小説 | ナノ


  ゆめとうつつと1


 良くも悪くも俺にはルフの流れが見える。
  だから、久しぶりに手合わせした中で、ファナリスの野郎がチビマギの王候補に向けている感情がすぐにわかった。

 どいつもこいつも、チビマギの王候補を大事にしてやがる。
  はちみつ色の髪と瞳を持った弱っちい王候補――アリババを。
  修業したのか王候補はちょっとは強くなっているようだった。ファナリスの野郎も眷属器の扱いが上達したのか攻撃がそれなりにうざい。ここにチビマギが魔法を磨いて来ていればかなりやっかいに違いない。

 不意に、この信頼し合っているように見える二人がバラバラになったら――と思った。
  人心を操る術はあんまり得意じゃないが、思いついたら試したくて仕方がなくなった。どうせ、様子見をするための手合わせだった。最初の目的は十分に果たしているから、ついでに何をやってもいいだろう。

 一つまじないをかけてやった。
  あいつらは俺が何もせずに退いたと思っているんだろうが実際は違う。

――ああ、今夜は愉しそうだ!

 信頼しきっているファナリスに裏切られたら、お前はどんな顔をするんだ? なぁ、アリババクン?






――嫌な夢だ。

 彼女に再会した時から、あの独特な匂いを嗅いだ時から、どうしてか私は夜にアリババさんを欲望の対象としている夢を見てしまうようになっていた。
  自分の胸に彼女の体をかき抱いて、彼女に自分の欲を突き刺している。体は高揚しているはずなのに、これは夢だと酷く冷静に分析している私がいた。

 再会した後、宿でアリババさんと部屋を同室にしないのもこれが理由だった。何かの間違いで手を出してしまうとも限らない。それほどに、一年以上も彼女に会えない間、私は彼女への思いを募らせてしまっていた。

『アリババさん……、アリババさん……』

 うわごとのように名前を呼んで、彼女の内に熱を吐き出して、肉付きの良い彼女の体を抱きしめた。

『アリババ』

 できることなら、その名をただ呼びたい。
  そのようなことが許されないのは知っている。

 彼女が私に答えてくれるなんて、私は望もうと思っていないのだから。
  彼女への思いも、現実では口にするつもりもない。
  夢の中で、夢の中だけでいい。

 アリババさんを汚すのも、傷つけてしまうのも、夢の中だけでいい。




 急に眠りから浮上した意識は、身体をまさぐられる感触ですぐに覚醒させられた。体にのしかかる重みと、胸を掴み動く手の感触。いくら経験がないからと言っても、俺にだって今の状況がどんなものくらいかはすぐにわかった。

――は? 襲われてる!?

 宿はとっているし、扉の鍵は締めたはずだった。それなら侵入者がいようものなら物音で気付くはずだった。昼にジュダルと戦闘になったがそこまでマゴイを消耗したわけでもないから、物音に気付かないほど寝込んだとは考えられない。
  しかし、実際上にのしかかられるまで自分は気付けなかった。それ自体が違和感を感じたが、とにかく逃げようと体をひねった。
  けれども、手首は頭上でまとめられ、寝台に押し付けられて全く動けない。しかも、手首は布か何かで一まとめに縛られている。足の内側に相手の足が割り込まれており、相手を蹴り上げようとするには体制が悪すぎた。

――マズイ。

 冷や汗が背筋を伝った。とっさに思い浮かんだのは隣室で眠っているモルジアナだ。彼なら悲鳴を聞きつければ、この侵入者をすぐに撃退してくれるはずだ。

「い、やだ! 離せ!」

 情けないほど引きつった声が部屋を震わせた。暴れれば押さえ込められるのはわかっていたが、できるだけ抵抗して音を立てる。彼の名前を呼べば、きっと駆けつけてくれる。そう思って目の前の相手を睨みつけた。

 その時、窓の月明かりに照らされて侵入者の顔がはっきりと見えた。
  その瞬間、俺は思考が止まった。抵抗もやめてしまった。

「……モル、ジアナ……?」

 信じられないように、茫然と俺は呟いていた。
  月明かりに照らされて暗闇に浮かびあがったのは、先日再開したばかりの青年だった。暗闇のせいで髪の色まではハッキリとわからずとも、端正な整った顔は見間違えようがない。

――嘘、だよな?

 モルジアナが俺を? 夜這い? 襲って……?
  手首に食い込む縄が痛い。

 思考が止まったまま、俺は彼を見上げていた。状況が全くわからない。どうして、モルジアナが俺を組み敷いているのか、その理由が何一つ、わからない。昨晩は互いに酒を飲んでもいない。部屋だってモルジアナの提案で別々にしたんだ。その彼が俺を組み敷くのは、どうしてか?

