小説 | ナノ


  虚言


――もうダメだ。もう、耐えられない。

 いつも白龍が俺を傷つけている小刀を手にしてしまって気付いたら……俺が白龍を刺していた。
「え……あ、あれ……? 俺…」
――俺は今何をした?
 小刀が音を立てて床に落ちた。ぽたりぽたりと血が木目の床に吸いこまれていく。小刀の刃に付いた赤い液体。知らないはずがないその色と匂いに指先からカタカタと手が震えた。
「アリババ殿、酷いです。痛いですよ」
 白龍の服を切り裂いて腕に付いた赤い線。そこからぽたりぽたりと血が床に落ちていた。
 何故か嬉々とした笑顔を顔に浮かべて、腕についた傷を白龍がぺろりと舐める。言いしれぬ恐怖を感じて一歩、後ろに下がった。
「あ、や…ち、違う……。そうじゃない。そんなつもりは……あ、ああああ……」
 言いしれぬ恐怖だった。白龍が怖い。繰り返し続けられた身体を痛めつけられた記憶が、その恐怖が、俺を一歩、後ろに下がらせる。
 知らず潤んだ瞳からは涙が頬を伝っている。不快なのに、それがもはや当たり前になって気にならなくなっていた。拭うことももう、しない。
「もう、もう嫌だ。嫌なんだ。やめ……やめてくれよ、白龍……」
 首を左右に振っても意味なんてない。後ろに下がっても意味なんてない。
 でも、そうせずにはいられなかった。恐怖から逃げることに理由が必要だろうか。ただ恐ろしかった。白龍を前に、恐ろしいという感情しか浮かばなくなっていた。指先の震えはいつの間にか体中に広がっていた。
「そんなに恐がらなくても。俺は嬉しいんですよ、アリババ殿……。あなたはようやく俺を自ら傷つけた。もっとも、殺すくらいの勢いで恨んでくれればよかったのですが……。それでも、今日あなたが俺を傷つけたことは大切な一歩ですよ」
 とても、とても嬉しそうな笑顔。俺はその笑顔に狂気しか感じられなかった。
 俺が下がった分だけ、白龍はゆっくりと歩を進めてくる。
「だから、ご褒美をあげますね……」
 腕が捕まり強い力で引かれたと思えば視界が回った。古ぼけた天井にぶら下がったランプが視界入る。背中にくる衝撃が柔らかかったからすぐにベッドに転がされたのだと気付いた。
「やっ、やだっ!! 嫌だ嫌だ嫌だ!!!」
 監禁され痛めつけられ続けた震える身体にのしかかってくる白龍を押し返す力などなかった。鎖で繋がれたベッドに押し倒され、体が寝台の上で弾んだ。
「ちゃんとおねだりの仕方は教えたでしょう? ちゃんとすれば優しく抱いてあげますから……」
 肌を撫でられれば背筋がぞくりと震える。最初はそんなことなかったのに、何度も何度も抱かれるようになって身体は白龍のささやかな愛撫にさえ震える。快楽を拾う。
 首を力なく横に振れば容赦なく頬を張られた。口内が切れたのか鉄くさい味が口の中に広がる。
「ちゃんと、おねだりをするんですよ」
「は……はく、りゅう。ちょう、だい……」
 震える口で教えられた言葉を紡ぐ。痛みに慣れてしまった今では何度も叩かれる前に言えるようになった。最初は言えなかった。白龍が何を言っているのかわからなくて、痛みに混乱した頭がただ白龍を拒絶して、言葉自体を紡げなかった。けれども、今こうして紡ぐ言葉だって、決して、望んだことじゃないけれど。
「はい。あなたのお望み通り存分にあげますからね」
 この言葉さえ言えばこれ以上白龍は俺を叩かない。
 頬を叩かない。体を殴らない。けれども、今度は気が狂いそうになる快楽の地獄が待っている。
 指を埋められたそこは昨晩も散々抱かれた為、すぐに白龍を受け入れた。白龍もさほど広げる必要がないとわかると、すぐに指を抜き去って、熱い屹立を押し当ててくる。
「たくさん、受け取って下さいよ」
「ア、アアアアアアッ!!!」
 内側を押し広げせり上がってくる熱に口からは悲鳴が上がった。ゆるくなっているとはいえ、潤滑油も使われず白龍の熱を受け入れたそこは引きつった痛みを訴えてくる。
「教えたでしょう? ほら、言って下さい」
 熱に狂いそうになる俺に白龍が囁く。
「あ……も、もっとぉ……。もっと、はくりゅ、ちょう、だいっぃあああっ!」
「良く出来ましたね。お望み通りもっと善くしてあげますから」
 容赦なく動き、奥の前立腺を亀頭がすりつぶしてくる。その度に視界が白く染まるほどの快楽に身体が支配されて、口からは嬌声が漏れた。
 その間もずっと俺は白龍の名前を呼び続けた。もっと、もっと白龍が欲しい。と。そんなこと、望んでなんかいないのに。
 熱い白濁を注ぎ込まれて、俺自身もイって意識も曖昧なまま、その言葉だけを口にし続けた。そうしている間は白龍は俺を叩かないから。叩かれるのと叩かれないのとだと後者の方がずっと楽だから。
 気を失えば目を覚まさせられる。頬を軽く叩かれることもあった。呼びかけられても目を覚まさなければ、急所を握りこまれることもあった。
「まだですよ。もっと、でしょう」
 自分でも何を口にしているのかわからなかった。視界は白んでいるようにも見えたし真っ暗なようにも見えた。
「…ぅぁ……あ――――――……。も、もっと…もっと…はく、りゅ……」
 すえた臭い、暗い部屋、熱い呼吸。
 白龍が腰を打ちつける度に水音が部屋に響く。熱い肉棒が体内で抜き差しされる度に身体が耐えきれない快楽に跳ねる。白龍自身をはしたなく締めつける。喉が枯れるくらいの嬌声を叫びながら俺は白龍に許された言葉だけをうわごとのように口にした。
「……ぅ…もっと…はく、りゅ…が、ほ、しい……」
 意識とは別に熱い身体だけが真実で、何度目ともわからない絶頂で俺は意識を失った。

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