小説 | ナノ


  I thought you would change.A


 何も声がしなくなり、近づきすっかり涙に濡れた目隠しを外した。固く閉じられたまぶたは頬を叩いてもピクリとも動かなかった。アリババ殿の目が覚めないのを認めて、男達に金を払って下がらせた。手首を縛っていた首紐を解いてやれば、力なく重力のままに彼の手がベッドに沈んだ。
 アリババ殿の手首に残る赤黒い痕に、口元が歪む。衣服は全てはぎとられ、彼は裸体のまま寝台に横たわっていた。彼の内股と腹は白濁で汚れ、白い体には性感帯を狙うように赤い花が咲いているようだった。彼の意識がある時は体中に残された痕と同じくらい体を真っ赤に染めて、甘い声で善がっていた。

「こんなに汚れてしまって――。このまま組織に引き渡してもいいのですが」

 頬に手を添えて、その柔らかい感触を楽しむように触れた。頬に残る涙の跡が僅かにかさついている。閉じられたままの目蓋は涙を流し続けたため赤く腫れている。目蓋の上をそっと触れながら思った。早く目を覚まして欲しいと。

――あなたが絶望したかを確かめないと。

 俺を憎んで恨むアリババ殿の姿が見れないと意味がない。組織に引き渡すとしてもその後だ。

「もっと愉しんでくださいね」

 もっともっと苦しんで黒く染まって欲しい。本当に早く目を覚ましてくれないだろうか。
 人を思いやる優しい琥珀色の瞳が、憎しみに染まっていく様を早く俺に見せて欲しい。



 ランプもない薄暗い天井。霞みがかった意識のままぼんやりと目を開けると、何もない薄暗い天井が目に入った。
 部屋の暗さにまだ夜なのかと、目蓋が下がってくる。そのまま寝がえりをうとうとして、体中に走った激痛と共に意識がはっきりした。

「……っ!」

 下の方から体中に走った痛みに、背中で嫌な汗が流れた。体は倦怠感に包まれていた。意識ははっきりしたものの体は重い。手でも足でも少しでも動かそうとすると、全身が酷い筋肉痛に苛まれているように痛む。痛みを感じない所なんてないくらいだ。その上、下の――奥まった所には異物が詰まっていた感覚が強く残っていた。
 その時になってようやく、俺は思い出した。シーツを被せられただけの、衣をまとわない体。

「……うぁ…、くぅ……っ!」

 痛みに耐えながらゆっくりと体を起こした。天井近くの小窓にしか光源のない薄暗い部屋。ここに連れてこられ身に起こったことが脳裏によみがえった。

――なん、で……っ。

 思い出して震える体を両腕で強く抱きしめた。速くなる呼吸を意識してゆっくりと吐こうとする。
 記憶は所々がとんでいた。痛みが長く続いた部分か、快楽を与え続けられた部分か。その飛んでいる部分は思いだそうとも思わない。いっそ全てが夢なら良かったのだけれど、体中の痛みがそうではないのを如実に物語っていた。

「…………あ」

 どろりと、後ろの方で内側から出てきたものがあった。緩んだ窄まりから出てきたそれは、シーツの上を汚していた。表面上は清められていても内側は何も処理されなかったらしい。
 情けなさに奥歯が音を立てた。自室思想になる己を何とか引き留め、俺は改めて辺りを見回した。

――落ち込むのは後からでもできる。

 胸の内に湧いた憤りも、疑問も全て今は押し殺す。薄暗い部屋にあるのは、俺が寝ていたベッドと椅子がそれぞれ一つずつ。窓はさっき確認した天井近くの小さい窓が一つ。部屋はそれなりに広かった。もう一つくらいベッドを入れても余裕があるくらいだった。部屋の入口はベッドから一番遠い部屋の隅にあった。
 地面に俺の服や荷物は見当たらなかった。ため息をついて顔を上げると壁に何かが掛けられていることに気付いた。

 アモンの剣だった。

 上にかけられていたシーツで体をくるんで、重い体を引きずった。壁にかけられているのは間違いなくアモンの剣だった。何故そこに掛けられているのか。俺は疑問に思う余裕もなく、剣へと手を伸ばしていた。
 不意に足が何かにつまずいてつんのめった。何だ? シーツでもふんじまったか?
 何に足を取られたのかと視線を落とした次の瞬間、真横から襲ってきた衝撃に俺は受け身も取れず床に転がった。

「ぐぅっ!!」

 そのまま壁にぶつかって痛みに一瞬気が遠くなる。元々体が動かせないくらい痛いのにそこを横殴りに殴られたようなもんだった。息が詰まって額に脂汗が滲んだ。苦しい中すぐに身を起こそうとしたのは師匠の訓練のたまものかもしれない。けれども身を起こす前に、足に冷たいザラザラとした感触のモノが巻きついてきた。
 その時になって俺はつまずいたものがなんだったのかに気付く。ベッドの下と、空いていた小窓から侵入してくるツタ状の何か。生き物というよりは迷宮生物のようなこの世の理を外れた化け物だった。

――まさか、こいつら!?

