異星人と恋の病

 いま、宇宙が熱い。
 特に、数百年に一度の金環月食を目の当たりにしてから、日本国民の宇宙への関心が非常に高くなった。
 日曜日の朝には兄弟で宇宙飛行士になるアニメが流れ、天体観測を趣味とする女子は宙(そら)ガールと呼ばれる。午前2時に望遠鏡を担いで踏切を渡る少年たちも、10年以上前から存在していた。
 そんな宇宙少年のひとり、青春学園中等部3年に進級したばかりの乾貞治の前に、ひとりの少年が現れた。

「この春、3年1組にやってきた留学星のテヅィミルカロッツァ・クニベールミートゥ君、略してテヅカ・クニミツ君が、テニス部に入部することになった」

 昨今の宇宙ブームは、他星と生徒を交換留学をするまで発展している。留学する生徒は地球内の留学生と区別するため、留学星と表記された。

 テニス部顧問の竜崎スミレ先生に紹介された留学星のテヅカは、無表情で部員たちに頭を下げる。顔を上げると長い前髪がサラリと横に流れ、知的そうな銀縁眼鏡がキラリと輝いた。

「テヅカは日本語が少し不自由な面があるが、頭のいい子じゃ。テニスは初めてだが、すぐにお前たちのレベルに近付くだろう。油断するんじゃないぞ?」
「油断せずにいこう」

 この時テヅカはそれを挨拶の一種だと思ったらしく、この後なにかある度に「油断せずにいこう」と言うようになる。

 こうしてテニス部にやってきた宇宙人留学星テヅカに、多くの部員は愛想笑いをしながら一定の距離を置いた。それは未知なものに対する本能的な防御姿勢であり、仕方のない事だった。
 しかし宇宙マニアの乾だけは興味津々に黒縁の眼鏡を光らせて、留学星のテヅカを質問責めにした。

「テヅカ君、好きな食べ物は?」
「うな茶だ」
「趣味は?」
「登山だ」
「好きな色は?」
「緑か青だ」
「緑と、青か。なるほど、興味深い」

 表紙にマル秘と書かれた乾のノートは、テヅカの身長体重スポーツテストの結果の他に、好きな教科や座右の銘までありとあらゆるデータで埋められていく。
 部活中だけではデータ収集が足りないと思った乾は、登下校時や昼休みも利用してテヅカに会いに行った。

 そして初夏。
 部活終了後、乾はテヅカと一緒に帰宅している時に、試合中に起こった不思議な現象について質問をした。

「俺たちが試合してた時の、テヅカが見せたあの技はどうやってやったんだ?」
「あの技?」
「ほら、俺の打ち返したボールが全部、テヅカに吸い寄せられていただろう?」
「ああ、あの技か」

 ふたりの練習試合中。突然テヅカが金色の光を放ち、その周りにだけ小さな竜巻が発生する現象が起こった。
 テヅカが光っているその間は、乾の打球がどんなに外れたアウトコースでも、絶対にテヅカの元へと引き寄せられた。そのためテヅカはその場から一歩も動かずに、ボールを打ち返していた。
 異変に気付いた竜崎先生が、すぐに試合を中断した。

