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  どんどん積み重なっていく間違い5


 欲しがっちゃダメなんですか。

 自分の気持ちを強く自覚したのは皮肉にも彼女が彼女の連れを介抱している時だった。
 寝込んでしまった連れを心配して、冷やした布を絞って献身する姿に見とれていた。その次は、その連れに寝起きざまに抱きしめられた姿を見て、胸がどうしようもなくざわつくのを僕は感じていた。

 彼女の手を握った時に感じる幸福感。
 彼女が連れと話している時に感じる焦燥感。

 部屋の明かりが消された。布団の中でじっと待っていると、もぞもぞと隣にアリババが入ってきたのがわかった。
 手を伸ばそうとして、思わず不安に思った。嫌がられないかと。だから、そのまま眠ろうとするアリババを引きとめるように声を絞り出した。
「あの……。手を、繋いでくれませんか」
 相手に触れるか触れないか、というところまで手を伸ばした。断られたらどうしよう。また泣くのは嫌だ。
 僕の不安を知らないのか、アリババが小さく吹き出した。
「ああ、いいよ」
 すぐに、僕の小さな手はアリババの手のひらにすっぽりと覆われてしまった。
「明日は早いから、早く眠ろうな」
 空いている手で頭もそっと撫でられた。髪を梳く優しい手つきに胸の内が温かくなっていく。

――僕は、アリババが好きなんだ。

 彼女を酷く傷つけた……らしいことは知っている。けれども、記憶も何もない僕じゃ許して欲しくてどんな言葉を並べても、アリババには届かない。何も意味がない。早く元に戻りたいと切に願った。そうすれば、きっと。僕は本当の意味で謝ることができるんだと思う。
「おやすみなさい」
「おやすみ」
 胸に温かい気持ちを感じながら、僕はゆっくりと目を閉じた。





 その日の晩の部屋割は、アリババさんと白龍さんが同じ部屋になった。私は一人だけ別の部屋だ。
 白龍さんがアリババさんと一緒なのは、断固として彼がアリババさんと離れることを嫌がった為。そして、私とアリババさんが同じ部屋ではない理由は。
「は、はずかしくて、眠れなくなりそうだから……」
 と、私達が風呂から戻ってきた後も赤い顔でアリババさんが俯いてしまったことが原因だった。



 そして、事態は予想していない形で進むことになった。

 早朝から私達は山道を登っていた。宿泊していた街から一つ村を抜けた先にもう一つ大きな街がある。この街は、私達が通ってきた街道と別の街道がまじりあう交易点だった。昼ごろにその街についた私達は、さっそく昼食をとろうと食堂に入って行った。
  そこで黒いとんがり帽子をかぶった金髪の青年と私達は出会った。
「ティトス!?」
「君は……アリババじゃないか。奇遇だな」
「俺だってこんな所でティトスに会うことになるなんて思わなかったよ。だって、マグノシュタットからここって随分遠いだろ」
  私には覚えがなかったが、私達が別れて行動している間にアリババさんが出会った知人のようだった。マグノシュタット、というと、アラジンもこの青年――ティトスとは会ったことがあるのかもしれない。
  ティトスのテーブルにはもう一人小さな女の子が座っていた。その子には見覚えがないのか、アリババさんが首をかしげている。
「えーっと、この子は?」
「会うのは初めてだな。この子は、マルガだ。今は僕と一緒に旅をしている。マルガ。この人はアリババと言ってアラジンの友達だよ」
「よろしくな、マルガ」
「よろしく、アリババお兄ちゃん」
「この二人は俺の連れで、こっちがモルジアナ。小さいのが白龍だ」
  軽い自己紹介を終えた後、私達は一緒に食事の席に着くことになった。なんでもティトスさんとマルガさんはマグノシュタットを拠点に世界を旅してまわっているらしい。今回は高原を目指しての旅らしい。アラジンは別行動だと伝えると、少し残念そうに眉尻を落としていた。きっとアラジンもティトスさんに会いたいと思うから、合流したらこの二人に会いに行ってもいいかもしれない。そう提案しようと、心の中でひっそりと決める。

