小説2 | ナノ


  愛しさと切なさと空腹よ


――今日は帰りが遅くなってしまった。
 仕事は仕事でいつもより作業量が多くて帰りにくくて散々で…恨み節を呟きながら夜道を歩く自分はさぞ不気味だっただろう。それが、家に帰ると明かりもついてないのを見ると余計にやるせなかった。
「ただいま帰りました」
 玄関で小さく呟いても真っ暗な家の中、返ってくる言葉なんてない。わかってましたよ、返ってこないってことくらい。いつもはこっちが疲れているにも関わらずうざいくらい構ってくるのにどうしてこんな時だけ眠っているんですかっ!?
 相方への不満を胸に秘めつつもこれ以上苛立っても自分が疲れるだけと不満を押し殺す。とりあえず適当なものを胃袋に詰めてさっさと寝ようと思って冷蔵庫を開ける。見事なくらいの惣菜系一切無しの冷蔵庫。
――ああそうか明日土曜だからその時に買おうとか言ってたっけ……。
 俺の夕食分と明日の朝食分くらい考えて残しておいてくださいよ。なんですかヨーグルトもコンフレークもないんですか、何ですかこの冷蔵庫っ!! ひとしきり冷蔵庫を睨みつけた後、俺はすやすやと気持ち良く寝ている相方を心底憎らしく思いながら財布だけ握り締めて家を出た。




――いっそのこと暖かいもの食べたいなぁ…。
 そうだ肉まんとかいいかもしれない。職場で誰かがどこの肉まんがうまいとか何とか言ってたせいで無性に肉まんが食べたい。そうだ。この胸の奥のものすごく感じているやるせなさだって、コンビニの肉まんを食べれば癒せるかもしれない。
 そんなわずかな俺の希望すら世界は裏切ってみせた。什器の中の肉まん。その前には温め中という無情な文字がレシートの裏に書かれてぺらりと貼ってあったのだ。
「すいません。今いれたばかりなんですよ」
 謝る店員を前にせめて温かいもの食べたかった俺はおでんの牛すじを買った。
――そもそもなんで俺がこんな惨めな思いしなきゃならないんだ。
 コンビニの袋ぶら下げながらマンションの階段を上っていく。仕事が大変なのはある意味仕方がない。けれども、仕事で頑張ってる相方を待たずに寝るってどうなんだよ。そうだ。全部アリババ殿が悪いんだ。
 申し訳ないほどの夕食を胃袋におさめてシャワーを浴びてゆっくりと寝室に入った。きっと目が据わっているのは疲労だけのせいじゃない。夏場にふさわしく薄着でタオルケットだけをかけて眠っているアリババ殿の姿。今の状況憎らしいのは当然だけれど愛おしさもこみ上げるから不思議だ。
「明日、休みなのはお互い様ですよね?」
 小さく呟けば聞こえていないにも関わらずうーんとアリババ殿はうなり寝がえりをうった。ゆっくりと身を屈めてその寝顔に口づける。最初は頬に、そして次は唇に。二度目は息を絞り取るように深く口づけた。
 穏やかだった額にしわが寄ったのは息苦しさからか不快感からか。どちらにせよ早く目を覚ましてもらいたい。そして、目を覚ましたあかつきにはどうして俺の帰りを待たず眠ったのかその訳を聞こう。なんせ明日は休みだ。言い訳を聞く時間も御仕置をする時間もたっぷりある。

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