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  出しそびれた手紙


「手紙? 俺に?」
「とはいっても、アリババ様宛に書かれたものではないのですけれど」
「???」

  いまひとつ要領を得ないまま、女中に差し出された茶色くしなびた封筒に目を落として、ああ。と声が漏れた。

「確かに俺のだ」



 宛名も、封筒の裏に書かれた差出人の名前も確かに俺の筆跡だった。書かれてから時間が随分経ったことを示すように、薄茶色だった封筒は日に焼けてその色を随分濃くしている。そういえばこんなの書いていたな。すぐに無くしたから忘れちまっていたよ。話を聞けば俺の名前の入った封筒が遠くレームの地で地べたに落ちているのをバルバッドの人間が目にしたらしい。
 アリババ・サルージャ。その名前はそれなりに有名だったらしく、封筒は行商から王宮へ、そしてバルカークの手に届いた。それで、久しぶりに王宮に訪れた俺にその封筒が回ってきたというらしい。随分数奇な運命をこの封筒は辿ってきた。よく戻ってきたもんだよな。胸中で思い返しながら、俺はその封を切った。
 封筒からはしなびた一枚の紙が出てきた。水にでも濡れたのだろうか、と少しパリパリとした紙を破らないように丁寧に俺は開いていった。そして、目を通して、幸いにも紙に書き連ねた文字は滲んでいなかったことに安堵した。

『白龍、元気にしているか。そっちはどうだ? 俺は今アクティアからレーム帝国へ向けて船に乗っている』

 何度書きなおしたか分からない書き出しだ。別の紙を用意して、そっちにひたすら文章を書いては、これは違うかなと書きなおした記憶がある。船の上であーだこーだと一人唸っては悩んでいた。なんせ、手紙なんて人宛に書いたことがなかったもんだから、どう書いたらいいかわからなかった。
 その上、相手はよりにもよってロクに別れの言葉すら交わせなかった相手だ。大聖母の事件の後だから、気まずさもあって、相手を責めるような言葉も浮かんできていた。けれど、そうゆう言葉って読み返してみると受け取った側も気まずくなるのがわかるんだ。結局あの時の俺の言葉って、白龍を追い詰めただけなんじゃないかって、そう思えてくるくらいには。
 だから、そうゆう相手を責めるような言葉は書かないようにしたんだ。ただ一つ、自分の望みだけをその手紙には書いた。

『最後にちゃんと別れの挨拶ができなかったことを今でも俺は悔いている。できれば、レームでの修業が終わったらもう一度、白龍としっかり話をしたい。どうしても、話したいことがあるんだ』

 その手紙はそれだけしか書いていなかった。
 そもそも他国の王族が送ってきた手紙など検閲されることもありえるだろう。となると、詳しい内容を書く訳にもいかない。この文章を書きだすまでにはその倍以上の、文章があったというのに。
 届かなかった想いは形だけ残して、数年後の自分へと戻ってきた。届いていたら何か変わったのか、とくだらないことも考える。レームへ行く途中で身ぐるみ剥がされた時に、手紙のことなんてすっぱり忘れていたのに。今更のようにこの手紙に願いをかける自分が酷く滑稽だった。

 手紙を元の封筒に戻して、机の上に置いた。
 その上に、懐から宝剣を取り出して、小さくジンの名を呼んだ。ちりちりと音を立てて、封筒が角から静かに燃えていく。

「今度こそ、届くといいんだけれどな」

 黒ずみへと変わった手紙を前に小さく呟いた。






「アリババ様。また同じようなお手紙なのですが……」

 あれから一週間、以前貰ったのと同じような手紙がまた俺の所にやってきた。
 女中は俺にその茶色くなった封筒を手渡すと静かに部屋を退出していく。ばたんと戸が閉まる音を聞いてから、封筒に目を落とした。宛名は白龍、差出人はアリババ・サルージャ。住所も何も書いていない、それだけの封筒がどうやって俺の下に帰ってくるんだろうか。
 拾った人は同じ人なんだろうか。後で聞いてみてもいいか。けれども、一週間と言う短い期間を考えると、以前の手紙を拾った人物がまた拾ったとは考えにくい。この手紙を無くしたのは、レームを移動している時に盗賊に襲われて身ぐるみを全て失った時なんだから。
 封を切って、俺は手紙を取り出した。

『白龍、元気にしているか? 俺は元気だ。船旅も嵐に巻き込まれず、南海生物に遭遇することもない。いたって順調に進んでいる』

 そう言えばあの後もまだ手紙を書いたんだった。一通書いて、それからもう一通。二通目以降は船旅の暇つぶしのようなものだった。思い返せば、あの時の俺は白龍に今の自分がどうしているのかを伝えたかったのかもしれない。

『こうして船旅をしているとさ。なんか、白龍の料理思い出すんだよ。お前の料理美味しかったな――って。あ、船で出される飯は美味しいんだぞ。機会があったら白龍にも食わせてやりてえな。美味しかった名物とか旬の魚とかしっかり覚えるからさ。今度一緒に美味しいもん食べに行こうぜ』

 一通目が緊張して書いた反動か、二通目は思った以上に日常的な内容になっていた。あまり覚えていないけど、もしかしたら、一通目はともかく二通目以降の手紙を俺はあいつに出すつもりがなかったのかもしれない。
 
「白龍の料理、か……」

 胸の内に浮かぶのは、やっぱりこの手紙に書いたことも、俺はやりそびれたってことだけだった。一通目の時と同じように、この手紙がもし届いていたらどんな反応をしたんだろうかと、考えていた。白龍のことだ。そんな穏やかな状況じゃないだろうから、くだらないと一蹴するに違いない。それとも――、少しでも俺達との旅を思い返してくれただろうか。
 相変わらず、出しそびれた手紙に願いをかける自分が滑稽だった。涙腺が多少緩んでも、俺は涙を流すことはなかった。

 手紙を封筒に戻して、机の上に置く。そして、俺はまた小さくジンの名を呼んだ。






 それから、奇妙なことは後三回続いた。それもちょうど一週間の間をあけて。
 気になっていた手紙を拾った人だけれど、話を聞けばどうも一通一通別の人が拾っては届けてくれているらしい。
 それも、俺がこの手紙を書いた順番に。
 一体何なんだ。この奇妙な出来事は。

 最後の手紙を受け取って、その内容を見て、また燃やして。

 それから、また一週間。
 今度は、俺がペンを手に取っていた。

『白龍、元気にしているか? 俺は元気だ。今、バルバッドにいる』

 相手がもういないのに手紙を書くなんて馬鹿だろうと、傍から見たらきっと言われるだろう。俺も変だって自覚している。それでも、どうしてか手紙を書きたくて仕方がなくなった。

『聞いてくれよ、奇妙なことがあったんだ。ここ最近さ、バルバッドに戻ってからの話なんだけれど、俺に手紙が届いたんだ。昔、白龍宛に書いた手紙がさ。まぁ、お前の所に届いた手紙じゃないから、お前は知らないって言うんだろうけど――』

 日記のようなものだ。それこそ、ここ最近起きたことを、伝えたいのに伝えたい相手がいない寂しさを紛らわす為の、日記。

 その日記を記した手紙を書いて、その紙を封筒にいれて。

 宛名は練白龍。差出人はアリババ・サルージャ。

 宛名がハッキリ見えるように表にして、机の上に置いた。

「頼むから、今度こそ読んでくれよな」

 そう一言つぶやいて。俺は小さくジンの名を呼んだ。

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