小説 | ナノ


  恋心いろカタチ


――恋心なんてものが綺麗だなんて誰が言ったんだろう。
 それでも、恋心を閉じ込められる瓶というモノがバザールで並んであって、興味を持って手に取ってしまったのが運のつき。交渉がそもそも苦手なこともあり、商人の口車に乗せられて買わされてしまった。
 親指ほどの小さな小瓶は透明なガラスでできていて中の様子が良く見える。砂漠の赤い砂が瓶の底に全体の3分の1ほど溜まっていて、それ以外は何も入っていない。俺が気持ちを言葉にして話しかければその瓶に恋心が欠片として溜まっていくのだという。
 変わった魔法アイテムもこの国にはあるらしい。自室で眺めているとなんの変哲もない砂が入っただけの瓶に見えて、正直騙されたんじゃないかとも思う。
 でも、物は試しだった。
――恋心、か。
「貴方と、もっと話したい」
 恋心、というには醜い感情のような気がして思わず自重気味に笑ってしまった。俺は何をやっているんだろう。
 と、その時小さく小瓶が光を発した。瞬いたのは淡い緑色の光。すぐに収まったので瓶を覗いてみると、砂しかなかったはずの瓶の中に小さな緑色の宝石の欠片みたいなものが入っていた。
――まさか、これが今の俺の言葉?
 しげしげと眺めながら恐る恐る俺はまた口を開いた。
「貴方と手合わせをしてみたい」
 ぽとりと瓶の中に落ちたのは青い欠片。
「貴方にまた俺の料理を食べてもらいたい」
 次は橙の欠片。
「貴方と杯を交わしてみたいな」
 緋色の欠片。
「貴方の手に触れてみたい」
 桃色の欠片。
 矢継ぎ早に口にした感情、そして、瓶の中にどんどん溜まっていく欠片達。その色彩は豊かだった。どれ一つとして同じ色などない。
 それを見ているとそれだけでこの感情はこの色をしているのか、と錯覚しそうになる。美しいと思いたくなる。
――でも、恋心は綺麗なものばかりじゃない、ですよ。
 口にするのもはばかってしまう感情もこの胸の内にはある。一瞬ためらった。言ってしまうか言わないで終わるかを。
 けれども、どうせこの部屋には俺一人しかいない。誰も聞いてないのだから言ってしまえばいい。ただ一つ恐れていること。それは今まで呟いた気持ちに比べてきっとこれからの欠片は醜い色をしているのだろうと、想像してしまった。
 瓶を両手で包みこみぐっと握った。指の隙間からも中が見えないように。
――自覚しているのにこの目で見るのが怖いのか。
 相手に今まで呟いた気持ちすら伝える勇気もないのに、臆病すぎる自分が嫌だった。どうせなら、この醜さを見てしまえばいいじゃないか。そう思うのに、俺は漏れる光すら見るのも怖くて眼を閉じてしまった。
「……アリババ殿。貴方とキスをしたい」
「貴方にもっと触れたい」
「抱きしめたい」
「抱きたい」
 一息だけついた。
「……俺だけを見て欲しい。他の誰かにではなく俺だけに笑顔を見せて欲しい」
 随分傲慢な言い草だった。恋人どころか気持ちを伝えてもいないのに、ただ気持ちだけが先に募っていく。よくないのはわかっているんだ。けれども、この気持ち全てが今の関係を壊してしまう。それだけが恐ろしくて一歩も踏み出せない。
――ばかげている。今も恐れてばかりだ。
 この気持ちの色を見ることすらも恐れている。ゆっくりと目を開いて、顔を上げて、そして、瓶を握りしめている手を、指を開こうと思った。でも、震えてその瓶から指を剥がすこともできない。
 結局、瓶をもう一度見ることなく俺は麻袋の中にそれをしまってしまった。この思いの、欠片の色も見ずに、まるで誰にも感情を伝えないように心を閉ざしたまま。




