小説 | ナノ


  どんどん積み重なっていく間違い3


 朝食はすぐに切り上げた。自分がのしたモルジアナをそのまま放っておくわけにもいかず、俺は気を失ってぐったりしたモルジアナを担いで部屋に戻った。俺が手を出したんだけど、正直あそこまで綺麗に入るとは思っていなかったんだよなぁ。普段のモルジアナだったら不意打ちでも反射でよけそうなもんなのに。

――大体なんだよ。誰が誰の子供を産みたいとか、勝手に決めんなっつーの。

 そりゃ、あんなことがあった後に子供が欲しいだの言った俺が無神経で悪かったとは思うけど。……い、いや、相当悪いか。モルジアナも負い目感じまくりだったし……。モヤモヤとした胸にわだかまる気持ちはモルジアナの眼が覚めるまで晴れることはないんだろうなぁ、と静かに眠っているモルジアナの端正な横顔を眺めてため息が出た。

「……モルジアナのばーか」

 呟いて俺が殴って赤く腫れた顎に絞った冷たいタオルをあてた。

「僕が何か悪いことをしたのでしょうか?」

 ぽつりと。俺の隣で白龍が呟いた。心配そうにベッドに沈んでいるモルジアナを覗きこんでいる。

「……そうだな。飯も食べたんだし、白龍にもちゃんと説明しないとな。話、聞いてくれるか?」

 理解してくれるだろうかと、ハラハラしつつ俺は話をした。白龍はだまって俺の話を聞いていた。
 まずは、白龍は本来なら俺達と同じくらいの年だということ。魔法か何かで今みたいに幼くなって記憶も失っているということ。原因はさっぱりわからないこと。
 ここまで話して、ちらりと白龍の様子をうかがった。白龍自身、話されるとおもっていたことが予想としていたのと違ったのかポカンと口を開けている。

「白龍? 大丈夫か、白龍〜?」
「……そんなことって、あるのですか?」
「うーん。そうなんだよ、なぁ。信じらんないのもわかるよ。どうしてそうなったのか原因は俺達にはわからない。どうにかして元に戻してやりたいんだけどな」
「でも、少しだけわかる気がします」
「ん?」
「僕、母う……いえ、アリババの近くにいるとすごく安心できるんです。アリババと一緒なら大丈夫だって気がします。僕はあなたのことを何も知らないはずなのに。どうしてなんだろうって、ずっと不思議でした」
「そ、そう……なのか?」
「はい。きっと、あなたが優しい方だって僕はわかっていたんですね」

 上目遣いで大きな黒い瞳が俺を見つめている。作り笑いじゃない、素直な笑顔に庇護欲がかきたてられて、思わず抱きしめたい衝動にかられる。この可愛さは反則だろ!?

――いやいや、ここは我慢しねえと……。

 じゃないと、モルジアナをますます怒らせちゃいそうだ。あのことでモルジアナは白龍と完全に和解してないし、目を回す前のモルジアナのイライラは多分俺の行動のせいだ。つい、ちっこい白龍が可愛くてかまってばっかで、その間のモルジアナの気持ちは置いてけぼりにしていた。彼が何か思いつめてそうだとわかったいたのに。

「……でも、この人は僕に怒ってました。僕は何をしてしまったんですか?」
「う。そ、それは…………………ケンカ、してたんだよ」

 ケンカというより殺し合いの方が近い意味あいだったんだけどな。と続けて出そうになった言葉は呑み込んでおく。
 ここからが一番どう説明したらいいか悩んでいた所だ。そもそもこんなに小さい子供に話せるような内容じゃない。かいつまみつつ、オブラートに思いっきり何重にも包んであの事を俺は白龍に説明した。
 俺達は知り合いで、迷宮を一緒に攻略した仲間だったってこと。けれども、周囲の状況の変化や行き違いで対立して、白龍の手で俺が大怪我――ということにしておく――をして、そのことでモルジアナがまだ白龍のことをまだ許し切れていないということ。