 しかも、一度だけ見覚えがあった。こいつらは、魔装化した白龍が操っていた気味の悪い化け物と同じだった。
 喉の奥で悲鳴が上がる。俺が躓いたのも足に巻きついてきたのもベッドの下にいたその化け物から生えているツタだった。足首に縛りついたそれを縛られていない方の足でけり上げるも、軟体動物のようにグニリと鈍い音がしてツタが曲がっただけだった。自由だった足もそのままツタに絡めとられる。
 身を起こして手で外そうとしても強い力で巻きついていて取れそうにもない。取るには剣のように鋭い刃物が必要だった。それはすぐ目の前にあるというのに手が届かない。


 俺がツタを外そうとしている間も、俺を元の場所――ベッドの所に戻すように、ツタはずるずると強い力で俺を引っ張っていた。




 頭上の窓から伸びるツタとベッドの下から伸びてくるツタ。どうなっているのかは分からないけれど、植物でありながら動物のように動き這いまわるそれらは獲物を狙う空腹状態の砂漠のヒヤシンスにどこか似ているように見えた。もし、似ている植物なら今俺が見ているツタはそいつの一部でしかなくて、本体はまったく別の所にいるんだろう。
 気味が悪いし、得体の知れないものに拘束される恐怖は嫌悪感を遥かに上回っていた。
 頭上から伸びてきたツタに、足の拘束をほどこうともがいていた両手も絡め取られ強い力で両手を頭上に上げさせられる。同時に体が宙に浮いた。一瞬後に襲ってきた柔らかい布の感触に、俺は理解した。元に戻されたんだ。ベッドの上に。

「やめろ! はなせっ!」

 言葉が通じるのかなんて俺はわからない。それでも叫んで、手足を拘束から逃れようと身をひねった。
 嫌な汗が背中を伝っていく。いやだ。放して欲しい。天井を見ることしかできない姿勢。ベッドの上に押し付けられるようにして拘束されて、体が小刻みに震えていくのを俺は止められなかった。

『やめろっ! い、やだ!!』

 視界に何も捕らえられない真っ暗な中で体中を這い回る手の感触。

『うぁ……っ、白龍っ! なん、で……』

 自身に絡められた手で強制的に高められていく熱。

『……や、やめっ…。あぁああっ! はく、りゅっ、やめっ! ァアアア――ッ!』

 思い出したくもない情けない自分の嬌声。
 視界を塞がれた暗闇の中で完全に気を失うまで行為は続けられた。無理矢理達せられて、息も絶え絶えになりながらも手は止められなかった。最後には最初と同じように後ろを剛直で貫かれているのに快楽を拾い始めていて、女と同じように喘いでいて――。
 体が震えた。与えられたのは痛みだけじゃなかった。むしろ、それだけだったら耐えられそうだったのに。凌辱を受けたベッドでまた身を拘束され、それが記憶が呼び起されて、――体の奥が疼いたことに愕然とした。嘘だろ。違う。俺はそんなんじゃない。

――……なんだ?

 足元から上へと這いずってくる冷たく不快な感触に意識が戻された。ベッドに引きずり戻したツタが、今度は俺の足を這って上がってきていた。





 力を込めて閉じようとしても、まとわりついた戒めに両足を大きく開かされた。

「う、ぁあ……」

 ゆっくりとそれは侵入してきた。窄まりを力を入れて閉めていたにも関わらず、その冷たいざらついた先端はゆっくりとその存在を誇示しながら中に入ってきた。同時にどろりと緩んだ窄まりから流れていくものがある。見えないけど昨日散々中に出された精液なんだろう。それがツタが中に入った分だけ外に溢れてくる。
 中に残された精液が潤滑液代わりになってツタの侵入を助けている。

「……ふっ…んぐぅ……」

 上がりそうになる声を必死にかみ殺す。体の中に入ってくる冷たい血の通っていないもの。そのざらざらとした表面が内壁をすり、例えようのない痛みを俺に与えていた。俺が苦しもうが、体を捻って逃れようとしていようが、それは体の奥へと入ってくる。手足を縛っている蔦は逃れようともがく俺をベッドに押さえつけていた。
 同時にベッドの下からさらに伸びてきた幾本ものツタが体を包んでいるシーツにもぐりこんできた。白いシーツの中に入り込んでくる緑色のそれらは異様だった。俺の見えないところで、ざらざらとしたものが肌をする感触が全身へと広がっていく。

――嫌だっ! こんなの……っ。

 これでは気を失う前に行われた行為となんら変わらない。
 意味が見つけられない凌辱がまだ続く?
 植物が人間に欲情するなんて聞いたことがない。となれば考えなくてもこれを操っているのは白龍だ。

「……ん、ぁああああっ!」

 胸の飾りも愛撫するようにすられれば、痛いはずなのに頭が白むような感覚が全身を走った。体がびくりとはねた。下半身にもその擦る感触は広がっていき、自身にも何かが巻きついてきた。痛みに縮こまっていたはずの自身をそれは優しく愛撫してきた。一方で中に入ってきたツタは奥へ奥へと律動を繰り返しながら突き進んでいる。

「あ、あ―――ッ!」

 ざらりと、中に入っていた蔦がある一点をその表面ですりあげた。体が跳ねる。ダメ。そこはヤダ。昨晩は男性の性器に散々なぶられて快楽を拾っていた箇所だ。そこをざらざらとしたものが間髪いれず連続してすりあげ続ける。痛かったはずなのに体を支配する終わりのない快楽にすぼまりが締まって、蔦を締め付けてしまう。

「や、あっ! そこ、やめっ! んぁ、あん、ア――ッ!」

 腹に下から液体が飛んできた。イった。体が痙攣しているのに中を動くものも、身体中をはい回る蔦も、俺の性器を愛撫する感触も止まらなくて、与えられる熱に身体中がおかしくなる。頭も熱に浮かされて何も考えられない。

「ヤァッ! ぁ、アァアッ! たす、け」

 強い快楽に喚き、頭を振った。誰もいないのに、植物が言葉を解しているのもわからないのに、助けを求めて叫んだ。何度も何度も。



 そうしないと自分が何を考えているかもわからなくなりそうだった。

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