 彼が発する熱い吐息に身がすくんだ。俺を見ている彼の眼は、情欲を湛えていて暗く、淀んでいた。
  モルジアナは俺を認めると口づけを落とした。閉じている俺の唇を割って熱い舌が潜り込んでくる。拒もうと自分の舌で彼を押し出そうとしたのがいけなかった。逆に舌を絡められ、引っ張られ、尼が見される。息苦しさと、背に走る電気のような痺れに思考がまとまらず散っていく。

――怖い。

 舌を解放された時は、息も整わず体中から力が抜けていた。彼に対するその感情を恐怖と認めてしまった。体が恐怖に震えている。

「や……。い、や、……」

 寝巻はほとんどはぎとられている。拒絶を、首を横に振って伝えても、彼は手を止めなかった。片方で胸を、もう片手が下腹部へと手が滑りこんでくる。さぐるように肌を滑る手は、誰にも触れられたことのない奥へと潜り込んでくる。

「っ!」

 今まで感じたことのない痛みに背がしなった。内側を抉られるような痛み。息が出来ない。涙が勝手に流れ出して頬を濡らしていく。

――怖い。怖い怖い怖い!!

「い、やだ! モルジアナ! や、やめ! ぅあっ!」

 言葉をいくら投げかけても、モルジアナは何も言わずに俺の陰部をほどいて行く。固く閉じられた場所に無理やり指を押し込み広げていく。その指が動く度に、中に潜り込む指が増える度に、体が引き裂かれそうな痛みが走ってどうすればいいのかわからず、ただ涙が流れていく。
  どんなに彼の名前を読んでも、彼は答えない。

 この行為の意味も内容も、知識としては、ある。最初が痛いらしいことも知っている。

 どうしてモルジアナはこんなことを俺にするんだろう。
  どうして何も答えてくれないのだろう。
  言葉も交わさず俺を抱くのだろう。

 熱いくさびを打ち立てられて、揺さぶられれば、俺の口からは意味のない喘ぎ声しか出てこなかった。





 ぼんやりと、目覚めを感じた体はだるかった。
  すえた匂いが鼻をつけば、また夢精をしてしまったのかと、ため息が自然と漏れた。何度目だろう。と。
  彼女を夢の中で汚しては、朝に彼女と顔を合わせる度に感じる申し訳ない気持ちを胸の奥に今日も隠さないといけない。できれば、この胸中は永遠に彼女に知られたくない。

 わずかに身を動かして起き上がろうとして――。その時に感じた柔らかい肌の感触に思考が止まった。

「……う、ん……」

 私じゃない。私の声じゃなかった。
  鼻孔をくすぐる、すえた臭いとは別の匂いに、振り向かなくても誰がそこにいるのかがわかってしまった。顔から音を立てて血の気が引いていく。それでも、振り返らない訳にはいかず、恐る恐るその姿を認めた。
  隣で眠っているのは、心から敬愛している愛おしい人だった。

――どうして!?

 彼女の部屋を訪れた記憶は無かった。
  酒に溺れた記憶もない。
  そもそも、自分の理性が押さえられるか不安だったから、彼女とは別室で休んだのだ。

 なのに、どうして私もアリババさんも服をきていない? 朝を同じベッドで迎えている??

 首筋から胸元にかけて散っている赤いアザ。
  縄で縛られたままの手首。
  ベッドの上に残る白濁にわずかに血が混じり、白と赤が混ざり合っていた。



 それらを目にした時の衝撃は、今まで感じたどんな痛みよりも痛かった。





「顔をあげてくれよ、モルジアナ」

 その言葉に首を横に振るだけで、モルジアナは決して顔を上げようとしない。
  今朝からモルジアナはこの調子だ。
  俺が目を覚ました時、モルジアナは俺の体を水にひたして絞った布で俺の体を拭いていた。その感覚で起こされたようなもんだった。だるく重い体で彼の名前を呼んでからというもの、この通りだ。
  怯えるように床に額をつけて俺に頭を垂れている。俺の顔を見ようともしない。

――ああ、もうっ!

