小説 | ナノ


  一歩進んで二歩下がってそれから



 一回目は酒のせいで、気の間違いが起きたんだ。それで済ませられるものでもあると思う。互いの了解があれば。けれども、二回目ともなるとそうはいかない。

『今夜、俺の部屋に来てくれませんか。その、アリババ殿一人で』
『ああ、いいよ』

 なんで二つ返事で了承しちゃったんだろうな、俺! 訪れた俺をそれはそれは丁寧に招いてくれた。用意されていたのは少量の酒。互いに一杯ずつ飲んで、軽く会話したのもつかの間、ふとした弾みでキスされ、ベッドに組みしかれた状態が今の俺である。思わず自重してしまう。どこで間違えたんだろうと。

「あの――。白龍、本気……?」

 押し倒されたまま白龍を見上げる。近くで見ると白龍は本当に整った綺麗な顔をしている。こいつモテるんだろうなぁとこんな状況にも関わらず場違いなことを考えていると、その白龍の形の良い眉が不機嫌そうに寄った。

「そのつもりで来てくれたのではないのですか?」

 誘いの文句だったのか、アレ。そりゃ俺が女だったら、男から夜に来てくれなんて誘いだって思うだろ。でも、同姓だぞ、同姓! しかも、男!! こいつ何か悩みでもあんのかな。相談したいことでもあんのかな。って思うのが普通だろっ!
  いや、まぁこの前男同士でもできるっつーか掘られたし。それからそんなに日も置いてないけどさ。ていうかあん時の酒飲んでて記憶飛んでてないんだよっ! 白龍もそうだって言ってたから、んじゃなかったことに。って話にしたんじゃなかったっけぇ?? 意外とあの日ダメージでかくて別れた後――朝早く目が覚めたので慌てて自室に戻ったんだけど――、二日酔いだけじゃなくて動きがにぶくて師匠にも怒られたし、ケツの奥になんか詰まったような変な感じは残っているし、あまりこうゆう行為についての印象って良くない。
  あーだこーだと頭の中がぐるぐると回って俺は黙り込んでしまった。その様子が気に食わなかったのか、白龍はますます眉をひそめて、急に顔を近づけてきた。

「ひゃぅっ!」

 くすぐったくて口から飛び出た高い声。へ? 俺、こんな声出るの?? 視線をかろうじて動かせば、飛び込んでくる艶やかな黒髪。白龍は俺の首筋に唇を落としたままだ。

「ちょ、ひぁっ! はく、りぃぅっ!!」

 何度も、首筋を吸われる。その感触がくすぐったくて、びくりびくりと身体がはねた。逃れようにも身体はがっちりと白龍に押さえられていて動けない。そのうち、身体も熱くなっていって、息が荒くなっていく。

「……なんですか」
「ひ、との。話くらい聞けって……」

 顔を上げた白龍と視線が交差する。

「お前、俺のこと好きなの? それとも溜まっているだけ?」
――あ、しまった。

 質問が悪かったとすぐに理解した。白龍の険しくなる表情を見て。つまり、後者はいらなかった、らしい。冷たい視線を前に、背中に冷や汗がにじみ出そうだ。

「溜まっただけで俺があなたを抱こうとする人間だとあなたは思っているんですか」
「そうは思っちゃいないっ。けど……前のって、なかったことにしたんじゃなかったのかよ。白龍だって覚えてないって」
「それはあなただけです。覚えてないのは」
「え?」
――それは初耳だぞ。

 思わずまじまじと白龍の顔を見てしまう。

「あなたが覚えてないって言って、なかったことにしようって言って……。俺だってアリババ殿がそう言うならと、忘れようとしましたよっ! でもっ、できなかった……っ」

 今にも泣き出しそうな顔に、無神経に俺がこいつを傷つけたってことはよくわかった。

「どうせあんたは覚えてないんでしょう。俺に好きだとか、大丈夫だとか言ったこと。俺は、嬉しかったのに……」
「う……ごめん」

 残念なことに全く覚えていない。

――んなこと言ってたのかよ、俺……。

 ううう。何回酒で失敗すれば俺って学習するんだろ。不意に上から俺を押さえつけていた力が消えた。白龍が遠ざかっていく。

「……すみませんでした。あなたにその気がないならこれ以上はできません」
「ちょ、ちょっと待てよ!」

 早々に離れようとする白龍の腕を体を起こして慌てて掴んだ。止まる様子のない白龍にそのまま腕に引きずられそうになる。ようやく止まったと思えば白龍は俺をじろりと睨みつつ振り返った。

「なんですか」
――なんつー目をしてんだよ。

 まるでこの世の終わりでも見たかのように暗い眼で睨んでくる。今にも人を殺しでもしそうな顔だ。正直まっ正面で睨みあっててすっげえ怖い。ああ、もうこいつ本当に面倒くせえっ!

「お前の気持ちはどうなんだよっ」
「今更聞きますか」
「聞くっつーの。まだ一回もお前自身の気持ちはっきり聞いてねえよ。少なくとも今日は」

 見つめ合っているというよりにらみ合っているその視線が少しだけたじろいだ。

「それになんつー顔してんだよ。俺、別にお前のこと嫌いだなんて一言も言ってないだろ?」
「……嫌われたかと思いました」
「よくわかってなかったから怖かったんだよ……。いきなり押し倒すし、白龍がどうゆうつもりなのか全くわかんなかったんだ。そりゃ怖いだろ?」

 そう同意を求めれば、黒髪が縦に揺れた。

「で、聞かせてくれねえの? お前の気持ち」
「好きです。アリババ殿は?」
「……俺もだ」

 答えるのがくすぐったかったけれど、息を吐き出して、二人で笑い声を上げるまですぐだった。何やってたんだろうな、俺達。

「それじゃあ、今日は俺が上で」
「それは却下します」

 そう言うや否や気付けばまた俺は白龍を見上げていた。なんでこっちが当たり前みたいな顔してんだよ、くそっ! あー、でも前のこと忘れてた俺も悪いし……。そうぐるぐると考え込んでいると、また口づけが降ってきた。

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