――まぁ、こんなところだよな。

 本当はもっとややこしくて頭を抱えたくなるようなもんだけれど。
 ただ、そのオブラートに包まれた説明でも、それなりにショックはあったようで。

 白龍は震えていた。

 迷宮を一緒に攻略した辺りは顔を輝かせて嬉しそうに聞いていたのに、対立して俺が怪我した辺りになると顔が青くなっていった。

――そりゃそうだよな。

 白龍からしてみれば今の自分は敵陣営にいて、かつその相手に危害を加えているってことだ。知らされた事実は白龍自身の置かれた立場が危ういものだって知らされたようなもんだ。顔が青くなるのも無理はない。

「そんなことを……僕がしてしまったんですか?」
「う、うん……。そう、なんだよなぁ。あ、でも、今の白龍がそんなに気にすることはないんだぞ。お前は何もしていないんだから。それにその事で俺はお前を恨んでどうこうしようって気持ちはないから心配しなくても」
「でも、僕がやったんですよね。それなのに僕……」

 目を潤ませて今にも泣きだしそうだ。

――そっか、こいつ。

 どうも勘違いしてたみたいだ。白龍は自分の身のことじゃなくて、俺のことを――。

「大丈夫だって。ケンカしたって仲直りすればいいんだ。俺はお前を見捨てない。ちゃんと元にだって戻してやる。だから、安心しろって」
「……ごめんなさい」
「今の白龍が謝ることじゃないんだよ」
「でも……、ごめんなさい」

 やっぱりほっとけないな。
 手を伸ばすと白龍の肩が震えた。その頭に手をのっけて撫でてやると窺うように俺を見上げている。その瞳は真っ直ぐに俺の目を見据えている。
 責任感が小さい頃からも強そうで、人一倍自分を責めちゃいないか心配だ。そもそも、自分が覚えていないってのに人に言われただけで信じ込むってのは危ないと思うぞ。

「なぁ白龍。俺が言うのもなんだけど、お前何も覚えていないんだろ。俺の言ったことを鵜呑みにして、お前が責任を感じる必要はないんだぞ」
「アリババはウソを言ってません。僕があなたに迷惑をかけたんでしょう。それくらいわかります」
「あ、いや、そうなんだけれど……」

 がしがしと頭を掻いた。

 そうだった。
 こいつ面倒な奴だった。
 一度決めたら梃子でも曲がらないくらい面倒な奴だった。



「とりあえずモルジアナと仲直りするか」

 それがスタートだ。それから話しあって解決方法をみんなで探そう。そう決めた。





 どこだっただろうか。いつだっただろうか。
 アリババさんと私は話していた。アリババさんは思いつめたような顔で首を横に振る。
 ああ、そうだ。これは――。

『――だったら私も一緒に』
『ごめん。モルジアナは、連れていけない』

 胸に暗闇を落とした言葉だった。その言葉を聞いた時の衝撃は今でも忘れられない。そう言えば、アリババさんはアラジンに同じ言葉を投げかけられていた。その時のアリババさんも、こんなに辛かったのだろうか。身が引き裂かれたように心が痛い。苦しい。それこそ一瞬思考が止まってしまうほどの。

『うそ、でしょう?』

 手が震えた。言葉がうまく紡げない。
 行かないでください。置いて行かないで。また、あなたは私の前からいなくなってしまうんですか。嫌です。一緒に連れて行って下さい。私にあなたを守らせて下さい……っ。

 どんなに言葉を紡いでもアリババさんを引きとめることはできなかった。彼女が内に抱えている物も知らず、私は自分の喪失感に打ちのめされ立ち止まっているだけだった。目の前で彼女が奪われていくのを見ていくことしかできなかった。
 終わったことのはずなのに、この時の感情は今も私の胸を焼く。後悔として、戒めとして。





 目を開ければ飛び込んできたのは白い天井だった。よかった。夢だった。詰めた息を吐き出せば、熱に苦しんだ後みたいに背中に汗をかいていたことに気付く。

「モルジアナ? よかった、目が覚めて」
「……」

 かけられた言葉に顔を動かせば、視界の端に見慣れた黄色い髪が映った。

――そう言えばアリババさんに殴られたんでした、私。だからあの夢を見たんでしょうか。

 気を失う直前のやりとりを思い返して、またため息をついた。あの時の自分は確実に頭に血が上っていた。私が白龍さんとはいえ子供を殴ろうものなら、大怪我どころで済むはずがない。アリババさんの言い分に耳を傾ける余裕がないほど、本当にどうかしていた。
 体を起こせば顎にあてられていた布がぽとりと落ちた。

