アリババ君のクリスマスイブ反省録
クリスマスイブは意中の女の子と過ごすことができた。
用意していたプレゼントも渡すことができた。
このたった二つだけを挙げれば、未だに彼女がいない自分としては及第点と言って良いのだろう。けれども、アリババのため息はつきなかった。あーしておけば、こーしておけば、頭の中ではその繰り返し。一番問題だったのはやっぱり雰囲気だった。観覧車乗れなかったのが特に痛い。
乗れそうだったら乗ろうか? と言っていた観覧車は外から見る限り、観覧車の乗り場に歩く人がまばらだったもんだから今ならまだ空いているのかと思った。が、実際乗ろうとして歩けば、その下では沢山のカップルが比較的風が当たらない場所で待たされていた。
そのかなり長い列に、隣に並んでいたモルジアナが一言。
「並んでいるので他に行きますか?」
「……ああ、うん」
気乗りのしない返事で観覧車に乗らないことが決まってしまったのはすごく残念だった。
本当なら、観覧車に乗って、景色を眺めつつ、一番上に上ったところで、カバンに隠し持っていたプレゼントを渡す。学校の金工教室を使って、ちょこちょこと作っていたシルバーの指輪だ。ご丁寧に赤い化粧箱を用意して、開ければまるでマリッジリングみたいな光沢を放っているのがわかる。それを、だ。観覧車に乗って一番上についたところで、そっと差し出す予定だった。『いつも傍にいてくれてありがとう』って言って。
――うん、予定だったんだよ。
思い返して泣きそうになる。二人きりで、良い雰囲気になれば、そのまんまあわよくば口づけまでいけるんじゃないか、とさえアリババは考えていた。指輪を喜んでくれている彼女の頬に手を伸ばして――。と。観覧車にかける思いはアリババの中で結構重かったのだ。
その後、そんな予定があったことを全く匂わせず近くにあったゲーセンでちょっと遊んだ。別に険悪な雰囲気だとか、気まずい雰囲気とかではなかった。ただ、恋人たちが醸し出すようなロマンチックな雰囲気だけは見事に皆無で、ゲーセンに入ったときのアリババの感想は、『ああ、ここじゃプレゼント渡せないなぁ』だった。騒がしいし、二人だけになれる場所はないし、一緒に遊ぶ分には楽しめたけれど、なんかもう違う。
その後、外に出れば空はうっすらと紺色に染まっていた。時間がちょうど良かったのか、イルミネーションが綺麗に瞬いていた。
――ああ、これなら。
まだ望みはありそうだ。綺麗なイルミネーション、寒い中寄り添って歩く恋人達。ゲーセンでかなり失った雰囲気をここでなら取り戻せる。
「綺麗だな」
「綺麗ですね」
イルミネーションも綺麗だったけれど、それを眺めているモルジアナの横顔の方がアリババには綺麗に映った。
少し歩けば、すごく寒いにも関わらず川の畔のベンチにはカップルが並んで座っている。結構人もまばらだから、二人っきりの空間を維持できそうだった。
――そうだ、これならっ!
幸い明かりもあるから、プレゼントが全く見えなくなるってこともないだろう。むしろここを逃すと二人っきりになれるような空間なんてない。寒いのが難点だけど、プレゼントを渡してちょっと良い雰囲気になるまでの辛抱だ。
「カップルばっかだなー」
「そうですね」
「なぁ、モルジアナ。俺たちも――」
座ってみないか、って言おうとする前に、モルジアナが口を開いた。
「よく風邪引かないですよね。下に引くものもないのに」
「……ああ、うん。そうだな……」
――フラグ折られまくるとマジ辛い。
寒がっているモルジアナの意向をねじ曲げてまで、ここで座ろうと提案するのはNGだろう。はた、とアリババは気づいた。イルミネーションも綺麗だったけれど、この明かりに彩られた橋を渡りきってしまうと駅が待っている。つまり、終点。このデートの終点だ。
橋はゆっくり歩けるほど長いけれど、このまま何もせずに渡りきれば、『今日はもう帰りましょうか』のモルジアナの一言で終わってしまうのはわかりきっている。
――用意してんのにプレゼントを渡さないでクリスマスイブが終わるって、どんな大失態だよっ!
