小説 | ナノ


  どんどん積み重なっていく間違い4


――あれ? おっかしいなぁ……。

 見間違いじゃなきゃ、白龍とモルジアナは正面から睨みあっている。これってどうゆうことなんだ? モルジアナが気を失っている間は、「僕はこの人にも謝りたい」って白龍は言っていて、謝った後は爽やかな和解の空気が流れるもんだとばかり俺は思っていた。
 しかし、目の前にしている空気は和やかとは到底言い難い。むしろ悪化している。少なくとも白龍は小さくなってからモルジアナを睨んでなかった。その白龍が一瞬でも火花が散ったかと思う様な視線をモルジアナに投げかけたのだから、俺は思わず言葉を失っていた。かといって、部屋で睨みあっていても不毛なだけだ。モルジアナが目を覚ましたなら、やんなきゃいけないことがある。

「起きて早々悪いんだけどモルジアナに手伝って欲しいことがあるんだ。それと白龍にもお願いが」

 おそるおそる声をかけると、睨みあっていた二人がパッと俺を振り返った。うわっ。タイミング見事に一緒で息ぴったりじゃないか。と思ったことは、とりあえず胸にしまっておいた。



 やりたいことというのは白龍の荷物の移動と、その荷物の検査。
 まずは白龍の部屋にあった荷物を俺の部屋に移した。あのまま誰もいない部屋に荷物を放っておいて盗まれでもしたら後味が悪い。とゆーのが理由の一つ。もう一つの理由は、白龍がちっこくなった原因を掴むモノが荷物に混じってないかを探す為だった。人の荷物を勝手に探るのも悪い気がするので、一応白龍の了承を得てでの探し物だ。

「間違っても変なものがあったら、迂闊に触るなよ」

 そう言って俺達は白龍の荷物を調べたけれど、結論から言えば手がかりはなかった。そもそも荷物そのものが極端に少ない。必要最低限の荷物――水筒、食料、財布、衣服に加えて、何かの植物の種が何十種類も入った袋があるくらいだ。
 植物の種についちゃザガンの能力絡みだとは思うけど、俺は植物の学者でもないからどれがどの植物の種かなんてさっぱりだ。袋に手を突っ込んで掴んでみても、手のひらからパラパラと下に落ちるだけ。横目で白龍を見たが、この小さい白龍が植物に詳しい様子もなく、不思議そうに種を見ている。

――この中のどれかを食べると小さい子供になっちゃうとか? んな植物、聞いたことねーぞ。

「目新しい収穫はなさそうですね」

 白龍の長い槍を壁に立てかけて、モルジアナが振り返る。これで調べた荷物は全部だ。

「そうだなー。これ見よがしにわかりやすい魔法道具でもあればって、思ったんだけどな。白龍も見覚えがあるものとかないか?」
「……すいません。何も分からないんです」
「そっか。そんな気落ちするなよ。やっぱりアラジンと合流して、ソロモンの知恵でも何でも借りて、元に戻す方法を探るってのが得策かな」
「他に良い方法があればいいんですが」
「アラジン?」
「俺達の仲間だよ。白龍とも迷宮攻略をした仲間なんだぜ。すっごい魔道士なんだぞ!」
「出発はいつにしますか?」

