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  横恋慕 一方通行


 その感情にまだ名前はなかった。

 感情を押し殺した奴隷生活が長かったせいか、私には自分の感情をどう表現したらいいのかわからなくなる時がある。
 心臓の鼓動が速くなる時も、不快な時と、そうじゃない時がある。悲しい時に流す涙を、嬉しい時にも流すことがあって、それがどうしてか今でも分からない。私にとって、感情は時々自分でも制御できないくらい、持て余すものだった。少しずつ慣れていけばいいと、アリババさんもアラジンも言ってくれている。けれども、この感情を持て余す感覚というものは、どうにも不快で、どう慣れたら良いのかもよくわからない。

 そして、今も、胸に湧いた感情を持て余している。



 匂いでもアリババさんが近くにいるのはすぐにわかってしまうから、自主鍛錬の合間だというのに、思わず手を止めて私はその姿を探してしまう。
 上の広場から見つけてしまった小麦色の髪。その小麦色の髪と一緒にいる黒髪を目にとめて、何故か胸が痛んだ。

――アリババさん、今日も白龍さんと話している。

 ザガン攻略後、からだろうか。アリババさんは白龍さんと行動することが多くなった。互いに王族という身分であるし、シンドバッドさんからアリババさんを含めた私達三人に付いて学べと言われたというし、白龍さん自身もアリババさんと話すことがあるのだろう。攻略前は微妙にぎくしゃくとしていた空気も、一度戦いを潜り抜けた今となってはもう見えない。そのことにほっとすると同時に、なんとも言い難い胸騒ぎを感じてしまう。不安に思うことは何もないはずなのに、どうしてだろう。
 鍛錬に戻っても、頭からは二人が談笑している姿が消えなかった。当然手の動きも鈍る。迷いがある内は鍛錬をしても意味がない。と言った師の言葉を思い出し、自主鍛錬は途中で止めた。怪我をしては元も子もないから。
 道具を片づけて夕食の時間までどう時間を過ごそうか、悩みながら歩いていると正面から二人が歩いてきた。アリババさんと白龍さんだ。ああ。まただ。また、胸が痛い。

「よぉ、モルジアナ。モルジアナも鍛錬が終わったのか」
「はい」
「お疲れ様です」

 緩やかに白龍さんとも笑顔で会釈する。最初会った時とは、ただのあいさつ一つでも印象が随分変わっている。白龍さんが変わったのか、それとも私達との関係が変わったんだろうか。
 談笑をしていて、不意に気付いた。白龍さんを前にしたからと言って、さっき感じた胸の痛みは感じない。なら、さっきの胸の痛みはなんだったのだろう。

「なぁ、白龍」

 同意を求めるように、アリババさんが白龍さんを振り返る。ずきり。あ、また痛んだ。



 アリババさんの笑顔が好きなのに、どうしてこんなにも胸が痛むのだろう。

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