 不意に、アリババさんが食事の手を止めて、ティトスさんの顔をまじまじと見つめ始めた。その様子に疑問に思ったのは見つめられている本人もだが、私や白龍さんも手を止めてアリババさんの様子が気になった。
「どうした、アリババ」
「あ、いや……。ん? そういや、ティトスって魔法に詳しいよな」
「当然だ」
「それならちょーっと頼みがあるんだけれど、聞いてくれないか?」
  そう言って、アリババさんは私達が抱えている問題を軽く説明した。つまり、この白龍さんが魔法がかかって小さくなった姿だということを。
  説明を受けた後のティトスさんは素早かった。何事かを口で呟いているのは魔法だろうか。私達には見えない何かを見ているようだった。ふむ。と一人頷くとティトスさんは顔を上げた。
「なるほどな……。残念だが、僕にはこの魔法を解くことはできない」
「そんな……」
「落ち込むことはない。僕には無理だが、僕以外にはできる。しかも、とても簡単な方法でこの魔法は解けるんだ」
  解けないと言ったり、解けると言ったり。意味を測りかねて、ティトスさんの顔をまじまじと見た。
「? どうゆうことだ?」
  気持ちはほとんどアリババさんが代弁してくれた。
  魔導士であるティトスさんに解けないのに、簡単に解けるというのはどうゆう意味だろう。と。
  アリババさんのもっともな疑問に、何故か自身に満ちた笑みを浮かべながらティトスさんは頷いた。
「この子にかかっている魔法は古典的な魔法の一種だ。童話にあるのはカエルにされた王子様、だったか? つまり、そうゆう類の魔法になる。この子が好意を抱いている相手と口づけを交わすことによって、この魔法は解ける」

「え?」
「は?」

 一瞬思考が停止したあまりに、口からは間抜けな声が漏れた。
「口、づけ?」
「ああ。キス、というやつだな。この魔法のレパートリーだとカエルやロバになる場合もあるし、子供になっているだけマシな感じだな。ルフを見る限り、この子の好意はアリババ、君に向いている。君がこの子に口づけをすれば、すぐにでもこの魔法は解けるぞ」

――デリカシーのない人ですね。

 なんでそんなに自信に満ちた笑顔なんですか。一方視線を横に反らせば、勝手に思い人を公の場で知り合ったばかりの人に言い当てられた白龍さんは、涙目になりながら顔を真っ赤にしている。
「ん? どうしたんだ、その顔は。……なんでみんな引きつっているんだ? 方法がわかったんだからいいだろう。あ、ちなみに口づけはマウストゥマウス。ちゃんと唇を重ね合わせないと意味がないみたいだ」
  白龍さんの頭の上あたりを確認しながら話を続けている所をみると、どうもそこに説明書でも浮いているのかもしれない。
「……モルジアナ」
  振り返らずアリババさんが私の名前を読んだ。
「……モルジアナ。仕方がないから、な?」
――誰がこんな魔法を白龍さんにかけたんですか!?
  呪いのアイテムだか、悪い魔法使いだか知りませんけど、この魔法って誰得ですか!? どう転んでも白龍さんにしかメリットないじゃないですか!? 大体そうゆう魔法が出てくる物語って、どう考えても両思いの男女がやるものでしょう!?
  今度こそ本当に涙が浮かびそうになる。アリババさんにのされた時でも泣かなかったのに、今は本当に泣けそうだ。こんなことなら、私が小さくなってアリババさんに甘えたかったですよっ!



「ちょっと白龍を頼む、ティトス」
「ん? わかった」

 モルジアナをつれて建物の影に引っ張っていく。

「……怒ってませんよ」
「嘘つけ。思いっきり顔に出てるぞ」
「……」

 大きなため息をアリババさんがつく。どうしようもなく自分が情けない。アリババさんを困らせたくないのに、感情の制御が一向に追いつかない。じっと私の顔を見ていたアリババさんが気まずそうに視線を逸らした。私が彼女にこんな顔をさせてしまっているのか。きっと今の私は情けない顔をしているに違いない。
  アリババさんの言葉を待っていると、急に勢いよくアリババさんが顔を上げた。何かを決意したようにその琥珀色の瞳は真っ直ぐに私を見据えていた。

「どんなに白龍のことはそんな風に思っていない。って言っても、モルジアナは納得してくれないんだろ? だからさ」

 言葉を切った彼女が、耳元に口元を寄せて小さく呟いた。――今晩、部屋で待っているから。

「え?」

 聞き間違いじゃなきゃ確かにそう言った。

「き、聞き返すなよ! 二度も言わねえぞ!」

――あのアリババさんが、誘うなんて……。

 耳まで真っ赤になって、アリババさんが恥じらって視線を逸らしている。そんな彼女が心から可愛らしいと思った。

「す、すみません……」
「わかっていると思うけど、白龍の呪いを解いた後だからな!」

 つまり、ご褒美をあげるから今回のことは目をつぶれということだ。
  私達は早速ティトスさん達の所に戻った。

「待たせたな。良かったな、白龍! 元に戻れるぞ!」

 笑顔でティトスさん達の方へと振り返ったアリババさんが。

「……僕は、元に戻りたくはありません」

 涙目で首を横に振る白龍さんに固まった瞬間、私がここ一番の殺意を白龍さんに感じたことは言うまでもないだろう。

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