 窓の外は西日に傾いている。今から歩いたのではすぐに夕暮れになってしまうだろう。

「明日の朝だ」

 きっぱりと俺は告げた。アラジンとの合流地点に行くまでは、あと四つほど村を移動しないといけない。幼い白龍を連れていくとなると、その分大変かもしれない。

――まぁ白龍が疲れたら俺かモルジアナがおんぶすればいいか。



 そう楽観視していた俺は、その出発前に予想しなかった幾つもの問題が立ちはだかることをまだ知らなかった。





「あーよく食べた! 生き返るっ!!」

 朝食、昼食とろくに食べれていなかったアリババさんはようやくお腹を満たせたのかすごく上気分だった。

「……そうですね」
「どうした、モルジアナ。元気ないじゃないか」

――ほとんど白龍さんのせいですけどね。

 上機嫌で振り返るアリババさんの手を、先程から掴んで離さないのは白龍さんだ。というか、今朝は服の裾を掴む程度だったのに、直に手を握り始めるとかこの人は私にケンカを売ってるんだろうか。さっきも街の中歩いている途中、これ見よがしにアリババさんにくっついて歩いて、途中で食べた甘味は同じスプーンで分けあったりするし、時々視線が合えば私に対して小馬鹿にしたような笑い方が一瞬見えたような気がした時もあった。というか、あれは見間違いじゃない。

――ていうか、スキンシップがあからさまなんですよぉおおおっ! 明らかに意識してやってるでしょ!? 見せつけるようにエスカレートしてっ! アリババさんもどうして気付かないっ!?

 むしろ甘えられていることに喜んでいる節すらある。二人をひっぺがしたくて仕方がないけれど、我慢する。大丈夫。アラジンに会うまでの辛抱だ。それが終わったらさっさと白龍さんとは別れるんだから。と、そこまで考えてあることに気付いた。

――……私の、アリババさんと二人っきりの時間が……。

 ない、のか。と、思ってがっくりと肩が落ちた。
  アラジンに会わないと事態が収拾付かないということは、つまり事態の収拾がついた後はアラジンと三人で行動するということ。いや、アラジンのことが嫌いとかそんなことは全くないんですが、なんというか二人きりで歩く道中というのも少し――いやかなり私は楽しみにしていたので、あーもうなんて言えばいいんですかこの気持ち。泣きたい。

「んじゃ、俺お風呂入ってくるわ」

 アリババさんの声に意識が現実に戻される。タオルを片手に部屋を出ていこうとするアリババさんを見ながら、その背中について行こうとする小さい影が映った瞬間、私の手は反射的に動いた。

「白龍さんは、私と一緒に入りましょうね」

 しっかりと、小さくなった白龍さんの襟元を掴んで。



 アリババさんが出ていった後、重苦しい空気が見事に部屋を包んでいた。
  よく考えたら、白龍さんが小さくなってから、私が白龍さんと二人きりになったことはなかったと思いだす。何故か睨みあい第二ラウンド状態になっていた。

「白龍さん。あなたとは一度ちゃんと話をしないといけないと思っていました」
「僕もあなたには言いたいことがあります」

 相手の目を見れば、なんとなく相手の言いたいことがわかったような気がした。多分それは向こうも同じだろう。

「あなた、アリババさんにベタベタし過ぎなんですよ」
「アリババに手を出すのを止めて下さい」

 過ぎていく沈黙。つまり、私と白龍さんが互いに言いたいことは同じだ。アリババさんに近づくなと。

「どうしてあなたにそんなことを言われないといけないんですか」
「その言葉、そっくり返させてもらいます。大体、いきなりく、口付けをアリババにしようとするなんてっ! 破廉恥です!!」

――そうゆう白龍さんは一緒にお風呂に入ろうとしていましたよね。

 思わずジト目で目の前の子供を見てしまった。自分のことは棚上げして私を糾弾するとはどうゆう了見ですか。言葉にするとますますややこしくなりそうだから言いませんが。

「アリババは僕が守ります」
「ふっ。何も出来ない子供のくせに何を言っているんですか」

 子供の主張を一笑する。泣いて甘えることしかできていない癖に何を言うんですか。馬鹿にされたのが頭にきたのか、白龍さんは振り返り壁に立てかけられている槍に向かって走り出した。

「できなくないです! 僕だって!!」
「ちょっ! 危ないですよ!!」

 立てかけてある槍に白龍さんが手をかける。見ていただけの私も流石にこれには慌てた。身の丈の2倍以上の長さの槍を、小さい白龍さんが持てるはずがない。持ち上げようとすれば槍の重さを支えきれず、あらぬ方向に槍が倒れてしまい、当の本人が下敷きにならないとも限らない。
  ぎゅっとその小さな手が槍の柄を掴んだ。ただ、白龍さんはやりを持ち上げようとはしなかった。正確には手を添えただけ、ということだろう。

