You've Got Mail

 ホテルの大広間で執り行われている成人式の祝賀会で、桃城は中学の時から変わらない笑顔でこちらに向いた。

「よう、海堂!」
「おう」

 たむろしていた人の輪から外れ、紋付袴姿の桃城がワインの入った瓶とグラスを持って近寄ってくる。
 出入口から近い壁際にいた俺の前で、立ち止まった桃城からきついアルコール臭がした。もうかなり飲んで、酔っているみたいだ。
 しかし酔っていなければ、コイツは俺に話しかける事は無かったのかもしれない。

「元気だったか、お前?俺が電話してもメールしても反応ねえから、どっかでくたばっていたんじゃねえかと思ったぜ!」

 手渡されたワイングラスを受け取ると、すかさずそこに赤ワインを注がれた。

「たった1回ずつだろ。つうか俺はテメエに、アドレスも電話番号も教えた覚えがねえ」
「あー…まあ、いいじゃんそんな事は!ほら、飲んで飲んで!」

なみなみと注がれた真っ赤な液体を、苦虫を噛み潰すように俺は飲み込んだ。
 そして桃城から瓶を奪い取ると、空いた手にグラスを持たせてそこにワインを注いだ。

「楽しそうだな。でもテメエの可愛い彼女はどうした?来てねえのか?」
「わかんね。つうかあいつとは別れたし」
「はっ?いつ?」
「俺が風邪ひいた時、お前が看病に来てくれた、あの日。お前が帰った後にマリちゃんからお前のアドレスと番号を教えてもらって、すぐにな」

グラス一杯のワインを一気にあおった桃城が、俺の手から瓶を取り返し、グラスを代わりに持たせた。

「嘘、だろ?」
「嘘じゃねーよ」
「じゃあ今、新しい彼女が…」
「マリちゃんと別れた後から、誰とも付き合ってねーよ」

 再び注がれる赤い液体は俺の血液と同じように、グラスの中で激しく泡立ち、渦を巻いた。




 1年以上も前になる。
 大学に進学した年の初秋。
 俺と専攻が同じだった相田真梨から、彼氏の風邪の看病の代理を懇願された。

「海堂君って、桃ちゃんとお友達なんだよね?お願い!私の代わりにお見舞いに行って下さい!」

 相田は午後に追試があり、その後すぐにバイトがあって行けないから、代わりに頼めそうな桃城と共通の知人が俺だった。
 だが俺は桃城の家も知らなかった。電話番号もメールアドレスも知らないからと断ると、相田は赤外線通信で地図と番号とアドレスを送信してきた。

「今度の英語のレポートは、海堂君のノート借りないで自力で頑張るから!お願いしまーす!」

 一方的に話を終わらせると、相田は女共の群れに戻っていった。

 ケータイに送られたファイルを開くと、大学からは2駅ほど離れたところの地名が表示されていた。アパート名が書いてあるので、一人暮らしをしているのだろう。
 病気で身体がうまく動かない時は、食事もままならないんじゃ…と想像すると、桃城の事が急に心配になり始めた。
 そこで俺はその後の講義をサボり、薬局とスーパーに寄ってから桃城のアパートへ行った。
 案の定、桃城は腹を空かせていたので、消化に良い物を昼飯を食わせて、薬を飲んで寝かせた。
 桃城が寝ている間に、俺は散らかった部屋の掃除と、溜まっていた洗濯をした。

 1時間後。綺麗になった部屋の中でで唯一乱れているベッドの上を覗き込む。
 桃城が穏やかな顔で寝息を立てていた。薬が効いて、熱も下がたみたいだ。

 その時、桃城のケータイに着信があった。
 サブディスプレイに『マリちゃん』と彼女の名前がスクロールする。

 そういえば、なんで彼女のいる奴に俺はここまでしてやったのだろう。
 看病は頼まれたからしたとしても、家事までやる必要は無かったのに。

 コイツのせいだ。
 コイツが中学の時からずっと変わらないから、俺の気持ちも変えられない。

 もう一緒に部活が出来なくても、彼女が出来ても、コイツのあの頃と変わらない笑顔を見ると胸が熱くなり、苦しくなる。

 なんでこんなに好きなのだろう。

 そう思いながら、寝息を立てる桃城に、自分の唇を重ねた。

 あの日。




「俺のメールか留守電の返事、言えよ」

 酔った勢いなのか。それとも最初から酔ったフリをしていたのか。
 真っ直ぐと桃城に見据えられ、動悸が激しくなる。

「忘れろ、って言ったじゃねえか…」
「忘れられねーから聞いてんだよ」

 小刻みに震え出したグラスを、桃城が俺の手ごと掴んだ。

「海堂」
「無理だ…返事なんて、出来ねえよ今更!」

「お前が諦めてんじゃねえよ!」

 桃城の怒声に、成人式の祝賀会会場が一瞬静まり返る。
 その後ざわざわとして、喧嘩か?大丈夫か?と、桃城の友人達が心配そうな顔をしてこちらに近付いてきた。

「…悪かったな」

 桃城が手を離し、俺に背を向けて友人達の輪の中に戻っていく。

 俺はグラスを持ったまま、会場の外へ出た。
 トイレに駆け込み、胃から迫り上がったワインを洗面台に吐いた。
 飲めないの酒を飲んだ事と、高ぶった感情に身体が付いて来られなかった。

 顔を上げて鏡を見ると、涙と鼻水を垂らして、ぐしゃぐしゃで真っ赤な顔をした自分と目が合う。

「みっともねえな…」

 そう自嘲して、フシューと息を吐いた。
 それから綺麗な水で、汚れた洗面台と顔を丁寧に洗う。

 これで良かった。

 本当は桃城のいる成人式に出るつもりは無かったが、留学する前に一目見たかった。
 準備があったので式典には参加せず、祝賀会を少し覗くだけで帰る予定だった。
 でも会場に入ってすぐに桃城を見付けたのはいいが、俺も見付かってしまったのは予定外だった。

 スーツのポケットからハンカチを取り出し、顔と手を拭う。
 ケータイで時間を確認すると、13時半だった。フライトは17時なので、今から成田へ向かっても十分に間に合いそうだ。

 俺はメールの受信ボックスを開いて、保護してあるメールを開いた。

『件名:桃城武だ
 本文:今日はありがとう。海堂がお見舞いに来てくれて、本当に助かった。
 今度お礼がしたいから、またうちに来いよ。待ってるぜ!』

 あの日、桃城から送られてきたメール。
 俺が寝ている時にキスをした事を、アイツは怒らなかったし、避けなかった。
 だから俺が忘れろと言った事を真に受けて、本当に忘れたのか、もしくは全く何も無かった事にされたと思っていた。
 そんな思い違いをしていたから、今まで一度も返事をする事が出来なかったけど、俺はようやくそのメールの返信ボタンを押した。

『件名:海堂薫だ
 本文:さっきは悪かったな。今更だけど、やっぱりお礼してもらいたい。
 半年くらい先になるけど、またお前の家に行く。部屋を綺麗にして待ってろよ!』



【end】

前のHP【mono sex's love】の90000番を踏んでいただいた、苗野常世様に捧げます。
大変遅くなってしまい申し訳ございませんでした。
以前書いた桃海「透明な迷路の入口」と、同じ世界になります。
桃海は桃→←←海という感じで、なかなか両思いになってくれないです!ライバル以上友達未満。それがイイ!!



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