 このままじゃ埒があかない。
  ため息をつけば、モルジアナの肩がビクッと震えたのが分かる。
  顔を上げないモルジアナの所へ自分から行こうと、ベッドから起き上がって歩こうとして――、俺は床に崩れ落ちた。

「へ?」

 足に力が入らない。腰がぬけた、とでも言うべきか。

「アリババさん!?」

 無様な恰好で床に俺が体を打ちつけた音に、モルジアナが顔を上げて慌てて駆け寄ってきた。床でもがいていた俺を抱き上げて、視線を彷徨わせながらモルジアナは俺を再度ベッドに横たえた。
  そして、すぐに離れようとした彼を、逃すまいと俺はその手を掴んだ。

「やっと、口きいてくれたな」

 ようやく聞こえた声に、口元をほころばせたがモルジアナは顔をすぐに俯けてしまった。わずかに覗いた彼の顔はひどく強張っていた。

「……っ。すいません。私は、あなたに取り返しのつかないことをしました。いくら謝罪してもし足りません」

 モルジアナなら俺の手を振り払うくらいなんてことないだろう。

「どうかあなたの気が済むまで私に罰を与えて下さい。この首を切り落としていただいても構いません」

 謝罪の言葉をつむぐモルジアナは、いつものモルジアナだった。人一倍責任感が強くて、優しくて、礼儀正しくて――、俺がよく知っているモルジアナだった。
  昨日は、彼に何が起きて、あんなことをされたのかわからなくて、ただただ彼のことが怖かった。でも、こうして言葉を交わすと決してそれが彼の望んだ行為ではないと、伝わってくる。

「モルジアナ、俺の目を見てくれ」

 言えば、顔を背けていた彼がやっと俺に目を合わせてくれた。彼の綺麗な紅い瞳は今にも泣き出してしまいそうなほど、後悔に歪んでいた。その目から俺は目をそらさず、言葉を紡いだ。

「どうして、俺を抱いたんだ?」

 その問いに、モルジアナの瞳が揺れた。しかし、口元は引き結んだままだった。何か答えようとして、口が僅かに開いては閉じられた。どうにもうまく答えられない理由でもあるのか。
  しばらく待っても答えは返ってこなかった。もしかしたら、今は答えられないことなのかもしれない。

「それじゃ、次の質問」

 息を吸って、今朝からずっと感じていた疑問。彼の様子からずっと思っていたことだ。

「昨日のこと、モルジアナは覚えているのか?」

 紅い瞳がまた揺れる。僅かな沈黙の後、ゆっくりとモルジアナが口を開いた。

「……いいえ」

 絞り出すような声だった。繋いだ手が震えている。彼が震えているのは、自分自身に対する怒りのせいな気がした。

――俺よりもお前の方がよっぽど辛そうじゃないか。

 思わずモルジアナを抱きしめたいと思った。きっと彼はそんなことをさせてくれないだろうけど。

「……それじゃあ。この話はもう終わりにしようぜ」
「!?」

 あの行為がモルジアナの本意じゃないとわかれば、それで俺は良かった。昨日の晩、モルジアナはどこかおかしかった。名前を呼んでも答えなかったのは聞こえていないんじゃなくて、何か原因があったんじゃないかって俺は思っていた。
  モルジアナの様子が、以前バルバッドで見た魔法道具で幻影を見せられている人々のそれに似ていた。そうじゃなきゃ、あんなことをモルジアナが俺にするはずがない。モルジアナが俺を抱きたいだなんて、思っているはずがないんだから。

――覚えていないなら、抱いているのだって俺じゃなかったかもしれないんだ。

 聞きたいことは聞けた。掴んでいた手を、ゆっくりと放した。

『……アリババ』

 不意に、あの晩、意識が途切れる前に彼が呟いた声を思い出した。きっとあれも聞き間違えに違いない。そう思えば何故か胸が苦しくなった。

 本当は聞きたい。モルジアナが俺のことをどう思っているのか。
  俺も、俺がモルジアナのことをどう思っているのかを、知りたい。

 今はそれを口に出せば、答えが出る前に答えが壊れてしまいそうな気がした。それに、自分で今言ったばかりじゃないか。この話は、もう終わりにするって。

「俺はお前を罰するつもりは無いよ。これからも今まで通り一緒にいて欲しい。お前が覚えていないって言うなら、俺もなかったことにするよ」
「……いいんですか」
「ああ」

 頷けば、静かだったモルジアナが顔を上げて詰め寄ってきた。

「……っ! アリババさんは私に無理やり犯されたんですよ! それも何の記憶もなかったって言っている男に! いい訳が、ないじゃないですかっ!」
「俺がいいって言っているんだ」
「あなたが良くても、私はっ! 私は私自身が許せません!」
「……モルジアナ。お前、白龍並みに面倒くさいぞ」
「白龍さんは関係ないでしょうっ!」

 別の所に気を反らさせようとしたけれど完全に逆効果だった。かたくなになったモルジアナが梃子でも動かないのは俺も知っている。

「わかったよ。罰を与えれば、モルジアナは満足するんだな?」

 ため息が漏れた。



「今日一日、俺の周りの世話をしてくれよ。腰はこんなんだから、まだあまり動けないし、色々とできないことがある。とりあえずお腹が空いたから、朝飯をもらってきてくんねえかな」

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