小説 | ナノ


  満月の夜に


「満月の夜は絶対に俺に近づかないでください」

 夜に白龍の部屋に遊びに行くようになって、窓の外を眺めた白龍が思い出したように俺に言った。

「そういえば、もうすぐ満月だな」

 外を眺めながら、満月の日に何かあるのかと俺が聞けば、言葉は濁された。ただ繰り返し、その日だけは来ないようにと念を押された。



――んなこと言われると余計行ってみたくなるもんだよなぁ……。

 ちょっと遊びに行ってくる。と部屋を抜け出してすっかり暗くなった通りを俺は足音を消して歩いていた。あんなに念を押すのだから、もし本人に会ったら思いっきり怒られるかな。それだったら、こっそり様子を見て帰るだけにしても良いかもしれない。場合によって、行動は柔軟に変更しよう。満月の日に白龍に何があるのか、それをつきとめるのが今の俺にとって一番重要なことだった。

 昼間にこっそりと拝借していた鍵で、音をなるべく立てないように静かに鍵を回した。ゆっくりとドアを開けて、中にはいる。すでに明かりが落ちている様子に、俺は首をかしげた。

――あれ? もう白龍ねむっちまってんの?

 夕食を食べてから、それほど間は空いていない。いつもの書物を読みふけっている白龍の姿を思い返して、不意に気付いた。そう言えば、今日は夕食の場所にも白龍は顔を出していなかった。それって、こんなに早い時間に明かりが落ちていることと何か関係があるんだろうか。
 ゆっくりと部屋の奥に進むと、窓際にある寝台が月明かりに照らされて暗闇の中で浮かび上がっていた。寝台の上に、敷き布が盛り上がっているシルエットがくっきりと見える。
 眠っているなら、と俺はゆっくりと寝台に近づいた。

――寝顔でも拝んで今日は帰ろう。眠っちまっているなら、どうして今日近づくなって言ったのか聞けないしな。

 じゃらり。と聞きなれない鎖の音に、反射的に俺は振り返った。部屋を反響して聞こえたその音に思わず周りを注意深く探る。入ってきた扉も注視したけれど、暗闇の中で動くものは見られなかった。

――なんの音だったんだ?

 胸に湧いた例えようのない不快感。何も音がしない部屋だからこそ、さっきの鎖の音はまだ耳に残っていた。聞き間違いじゃない。けれども音が何だったのかわからない。
 視線を前に戻して、違和感に眉をひそめた。確かに誰かが横たわっていたはずの寝台が空になっていた。

 寝台にあと一歩というところまで近づいて、覗きこんだ。やっぱり誰もいない? 元々、この上に誰かがいたと思っていたのは俺の見間違いだったか? さっきの鎖の音といい、何かが変だと思ったけれど、その不安に俺はフタをして 深く考えるのを止めた。気味が悪いなら早く帰ろう。

――なんだ白龍、でかけてんのか。

 だから、来るなって言ったのか。と思いなおす。それにしちゃ、あいつの言い方は妙だったけど。

じゃらり。

 もう一度、その音が耳を掠めた。今度は、真後ろから。

「んぐっ!」

 振り返る前に、肩を痛いほど強く掴まれ、そのまま寝台に叩きつけられた。俺が逃れようとする前に、すぐさま、片 手がひねり上げられ背中に押し付けられる。やばい。動けない。
 黙って入ったのは俺だし、不審者と思われているんだろう。せめて害意がこっちにはないことだけでも伝えねえと。

「ちょ、ちょっと待ってくれっ!」

 叫んだけれど、俺を押さえつける手の力はびくとも変わらなかった。ついでに、抑えつけている相手も何も返事を返さなかった。首をひねって、何とか相手の顔を伺おうとした。
 月明かりに反射して俺を押さえつけている奴の端正な顔が浮かび上がる。見覚えのある火傷の痕に、そいつが誰なのかはすぐにわかった。けれども、まとっている雰囲気がいつもと違っていて――どう違うのかと言われるとすごく困るんだけど――、息がつまった。

「はく、りゅう? わ、悪い。来ちゃダメだって言ってたけど、どうしてなのか俺、知りたくて……」
「……」
「とりあえず、この手を放して欲しいんだけれどな〜〜。……おい、なんとか言えって」

  こっちが言葉を重ねても、白龍は何も答えなかった。

じゃらり。

 また、あの鎖の音がする。そういえば、背中がちょっと冷たい。音の元と、その冷たさの原因が何かと、目で追うとはっきりは見えないけれど、ベッドの下から鎖が俺の背中の上に伸びているのがわかった。わかったけど、どうゆうこと?
 白龍の顔を盗み見る。なぜか白龍は笑っていた。その口元に光る牙に、思わず息を呑む。あれ? こいつの犬歯ってそんなに鋭そうだっけ? それに黒髪から覗く耳がこころなしか尖っているように見える。あれ? 眼の色だって金色だっけ?
  疑問に頭がぐるぐる回っている間に、白龍が背中に体重をかけてきた。跳ねのけようにも体は抑えられたまま動かない。じゃらりじゃらりと耳障りな鎖の音がする。その中で、首元に白龍の息があたって身がすくんだ。

「はく……りゅう?」

 首をひねって見えたのは白龍の黒髪だけだった。そう思った瞬間、首筋に鋭利なものが肌に食い込んできた。

「っぁ……! はく、りゅっ!?」

 首筋を濡らしたのが唾液なのか、流れた血なのかはわからない。痛みのあまりに息が詰まる。噛まれた、のか?

――このまま喰われる?

 視界の端に映った獣のような耳に、確かに白龍がいたはずなのに誰が背中にいるのかがわからなくなる。



 むせかえるような血の匂いにクラクラしながら、痛みに耐えて歯を食いしばった。

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