「こりゃテヅカ!念力でボールを自分のラケットに集めるのは禁止じゃ!」

 その試合はテヅカの反則負けとなった。
 しかし乾は、テヅカが日常生活でほとんど使わない念力をなぜあの時に使ったのか、気になって仕方なかった。

「お前が一生懸命、俺のボールを打ち返す姿をいつまでも見たかった。だからゾーンを使った」
「あの技はゾーンというのか…テヅカゾーン。カッコイイ名前だな」

 技の名前を聞き出した乾は立ち止まると、バッグからマル秘ノートを取り出し、書き記した。
 テヅカの事だけがたくさん書かれたノートの一行を、テヅカが指でなぞった。

『好きな人のタイプ…何でも一生懸命やる子』
「お前だ」

 テヅカは相変わらず日本語が苦手で、単語で会話を始める。だがそれに慣れた乾は、テヅカが言いたい事を上手く読み取る事ができた。

「好きな人のタイプ?」
「そうだ」
「つまり、テヅカは俺の事が好きなのか?」
「そうだ」
「俺が一生懸命、ボールを打ち返したから?」
「そうだ」

 顔を上げて乾を見るテヅカに、乾は一瞬ドキリとする。しかしすぐに頭を横に振り、ノートを閉じてバッグにしまった。

「テヅカ、それは違うな。好きな相手は、まず異性でなければならない」
「異星?なら問題ない」
「星のセイじゃなくて、性別のセイ。つまり女の子だ。異性に対する好きは、エッチな気持ちが伴う」
「エッチな気持ち?」
「手を繋ぎたい、キスしたい、おっぱいを揉みたいなど。自分の性的欲求が高まる相手こそ、本当に好きな人だ。俺たちの、テヅカが俺を好きなのは、そういうのを伴わない友達の好きなんだよ」

 乾はテヅカに、女の子を好きになる正しい方法を説明する。しかしテヅカは無表情のまま、乾の手首をガシッと掴んだ。

「手を繋ぎたい」
「ちょっと、テヅカ!?」
「キスとはなんだ?」
「唇をくっつけることだけドッ!!」

 テヅカの頭が勢いよく近付き、乾は避ける間もなく額と眼鏡と鼻と唇を同じものでぶつけられた。

「テヅカ、止めろ!ストップ!」

 乾はテヅカの肩を両手で突っぱねて、胸を揉む仕草をしている手から逃れた。

「間違いだった!訂正する!」
「おっぱいが違うのか?」
「まあそれも違うといえば違うんだが、とりあえずその手の動きは止めてくれ!」
「わかった」

 おとなしく体の横に手を下ろしたテヅカに、乾は安堵の息をついた。

「いいかテヅカ。自分が好きだからといって、何でもすぐ行動に移すのは、良くない事だ」
「そうか。すまなかった」
「好きな人ともっと仲良くなる為に手を繋いで、お互いの好きな気持ちを確かめ合う為にキスをするんだ」
「わかった。では手を繋いでくれ」
「うーん。まあ、いいか。いいよ」

 両手を上に向けて差し出すテヅカの、左手を乾は右手で掴んだ。

「手を繋ぐのは、片手だけ。両手を繋いだら歩けないだろ?」
「確かに。次はキスだ」
「テヅカは俺とキスしたいの?」
「俺はお前が好きだ。お前も俺が好きだ。だからキスをするんだ」
「うん、そうか…そうだなあ。確かに俺、テヅカの事が好きかもしれない。手を繋いだら、なんかドキドキしてきたし」

 乾は自分の眼鏡を左手で外して、上着のポケットに入れた。

「キスをする時に眼鏡をかけていると、眼鏡同士がぶつかって痛いし危ないから、外した方がいい」
「わかった」

 乾と同じように片手で眼鏡を外したテヅカに、乾は裸眼でも見える所まで顔を近付けた。
 銀縁眼鏡の奥で普段は隠された、黄色がかった茶色の瞳が真っすぐと乾を見つめる。

「もう1つ。キスする時は、目を閉じて」

 ゆっくり瞼を下ろしたテヅカに、乾も同じく目を閉じた。唇を重ねる。先ほどの勢い任せのキスとは違い、ふわりと柔らかく優しい感触。乾は繋いだ手にギュッと力を込めると、テヅカも同じ力で返してくれた。

「…こういうのが、キスっていうんだよ」

 ほんのり赤くなったように見えるテヅカの頬を、乾は撫でる。その手に、テヅカの手が重なった。

「乾、全身がドキドキする」
「俺もドキドキしてるよ、テヅカ」
「どうしたら治るんだ?」
「残念ながら、もう治らない」

 恋は不治の病だから、と言うと「難病だな」とテヅカが真面目に返したので、乾は少し笑ってしまった。

「これから二人で、この難病と戦っていくんだ。だからよろしく頼むよ、テヅカ」
「ああ、油断せずにいこう」




【end】

前のHP【mono sex's love】の120000番を踏んでいただいた、りへぞ様に捧げます。
大変遅くなってしまい申し訳ございませんでした。
常々、手塚は人間離れしていると思っていましたので、スッキリしました!



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