「!?」

 白龍さんが槍に触れるのと同時に、ざわりと部屋の中で何かが動いた。槍の刃の部分に目をやれば、八芒星が輝いている。――ということは、だ。

「これでもっ! 何も出来ないって言うんですか!!」

 咄嗟に後ずされば、目の前を植物のツタがものすごい速さで横切って行った。その元は、荷物から伸びている。あれか。さっきの荷物点検で見つけた多数の植物の種。白龍さんの周りと、部屋の隅でうねうねと動いているのは改めて確認するまでもなく、植物だ。なんの植物かは私にはわからないですが。
  にしても、いつの間にザガンの使い方を思い出したんですか。他のことは思い出した様子ないのに。

「やる気ですか」
「あんたには負けたくないです」
「良い度胸です。眷属器の灰にしてくれますよ」

 そう言いつつ、私はすたすたと植物の合間を縫って白龍さんの近くに歩いて行った。そして、壁にかけてある槍に手をかける。

「え? え?」

 あっさりと間合いを詰めた私を見て、白龍さんが慌てる。その様子を介さず、私はその手に少し力を加えた。

「てい」
「うわぁ!」

 立てかけていた槍を軽く押して誰もいない方向へ倒した。槍の重さを支え切れず白龍さんが槍から手放した所で、荷物の袋から出てきた植物は力を失って、床にぱたりと落ちた。
  また槍に手を伸ばそうとする白龍さんの首根っこを捕まえて持ち上げた。これ以上部屋を散らかされたくない。そもそも私が眷属器なんて使おうものなら、部屋が全焼しますよ。最初から使う気なんてこれっぽっちもないです。会話をしてちょっと注意を逸らすことができればそれだけで十分です。

「まだやる気ですか」
「は、はなせっ!」

 宙ぶらりんのまま手足をばたつかせているけれど、そんなの痛くも痒くもない。

「アリババは僕が守るんです!」
「だからそれは」
「無理でも何でも守りたいんだ! 僕の大切な人だってわかったから!」

 わめき声の中に混じった、真剣さに私は思わず口を閉ざした。その間も掴まれている手から逃れようと、白龍さんは宙ぶらりんのままもがいている。

「……こんなやり方をしてもアリババさんは守れませんよ」

 ぴたり、と手足が止まっておとなしくなった。静かになったのを確認して、地面に下すと彼はもう槍には手を伸ばさない。代わりに下唇をかんで悔しそうに目に涙をためていた。その様子を見て思わずため息をついた。こんな小さい子供に私は何を向きになっていたのだろう、と。

「白龍さんの分も私がアリババさんを守ります。だから、少しは私を信用してくれませんか?」
「……嫌です」
「は?」
「確かに今の僕は非力です。あなたにもすぐに負けました。でも、元に戻れば十分アリババを守れるはずです。それにアリババに酷いことをしてしまったなら、僕がちゃんと責任取ります! あなたの手は借りません!!」

――下手に出りゃ、このガキャァアア……。

 しゃがんで白龍さんと同じ目の高さに合わせて、じっとその瞳を覗き込んだ。思いっきり威圧感をかけて。

「あのですね。あなたの出番はないと言っているんです。アリババさんは私が守るんです。これから、ずっと。生涯かけて!!!」

 そうですよ。アリババさんを守るのは私の役目なんです。白龍さんには絶対に譲れません。
  しかし、第三ラウンドに突入した睨みあいは、すぐに予期せぬことで終わることになった。



「あ、あの……。モルジアナ? はく、りゅう? ふ、風呂空いたんだけれど……」

 後ろから聞こえてきた声に。
  ゆっくりと振り返れば、顔を真っ赤にしたアリババさんがタオルを抱えて立っていた。

 いつの間にか、私達が気付かない内に、彼女は戻って部屋の中に入ってきていた。

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