しかも、少しでも立ち止まる素振りを見せてくれないかなーとモルジアナをちらちらと、アリババが様子を伺っているものの、よほど寒いのかむしろモルジアナはやや早歩き気味だった。
手を伸ばしてモルジアナと手を繋いでみたいとアリババは思ったけれど、寒さのせいかモルジアナは両手を前ですり合わせている。
前を歩いているカップルが肩を抱き寄せているのを見て、「寒いしあんな風に歩いてみようか」と、ちょっと習って手を伸ばしてみると、「は、恥ずかしいですっ」と、そそくさと逃げられてしまう始末。
――あー、もう脈とかないのかな、俺……。
なんだって意中の相手といるのに、こんなに焦ったり落ち込んだりしないといけないんだよ! 胸中で自分を罵りながらも、アリババは焦るのを必死に押しとどめて決心した。もう細かい雰囲気とかは諦めるとして、プレゼントだけでもちゃんと渡す方向で行こう。と。
「なぁ、モルジアナ。寒いしどこかで暖かいものでも食べないか?」
「でも私、まだおなかが空いてません」
――なんで、昼をバイキングにしちまったんだっ!
正直自分もちょっと胃もたれするくらい食べたから、今のモルジアナの気持ちをアリババはわからんでもなかった。そもそも、今日モルジアナを連れ出した口実も、スイーツバイキングに食べに行かないか? って内容だったもんだから、バイキングなのはある程度仕方ないんだけれど。
「ちょっとだけでも、な?」
しかし、ここで引き下がる訳には行かなかった。プレゼント渡すだけならそりゃ駅前でもいいかもしれないけど、プレゼントは指輪だし、どうせならちゃんと指にハマるのかとか着けているところをみたい。その為にはどうしても座ってゆっくりできる場所が必要だった。
「俺が知っているバーなら、食べ物そんなに頼まなくてものんびりできるし、食べれるだけ頼んでちょっと暖まるってこともできるしよ」
「……それなら、わかりました。いいですよ」
ああ、良かった。最後の砦は守られた。
そんなことをアリババは感じていた。
カウンターで注文と支払いを済ませて、戻ってくるとモルジアナは周りをしげしげと眺めていた。英国風パブと題しているこの店は、店内が木を使ったテーブルやカウンターで揃えられていて結構雰囲気が良い。英国風だけれどご飯も安くておいしい。結構気に入っている店だった。
「結構良いだろ」
「はい」
丸い小さなテーブルは座ってみればちょうどいい距離間のようだった。飲み物を手渡して、軽く乾杯をする。アリババはアルコール、モルジアナはノンアルコールドリンクだった。他にも注文した料理はこの後運ばれてくる。その前に済ましておきたいことがあった。
「なぁ、モルジアナ。渡したいものがあるんだけど……」
「え?」
アリババはそう言ってカバンからそっと白い小箱を取り出した。そして、その白い小箱から赤い化粧箱を取り出す。女性が持っていそうなカバンをモチーフにした化粧箱だ。細心の注意を払いながら、アリババはその蓋を開けて見せた。
「指輪。その、いつだったか作ってやるって言ってただろ。それで、その……」
――だああああっ! なんで予定通りに言えないんだよっ!
しどろもどろなこの言い方じゃ格好悪すぎる。そう思ったけれどアリババ自身渡すことだけに頭がいっぱいいっぱいになっていて、気のきいた言葉が頭に浮かばなかった。いつの間にかプレゼントを渡すことだけが頭の中にあって、その前後の言葉の選び方とかはすっぽ抜けていた。それが、ここに来て見事に出てしまっている。
「い、いいんですか? 私、何も用意していないのに……」
「いや、本当に気にするなって! いつもモルジアナに世話になっていて、ありがとうって気持ちなんだから!」
――言ったけれど、なんか違う……。
どこかやけくそ気味に言ったけれど、もう雰囲気とかはなかった。違うんだけれどなー。こんな予定じゃなかったんだけれどなー。
「そ、れではいただきます」
なんでこんなに堅いんだよ。モルジアナの受け取る手が少しギクシャクして見えた。
――ああ、でも。
指輪をつけてみて、言葉を多くは言わなかったけれど、嬉しそうにはにかんだモルジアナを見て――。
――まぁ、いっか。
と、アリババも微笑んだ。
そして、手を伸ばすには少し広いテーブルが憎かった。
クリスマスイブは意中の女の子と過ごすことができた。
用意していたプレゼントも渡すことができた。
このたった二つだけを挙げれば、未だに彼女がいない自分としては及第点と言って良いのだろう。けれども、アリババのため息はつきなかった。
一番問題だったのはやっぱり雰囲気だった。せっかくのクリスマスイブだって言うのに、告白っぽい雰囲気には欠片もなれなかった。せめてあのパブのテーブルがもう少し小さかったら――その場合は料理が乗り切らないが――、手を伸ばしてモルジアナの手を取れる距離だったら、人目を気にせず頬に触れられる場所だったら、と何度も思い返してしまう。
狭くて一周15分という二人きりの時間があれば、もっとロマンチックな雰囲気になって、イルミネーションの街道を手を繋ぐか、肩を抱き寄せあってか、で歩くことだってできたのかもしれない。
やっぱり、観覧車乗れなかったのがすごく痛かった。
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