「うなされていたから心配したんだぞ」

 私を安心させるようにアリババさんがほほ笑んでいる。ベッドの上に落ちた布を拾うと、アリババさんは背を向けて近くの桶に布を浸した。

――よかった。アリババさんはちゃんとここにいる。

 アリババさんが離れていく夢を見たせいか、近くに彼女がいることにすごく安堵している自分がいた。ベッドから立ち上がって、アリババさんに近づいた。手を伸ばして後ろから抱きよせてしまったのは、夢じゃなく現実にアリババさんが近くにいることを感じたかったからかもしれない。

「モルジアナ……?」
「また、置いて行かれるかと思いました」

 ぎゅっと抱きしめた。腕の中の、紛れもなくここにアリババさんがいる暖かい感触に心が落ち着いていく。

「呆れられることをした自覚はあります。でも、もう置いて行かないでください」
「何言ってんだよ、モルジアナ。あれくらいで愛想尽かすはずがないだろ」

 腕の中でアリババさんが笑っているのがわかる。そのままあやすように背中に手を回されて、軽く叩かれた。暖かい。アリババさんの手のぬくもりも、抱きしめた体も暖かい。できたらずっとこのままでもいいかな、なんて思ってしまう。その暖かさに、胸の内にしまっていた本音が少しだけ口から零れていった。

「でもアリババさんはよく何も言わずに私を置いて行くでしょう。チーシャンの時もバルバッドの王宮に乗りこむ時も。白龍さんの時は言葉を交わしましたけど、私を置いて行ったじゃないですか……っ」

 あやすように私の背を叩いていたアリババさんの手が止まった。アリババさんの顔が見えなくて良かったと思う。今、自分がどんな情けない顔でいるかを見られないで済むから。
 首筋に顔を埋めて、少しだけ強くアリババさんを抱きしめた。腕の中でアリババさんがびくりと体を震わせる。

「怖かったんです。夢を見て――もし、またあなたがいなくなっていたらって――」
「それは……ごめん」

 抱きしめていた手をほどいてアリババさんの肩に手を置いて、体を少しだけ離した。眉尻を下げた困った表情でアリババさんが見上げている。柔らかく丸い頬には朱が差していて、その上での蜂蜜色の瞳で上目遣いだ。思わず唾を飲み込んだ。

「私には、言ってくれないんですか」

 ちょっとだけ私の声が震えていた。

「え?」
「私は……あなたとずっと一緒にいたいです」

 柔らかそうなアリババさんの唇。彼女の唇は甘い。なのだけれど、重ねる機会がなかなか訪れないし、色々と妨害があったりして、最近は御無沙汰だった。片手を彼女の顎に添えて、目を閉じて重ねようとすると、ぶちゅと思ったより固い感触。
 目を開ければ視界いっぱいにアリババさんの手のひらが広がっていた。

「……アリババさん」
「あーっ! ちょ、ちょっとタンマ! 今は無理ぃっ!! は、白龍が見ているからっ!!」

 言われて。視線を横に動かせば、わなわなと体を震わせて茫然と私達を見ている小さい白龍さんがそこにいた。





 目が覚めて一番最初に白龍さんからかけられた言葉は、

「ごめんなさい」

 だった。……その割には思いっきり私を睨んでいる。
 アリババさんによれば、事情は説明したし、どうして私がイライラしているのかも、事前に白龍さんが起こした事件も――事件に関してはかなりオブラートに包んだようだったが――説明したらしい。その上での白龍さんの謝罪だったのだろう。

 が。

 今、その彼の視線から私に感じる感情は、完全な敵意。しかも、アリババさんの隣に陣取っていてさり気無く腕をしっかりと掴んでいる。これが本当に謝罪?

――おかしいですね。

 一応謝罪の場という話だけれど、気のせいじゃなければどう考えても私と白龍さんは正面から睨みあっていた。

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