小説 | ナノ


  悪夢の話3


 正午から二番目の鐘が鳴る頃には一通り祭りを歩き回り、広場で披露されている大道芸や屋台の食べ物を三人は楽しみつくした。
  鐘の音を聞きながらアリババは広場を振り返った。まだまだ祭りは続く。夜の帳が下りる頃には松明が焚かれ炎を囲んで踊りが披露されるらしいが――。

「夜までいてもいいけれど、あんまり遅いと心配かけるしな」

 その時間まで残れば、当然船も出ていない。後ろ髪がひかれる思いもあったが、三人は元の船着き場に戻ることにした。
  その道の途中露店も幾つかすれ違うのだが、その中の一つに興味を持ったアラジンが足を止め、二人もそれにならった。どうにも扱っている品は、魔法の品らしい。杖やら怪しげなランプやらが並んでいるが、魔法の知識がない人間がみても用途もわからなければ価値もわからない。アラジンと同じようにモルジアナもアリババも商品を見てみたが、首をひねっている。アラジンがひとしきり商品を見回した後顔を上げれば、同じように商品を見つつ頭に疑問符を浮かべているような二人に気付いた。

「僕、このお店をもうちょっと見ていたいから、二人で先に行っててくれないかな」
「おう、わかった。それじゃ先に行っているな」

 アラジンとはここで別れて、荷物を抱えてアリババとモルジアナは歩き出した。
  先を歩くアリババの背を見つめながら、モルジアナはぼんやりと市場でアリババが行商と話していたことを思い出していた。

――商品のこととかはよくわからなかったけれど、たしかあの話は――。

「あの、アリババさん」
「ん? どうした、モルジアナ」

 先を歩いていたアリババが歩調を緩めて、モルジアナの隣に並んだ。一瞬、言うべきかどうかを悩んだが、モルジアナは疑問を口にした。

「あの……やっぱり、バルバッドのことが気になりますか?」
「……気にならないって言ったら嘘になるよな」

 アリババが行商に聞いていたのは、バルバッドの話だった。商業の流通はどうなっているか、復興はどうか、治安はどうか、あの名産品は今は手に入るのか、など――。バルバッドから訪れたらしい行商を見つけては、商品を買う傍ら話を聞いていた。 

「少しずつだけれど、復興しているって聞けて良かったよ。治安も安定しているって言うし、本当に良かった」

 そう言って笑ったアリババだが、その笑みの中に影があることにモルジアナは気付いていた。

「ま、今の俺じゃバルバッドにいた所で足手まといにしかならねえし」

――またこの人は――。

 自分を卑下して、過小評価している。そんなことはないというのに。

「そんなことっ! アリババさんがいてくれたらそれだけでも違います! きっとバルバッドの人々も嬉しいと思います!」

――私だったらきっとそうだ。こんなに優しい人が一緒に頑張ってくれるなら、それだけでも励みになるのに。

 急に大きくなった声に驚いて、アリババは呆気取られていた。つい声が大きくなったことに気付いたモルジアナの顔は真っ赤になっていた。
  アリババの視線が恥ずかしくて、モルジアナは少しだけ足早に歩いた。

「……ありがとうな、モルジアナ」

 その背中に向かって、ぽつりとつぶやいた言葉にますますモルジアナの顔は赤くなっていた。



 そんな時だった。彼らに会ってしまったのは。



 揺さぶられた感覚にモルジアナの頭は急に覚醒した。

「っ! アリババさんっ!」

 はね起きれば、起こしてくれたと思われる老人が目を瞬かせていた。

「あ……」
「おじょうちゃん、こんな所で寝ていたら日射病になってしまうぞい」
「は、はい……。ありがとうございます」

 戸惑いながらも礼を述べれば、老人は去っていった。状況を整理するように四方へ視線を走らせれば、さっきまで歩いていた街の一角だ。立ちあがろうとして、脇腹に走った痛みに思わずモルジアナはうめいた。痛みが――警鐘を鳴らしている。

――アリババさんは……。

 姿を探そうとして、脳裏に思い出したのは彼の声だった。昏睡する直前にささやかれた、伝言に近い言葉。

『……逃げるんだ、モルジアナ。一刻も早く、アラジンをつれてこの街から』
「あ……」

 現状を、目が覚めた時から僅かに遅れてモルジアナは理解した。荷物はご丁寧に近くに置かれている。逃げている途中に落としたものも含めてだ。

――追っていった所で私に何ができるというの。

 実力差は見せつけられた。追って見つけたとしても、足手まといにしかならないだろう。

 アリババが残した言葉が、反射的にアリババを探そうとしたモルジアナの足を止めていた。



「……逃げるんだ、モルジアナ。一刻も早く、アラジンをつれてこの街から――」
――そうすれば最悪、アラジンとモルジアナだけでもシンドリアで保護してもらえる。

 モルジアナに伝言を託した後、彼女が街の隅に横たえられるのを見届けて、アリババもまたモルジアナと同じ術をかけられて気を失った。

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