言ったら、断るつもりだった。気持ちの悪い香水の臭いに、胸がずっとムカムカしていたからだ。
 しかし切原は、乾いた服を着ると、さっさと帰ってしまった。それはそれで、何かモヤモヤした。今もずっと、モヤモヤしている。ただ一言、遅いから今日は泊まっていけ、と言うだけなのに。
「…じゃあ早く帰れよ」
「あれ?日吉くん、なんかさっきより眉間のシワが増えてない?おかしくない?」
「俺は寝る」
 切原を置いて立ち上がると、奥の寝室へ向かう。
「ちょっと、待ってよ日吉くん!」
 膝立ちになった切原に腕を掴まれ、眉間に力が入った。
「離せ」
「ねえ、なんで急に怒ってんの?意味わからねえんだけど?」
「怒ってねえよ」
「すんごいシワ寄ってるよ、ココ」
「さ、触んな!!」
 反射的に、俺は顔に近付いて来た指を裏手で弾いた。
 そしてすぐに、青ざめた。さすがに今のは酷い。八つ当たりもいいところだ。
 でも、八つ当たり?何に対する八つ当たりだ?
 ムカムカがモヤモヤに変わって、それがドキドキに変わった今。
 何にドキドキしているんだ?
「日吉くんのツンデレ…可愛い…」
 そして、なんでこいつは頬を赤らめて目を潤ませているんだ?!
「わけわかんねえ!」
「わかる、わかるよ日吉くん!俺にはよくわかるよ!だって日吉くん、やっと俺のこと意識してくれたんだよね!?」
「べ、別に意識なんてしてねえよ!」
「超・ツン・デレ!!」
「うるせえ!!」
 それから取っ組み合いの喧嘩になり、自分の中のモヤモヤが発散できた頃には、空が闇色から藍色へ変わっていて、雪はすっかり止んでいた。


【end】

【13/100】深夜番組より。
読み方=あおはあいよりいでてあいよりあおし
意味=好かれていた人が好いていた人より気持ちを上回ってしまうとかしまわないとか…(本来の意味はググってね!)





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