 その翌日だった。
「なぁ、白龍。一度手合わせしないか?」
「え? 俺……とですか?」
 朝食の席でまさか言われるとも思ってもいなくて、素っ頓狂な声が出てしまった。その視線の先でアリババ殿が表情を曇らせるのがわかった。
「……やっぱりまだ腕の調子は戻ってないのか?」
「あ、いえ……! こちらは大分動くようになりました。武器も問題なく今は振るえます」
 無用の心配をかけてしまったと焦ってしまう。確かに義手を使い始めた頃は動きもぎこちなく痛みを伴うこともあったが、訓練を繰り返したおかげで今はそんなことはない。
「まさか手合わせにお誘いされるとは思ってもいなかったので……少し驚いてしまいました」
「……あの、な。怪我がなかったらもっと早くやりたかったよ。俺はほとんど師匠としか手合わせしてないし、色んな奴と手合わせしたいんだけれどそのキッカケがな……」
 どこか恥ずかしそうに眼を逸らしながら言葉は尻すぼみに小さくなっていく。その様子がやけに可愛らしくて思わず吹き出してしまった。
「いいですよ、アリババ殿。是非手合わせをお願いします」
 顔を赤くしたアリババ殿が嬉しそうに顔を上げて、俺も胸の奥が高鳴った気がした。




 午前の互いの用事が終わってからの手合わせだった。アリババ殿と実際に武器を合わせるのはこれが初めてだろう。迷宮で戦っている姿を見ていた時から自分より格上だとは気付いていた。
――だから、小細工は無用!
 小手先の様子見も意味などあまりない。
 相手が短剣なら俺はリーチの長い槍を振るって踏み込ませないように全力で対応する。銀蠍塔に金属が打ち合う音が空高く響いた。


 斜陽に照らされて影が深くなったのを認めて、どちらともなく剣を引いた。互いに呼吸は荒い。アリババ殿が剣を懐に納めて、顔を上げた。そこに光る笑顔に思わずこちらも笑顔になってしまう。
「さっすが白龍! 強いなぁ!!」
「アリババ殿にはまだ及びませんよ」
 お世辞でもなく、それは本心だった。実際に懐に潜り込まれて負けることは多かったから、これは今後の課題と言うところだろう。ほどよい疲労に包まれて息を整えていると、アリババ殿が何かを見つけたように屈んだ。
「なんだ、これ?」
 影になってアリババ殿が何を拾ったのかはよく見えなかった。それをアリババ殿が太陽にかざして感嘆の声をあげた。
 その頃には俺にもアリババ殿が何を拾ったのかわかった。背を一瞬で駆け下りたのは心にも暗雲をもたらすくらいの冷汗だ。
――あの瓶だ。
 いつの間におとしたんだ? 早く取り返さないと。瞬時に脳裏に浮かんだ行動は次のアリババ殿の言葉に止められた。
「すっげぇ綺麗……!」
「……え?」
「白龍見てみろよっ! なんだろな、この瓶? でもすっごい綺麗だよ」
 目の前に突き付けられた小瓶がいやおうなしに視界に入ってきた。太陽の光を受けてキラキラと輝く赤砂の中で輝く欠片達。醜いと思って見なかった欠片すら輝いていた。
「誰が落としたんだろうなぁ……。こんなに綺麗なんだ、返してやらないと……」
 子供のように目を輝かせて、小さな小瓶をアリババ殿は見つめていた。どうしてか嬉しくて、自分の感情を認めてもらえているような気がして、俺はただ瓶を眺める彼の様子に眼を奪われていた。
「……差し上げても、いいですよ」
自分で言いだしたにしては酷く声が震えていた。
「え? 白龍のなの!?」
「昨日偶然市場で見つけまして。気にいったようなら差し上げます。……いえ、もらっていただきたいのです」
 喜んでもらえるなら差し上げたい。その気持ちは当然ある。
 けれども胸の内はもっと複雑だ。もっと醜い。もしも俺の恋心を詰め込んだ瓶をアリババ殿が受け取ってくれるなら、この恋心も受け止めてくれるんじゃないか。そんな淡い希望があった。
――それでも、貴方は綺麗だと言ってくれた。
 眼を背けていた感情を認めてくれた。

「どうか手合わせをした記念に、もらってください」
 
 たとえ、言葉でなくて物言わぬ欠片になった姿だとしても。
 それが、とても嬉しかった。

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